夜の街の魔法使い・星を掴む人 63



それからはもうラジェルに与えられる刺激に鳴くだけで、何を言ったのかの記憶もない。ただラジェルはとても嬉しそうだったのはかろうじて覚えているし、汗だくになってちょっと思い出したくない体勢になったのも、これは忘れたい。
二人して汗と体液にまみれてどろどろになって、行為を終えて風呂に入る頃にユティは気絶した。流石と言うべきか、第一師団の隊長で上級の魔法剣士でいろいろと規格外なラジェルの体力にはついていけなかった。

当然ながら目が覚めれば身体も喉も痛かった。なのにラジェルは申し訳なさそうな苦笑を浮かべながらも元気に同じベッドでのんびりと本を読んでいた。目を開けたユティの髪を撫でてくれて、すっかり接触に慣れた気持ちと身体が勝手に懐く。でも痛い。
「お、おはよ・・・今は夜の夜、もうちょっとで朝になるよ」
「おー・・・」
「うわ、酷い声だ。あ、ごめんごめん、俺の所為なのは知ってるから今飲み物持ってくる!」
声を出せばがらがらで、喉は強いつもりだったのに使用用途が違うからだろうか、かなり痛い。これじゃあしばらく詠唱はできないなと起き上がろうとすればいろいろ痛くて諦めた。少しだけ起こした身体をぼすんとベッドに沈めればラジェルが放り出した本が直ぐ側にある。ユティが最初の風呂に入っている間にも読んでいたみたいだったけど、何だろうと表紙だけを見れば知らないタイトルが書かれていた。
「あ、それは娯楽小説だよ。割と好きで読んでるやつ。はい、飲み物」
「さんきゅ・・・小説、なあ・・・げほっ」
「ああ、まだ喋らないで」
少し声を出しただけでこれだ。仕方がないので声を出さずに少し唸ってラジェルに起こしてもらう。クッションを背にベッドとラジェルに寄りかかって用意してもらった暖かくて甘い飲み物を喉に通せば少しだけ痛みが引いた。甘くて美味しいけど知らない味の飲み物だ。
「手持ちの薬草と紅茶を混ぜたやつだよ」
ああ、ラジェルは商売柄と言うべきか、いつも一通りの薬草を持ち歩いているし知識もある。ユティも持ち歩いているけどこんな風に使用するものはない。今度から装備品の中に喉に良い薬草も加えるべきかとコップ一杯の飲み物をふうふうと冷ましながら飲む。それにしても雪原に出てからラジェルの知らない所を沢山知った。ずっと一緒にいたのにここ最近の知識の増え方がとても多くて、楽しい。くったりと寄りかかる身体の硬さも暖かさも腰を抱く手の力強さも今まで知らなかった知識の一つだ。
「どうしたの?」
「・・・いや、美味かった。ありがとな」
「俺の所為でもあるし、その・・・へへ、嬉しいな。まだ身体もだるいだろうし、もう一回寝よう。俺も寝たいし、起きたら街を案内するよ」
「ん、そうする。腹も減ったけど、まだ眠いしな」
照れくさそうな笑みを浮かべたラジェルがゆっくりとユティを寝かせてくれて、自分も一緒に横になる。そのまま抱き寄せてくれるから寝心地の良い場所を探して落ち着いて、嬉しそうに髪に触れてくるラジェルを見つめる。ユティを撫でて嬉しそうにしている表情に今までにはなかった想いが湧き上がってくる。ユティも撫でられて、ラジェルの笑みを見て、嬉しいと思う。身体を重ねた変化かどうかは分からないし、きっとこれから、もっと沢山の想いができあがるのだろうけど。今は嬉しい気持ちでラジェルの体温を感じながら眠れば良いだろう。ああでも。
「ラジェル、あのな、きっと・・・俺もラジェルの事が好きになったと、なってると思うぞ」
眠る前にちゃんと声にして伝えないといけないだろう。掠れた声のままで聞き取りづらいだろうけど、ラジェルの腕を枕にしながら、近くにある綺麗な笑みを見つめながら伝えれば、ぼわりと、音を立てたみたいにラジェルが真っ赤になった。
「え、ちょ、ユティ、いきなり・・・ずるい!」
「耳元で大声出すなよ、だって、そう思ったから伝えておかないと」
「だからって今!?嬉しいけど、嬉しいけど、眠れないじゃんか!」
「寝ようぜ。俺は眠いし、起きたら飯食って案内してくれるんだろ、だから」
「そうだけど、そうじゃなくて・・・ああもう、ユティって見た目よりずっと大人って言うか落ち着いてるって言うか、変に強いって言うか」
「それ褒めてるのか?」
「すっごい褒めてるよ!おやすみ!」
「だから耳元で怒鳴られると眠れないぞ」
「知らない!」
真っ赤になったラジェルがきゃんきゃん吠えるから眠れない。今のユティの想いを伝えただけなのに、そりゃあまあ、今まで何も伝えていなかったから多少の申し訳なさもあって、想いができあがりつつある現状をそのまま声にしたのに。掠れた声でぶつぶつと伝えればラジェルがまたきゃんきゃんと吠えて、最後には苦しいくらいに抱きしめられて、そのまま黙り込んでしまった。想いを伝えるにはまだ早かったのだろうかと思わないでもないけれど、黙り込むラジェルが引き続き真っ赤だ。ならばとかろうじて動く顔を少し傾けて、真っ赤になっている顎の辺りに頭のてっぺん辺りをこつりとぶつけておいた。


top...back...next