夜の街の魔法使い・星を掴む人 57



雪の降りる時間は朝になる前に終わって、気温が上昇すればまた魔物が動き回る。朝になれば当たり前だけれども太陽が昇って、色眼鏡をしないと眩しい。すっかり夜だけの生活に慣れたから太陽も青空も嬉しいけど身体に辛い。外の空気も冷たくて、ユティ好みではあるけれどだいぶ寒い。
「魔物も変な植物も多いけど空気は好みなんだよなあ。問題は寒さか。雪の降りる時間帯が絶好なんだけど、寒くて死ぬ」
「あの時間帯は魔物も歩かないくらい寒いし、俺もオススメはしないかな。ユティ、ここの木の実、美味しいよ。夜雪飴(よるゆきあめ)だ」
「この辺りの名前のセンス、本気でどうにかしてほしいって思うんだよなあ」
「慣れれば大丈夫だよ、この辺りにしかないヘンテコ植物ばかりだし。はいどうぞ」
「さんきゅ。ああ、飴って名前だと本当に飴みたいな食感なんだな。美味い」
「その辺りは分かりやすい、とは思う」
魔物の近くを通過しながら雪の上をさくさくと歩いて今日も地形を覚える為の散策だ。寒さ対策はしているから日中は平気だし、ラジェルもいるから安心だ。昨日より距離が近いのは、まあ当然だろう。ユティだって昨日の今日だ。ちょっとだけ街に帰っていちゃついても、なんて思ってしまうくらいには心は温かいしラジェルを観察したいとも思う。まだ自分の心はハッキリとラジェルを好いてはいないと思うけれど、時が解決すると思う。少しの時間で解決するならば、既にそうなんだろうなあとも思うけれど。
「ん?どうしたユティ」
「いや、何でもない」
つい近くにいる綺麗な顔を眺めていたみたいだ。雪原のまっただ中なのに気をつけないといけない。
気を取り直して辺りを眺めながら散策して、地図に書き込んで、そうしている内にまた日が沈んで夜が来る。魔物は山盛りいても人間からちょっかいをかけなければ、ちゃんと回避策を考えて行動していればそう危険はないし、ユティもラジェルも慣れているからまず安全だ。
「やっぱり問題は寒さだな。なあ、ちょっと雪の降りる時間に外に出たいんだけど」
「止めたいけど、テントの側だけならいいよ。ただし、本気で寒いから直ぐに戻る事。はい、スープが出来たよ」
「さんきゅ」
夕食は今夜もラジェルが作ってくれて、暖かくて美味しい。スペースがないからベッドの上に2人で座って食べて、今日辿った地形を話し合いながらふいにラジェルが顔を寄せてきて、ちゅ、と唇を吸われる。
「まだ食事中」
「終わったらもっとしても良いって事?」
「・・・少しだけなら」
日中はちょっと距離が近かっただけなのに我慢していたのだろうか。そもそもしっかりしたテントではあるけど野営と同じだ。身体だって汚れれば拭けるくらいの環境なのに、いろいろ気になるじゃないか。
「ユティ、頬が赤くなってる。可愛い」
「やかましい」
くそう。男前はこんな時でも綺麗で不公平だ。仕返しにラジェルの額を指で弾いて、食べ終えた食器を魔法で用意している水で軽く拭ってしまう。片付けはユティの仕事だ。まあ簡単な食事だけだから片付けも直ぐに終わって、食後の珈琲も魔法で用意するからあっと言う間だけれども。砂糖を多めに入れた珈琲を作って、またベッドに腰掛ければ早速とばかりにラジェルに抱き寄せられる。
「珈琲零すなよ」
「そんなもったいない事する訳ないだろ。でも、熱くてまだ飲めないだろ。だから、少しだけ」
「なんか違う人になってないか?」
「だってユティが側にいて触っても許してくれるし、その気になるだろ?」
そりゃあ、こんな近くに寄っていればその気には・・・だから風呂にも入っていないんだっての。なんて、いろいろと言いたい事はあるけれどやっぱり嫌ではないのだ。珈琲のカップを取り上げられて近くに置かれて、頬に触れられれば目を閉じてしまう。唇に指で触れられるから舌を出して舐めればラジェルが声を出さずに笑った気配がして、口付けられる。その間にもラジェルの手が顔に触れたり耳の辺りを探って、気持いい。ユティも手を伸ばしてラジェルに触れていればベッドに押し倒されて、ラジェルが唸る。
「テントじゃなかったらって、すげえ悔しい」
「・・・俺も、って言いそうになるから怖い。ここまでだラジェル。ちょっとヤバイ」
「あーくそ、ユティ、戻ったらもう本気で押し倒すから!」
「それはその時になってからじゃないとな。だから怒鳴るな、俺の上から退いてくれ。珈琲が冷める」
「ユティ恰好良く言ってるつもりだけど、涙目じゃ別の威力が増すだけだからな」
「うっさい」
危なかった。流された訳じゃなくてユティも割とその気でラジェルに触ってた。いろいろと危険だ。何とか理性を取り戻してラジェルが唸りながらベッドに座るから、もうとっくに覚めた珈琲を流し込む。これは、この体温だったら外の寒さも気にならないかもしれない。


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