夜の街の魔法使い・星を掴む人 64



雪原の地下で距離を縮めて想いを告げて、少しだけ前進したらしい関係はゆっくりと形を変えながら続いていく。と、思ったのだけれども、現実は、いや、夜の街はいつだって突拍子もない出来事を引き連れてユティを驚かせてくれる。
雪原の宿で身体を重ねてから数日後。ユティは夜の街に一人で戻ってエクエクで大笑いをするプープーヤとハーティンの顔を見ながら溜息を落としていた。
「魔物の討伐依頼とかで宿にまで押し込まれてラジェルが攫われた。まさか師団長自ら踏み込んでくるとは思ってもみなかったし、あの人、ラジェルの全裸に全く動じず着替えが終わるまで凝視されてた。風呂に入ってた俺はかろうじてセーフだったけど全部見えてた」
これが大笑いをする二人に告げた内容だ。魔物の討伐依頼だけだったらまだ分かる。もし騎士が迎えに来たのならば、それも理解できる。でも、師団長自らが押し入ったあの時の空気はもう溜息しか出ない微妙さだ。しかもあの師団長、一人で押し入ってきてラジェルが攫われた後に慌てて窓から外を見れば部下も供も親衛隊すらいなかった。自分たちの関係を知られた衝撃よりもラジェルの安否を真剣に心配したのはまだ新しい記憶の一つだ。
「流石だねえ師団長。でも親衛隊の人がいないのって珍しいよね。王族の人だったよね?」
「そうじゃなあ。それ程急いでおったのだろうよ。東に巨大な群れが出たと言う噂じゃからな」
「だからってあれはないだろ、あれは。お陰で観光もできなかったし、いや、それより」
けらけらと笑うハーティンの膝の上でぬたぬたも笑いながら揺れている。完全に笑い話の部類だろうなあとはユティも分かっているから特に咎めたりはしないけど、気になっている事があるのだ。それは攫われたラジェルの安否もだけど、もう一つ。けれど口に出して良いのかどうか少々躊躇う。
「ん、どうしたのだ、ユティよ」
「いやな、気にはなってたんだが誰かにわざわざ聞くのもと思って、師団長なんだが」
「師団長がどうかしたの?」
第一師団の師団長、フェレスの恐ろしい程の美貌と強さは誰もが知っているけど、はじめて会った時から僅かな違和感を感じていて、宿に押し入られて確信したのだ。ただ誰かに聞くには当たり前過ぎるかもしれないし、そもそも改めて話す事でもないと思っていた。
「いやな、あの方、ああ見えて女性だろ。なのにラジェルの全裸に全く動じてなかったから、師団長だからなのかなって思ったんだが」
そう、師団長は女性だ。中性的な美貌で背も高いし体格も細身ながらに鍛えられているのが分かるけれど、身にまとう空気が女性なのだ。なのにラジェルの全裸に動じないとは、いや、同じ師団だし見た事があるのかも。それにしては動じなさ過ぎて、あの場にユティがいたのも知っているだろうに。改めて聞くには少々聞きづらい話で悪かったなとハーティンとプープーヤを見て、驚いた。ユティも驚いたけど、ハーティンの耳と尻尾がぶわりと太くなって、プープーヤのぬたぬたも膨らんでいる。え。そんなに驚いて、どうしたんだ?
「う、うそでしょ、人間であの方の性別当てたのってユティがはじめてじゃ、プ、プープーヤ様、ねえ」
「お、驚いたのう。おぬしの感覚はいろいろと、我々よりも優れているのかもしれんのう、これは驚いた!」
「へ?」
とても驚かれている上に何やら褒められた、らしい。二人よりもユティが驚けば師団長は確かに女性だけど、見ただけで性別を当てられた人は、人間はいないと断言されてしまった。
「え、だって、女性だろ?」
「ああ、そうじゃよ。だが女性だと知るのは人間にはおらぬのではないかのう。血縁であれば知っていであろうが、そもそもあの者は性別を公言してはおらぬよ」
「自分の性別を言うのも変だし、本当に誰も知らないと思うよ。あ、僕らが知ってるのは人間とは違うからだからね。でも別にわざわざ言いふらさないし・・・なんか、あの方怖いし、強いから、たぶんこの街の人も他の国の人も、男性だって思ってるよ」
本当なのか。だって、と二人を改めて見れば首を横に振られる。そうか、それじゃあラジェルもと思って問えば二人揃って首を縦に振る。
「この街って、街だけじゃなくて人も・・・」
「それ以上は言わなくても分かってるし、だから夜の街なんだよ。まあその、師団長はまた違うと思うんだけどね」
「気になるなら本人に聞いてみれば良いだろう、笑いながら答えてくれるだろうて、あの者ならばな。してユティよ、全ての経緯をはぶいて伝えた様じゃが、肝心のラジェルとの話はどうしたのじゃ」
「あ、そうだよ!ラジェルとお付合いしてるんでしょ!そこを詳しく!お酒が必要なら今から酒場に行こう、ね!」
「うむ、それが良いの。ユティよ、逃げられるとは思うなよ。行くぞ」
「ええ・・・いや、それは、別に話したくないとかじゃないんだが、ちょ、ハーティン、引っ張るなって。プープーヤ様、膝に乗らないでくれ」
雪原での出来事は言葉にするにはまだ想いがきちんとした形を作っていなくて、それに加えてあまりにも宿での出来事が衝撃的だったから街に戻って真っ直ぐにエクエクに来たユティだ。ハーティンに腕を引っ張られてプープーヤに膝に乗られてぞわりとしたりで慌ててしまう。酒が入ってもきっと上手く説明なんかできないし、流石に恥ずかしいので勘弁してほしい。
「だって気になるんだもん。ね、プープーヤ様」
「そうじゃそうじゃ。逃がしはせぬぞユティよ」
「うええ、勘弁してくれって・・・わかったから飯は行くから酒はほどほどで」
「だーめー。ユティ意外としっかりしてるから泥酔してもらわないと、ね!」
「俺そんなに強くないし、飯食ったら図書館に」
「図書館は逃げはせぬ。諦めろ」
どうあっても酒を飲ませていろいろと聞き出したいらしい。二人には街に来て世話になっているから無下にはできないけど、やっぱり逃げたい。それに図書館でいろいろと調べ物もしたいし、そのついでに宮殿によってラジェルの安否も確認したいのだ。とうとうハーティンに腕を引っ張られて店を連れ出されて、プープーヤがふわりと浮かんでユティの頭の上に乗ってしまった。ぞわぞわするからやめてほしいしけど、諦めるしかないだろう。ご機嫌な二人に連れられながら見上げる夜空は今宵も気持ち良く晴れ渡っていて夜風が心地良い。現実逃避みたいに青い月を眺めていれば頭の上のプープーヤが背中に移動してぐいぐいと押してくる。酒場はエクエクの近くにあって、もう逃げられなさそうだ。


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