夜の街の魔法使い・星を掴む人 56



ふわりと触れた口付けはユティから動いてのもので、けれど切っ掛けはラジェルだ。まさかユティが動くと思ってはいなかったらしい、口付けた途端、ラジェルがびくりと驚いて、なのに抱きしめられた。普通は身体を離すとか声を出すとかじゃないのか。
「だ、だって魔物だらけだしユティからキスしてくれるし・・・も、俺をどうしたいんだよ
「どうするもこうするも、ラジェルからキスしようとしたくせに」
「だ、だってイイ感じだったし、これならいけるかなって思うだろ。俺、割と最初からユティの事狙ってたんだぜ」
「へ?」
最初から?確かに近づいてきたのはラジェルではあるけれど、最初から狙ってたのか?思わず漏れた情けない声にラジェルが小さく唸って、強く抱きしめてくる。大型犬に懐かれている気持だ。いや、そうではなくて。そもそもラジェルは特性とかその他諸々であまり人間を好きですらないと思っていたし、実際に宮殿では嫌がっていたと思うのだけれども。
「そう言う所に惹かれたって言うか、最初のインパクトが大きくて、気になってた。強くないのにすっげぇ強くてさ」
「お、おう・・・?」
最初は、南の草原での出会いだ。戦うラジェルを助けに入って、一緒に逃げて。思えばそれからずっと一緒だった。離れている間もそれなりにあるけど。盛大に褒められているんだろうなと思えばユティだって多少は照れるし、嬉しくもなる。そろそろとラジェルの背中に手を伸ばして、ぽんぽん、と叩けば綺麗な男前の顔がまた口付けの体勢になる。一度触れているから近づいてくるのラジェルに抵抗はない。二度目の口付けはラジェルからで、唇に触れて舐められて、受け入れて口内を探られる。甘い珈琲の味がしてちょっと面白くて、気持いい。少しして唇を離したラジェルが目尻を染めてユティを見つめてくる。やっぱり綺麗で恰好いい。そして、可愛いなと思う。
「何で笑ってるのさ、ユティ」
「いや、可愛いなって。まさかそんなに想われてるとは思ってなかった」
「結構触ってたりしてたのに基本的に鈍いんだよな、ユティは。自分がすげえ人だって自覚もないし」
「だって下級魔導師だし、俺は普通の旅人だし、星を掴むのだって別になあ」
「俺はその星を掴む詠唱にトドメ刺されたんだけど?」
「は?」
何で詠唱でトドメなんだ。不思議に思えばまだ近い場所にいるラジェルが少し膨れて、こつんと額をあててくるのに口ごもる。さっきから距離が近すぎていろいろと麻痺しそうだ。こんなにも近くにラジェルがいるのに、ちょっとドキドキはするけど、身体も心もぽかぽかと温かい。ラジェルの体温が高いのかな、と外れた事も思うけど、中々その先を声にしないからユティから動いて唇を軽く食む。
「それ、ずるい」
「ラジェルが言わないからだ。何で詠唱がトドメ刺すんだよ。そもそも魔法ですらないのに」
星を掴む一連の詠唱は、便宜上で詠唱とは言っているけど根本から違うのだ。あれは歌に近い言葉の羅列で、重ねて威力を発揮するけれど魔力は使わない。星に願う言葉、夜空に願う歌、とでも言えば良いかもしれないけど、人間の耳には不思議な音でしかない。
「・・・俺には、綺麗な歌に聞こえたんだ。あの星空の下で詠唱するユティが綺麗な歌を歌ってるって。魔力だけど、星が集まってユティが綺麗で・・・最初から面白人だなって思って、歌で惚れた。俺には特性があるから、俺から惚れれば、その、直ぐに」
「惚れてくれるって思ったけど、俺に特性は効かないみたいだしな?」
「ごめんなさい」
「別に構わないけど・・・あれが歌に聞こえてたのか。ひょっとして、編んでる時のもか?」
「うん。俺には歌に聞こえる。強力な力になるから覚えたいとは思ってるけど、俺は、ずっとユティの歌を聴いていたいなって」
だからあんなに貼りついてたのか。複雑な詠唱を覚えようとしているんだなと感心してはいたけど、歌に聞こえていたとは思いもしなかった。こんなにも熱く見つめられて語られる程のものではないと思うけれど、うーん、どうしよう、嬉しい。妙な音に聞こえると言われる事しかなかった詠唱を、こんなに真っ正面から褒められて惚れられて、じわじわと暑くなって・・・は、こない。むしろ寒い。ぽかぽかしているハズなのに寒い。
「あのなラジェル、正直そう言ってもらえて嬉しいと思う。俺がラジェルに惚れてるかって言われればちょっとまだ返答に迷う所はあるけど、その前に、悪いけど、寒い。何でだ?」
「あ、もうそんな時間か。言っただろ、雪原に雪が降りるって。雪が降りる時間は冷え込むから暖房を強くするよ・・・ありがと、ユティ」
「雪が降りるって、いや、何で礼なんだよ」
「だって嬉しいから。ユティ、全然嫌がらないし、俺は好きだし、そのうち好きになってくれれば嬉しいから。大丈夫、俺、モテるから」
「堂々と言い切るな」
たぶんもう結構惚れてると思うけど。嬉しそうに微笑むラジェルが詠唱して、少し部屋の中が暖かくなった。それから、まだ寒い時間は続くからと暖かい珈琲を作り直してくれる。あんなに近くにいたラジェルが離れてちょっと寂しい。そう思うくらいには、もう惚れているんだろう、なあ。
「真っ暗だけど外を見れば分かるよ。この雪原、雪だけど魔力が籠もってて降りる時はうっすらと光るから」
「まじか。どんだけ不思議世界なんだよこの辺りは」
「街が特殊過ぎるからだろうっては言われてるけど、詳しくは不明。ほら、降りてきたよ」
ベッドに座って窓にある布を上げて、外を見れば確かに雪原がうっすらと光っていた。空は晴天で、雪原が全体的に淡く輝いて、魔物に踏み荒らされていた地面がじわじわと真っ白になっていく。本当に雪が降らないのに積もっていく。
「すごいな、雪が降らないのに雪原か・・・」
「魔物もこの時間帯は大人しいから綺麗だろ。雪が降りる時はこの辺一体の魔力が少し変わるみたいで、たぶん人間にとっては一番安全な時間でもあるかな。むちゃくちゃ寒いけど」
「暖房のあるテントでこれだもんな。でも、魔物が大人しいならチャンスでもあるのか。なあ、結局あの雪はどこから来てるんだ?」
「ああ、あれは地下からだよ。地下にも南と同じ様な空洞があって、この時間は地下深くから雪が昇ってきて、地表に降りる。何で降りるって言うのかは知らないけどね」
「はあー。やっぱり不思議世界だ。ん?て言う事は地下に行けば雪が昇るのを見られるのか」
「残念だけどこの時間は通交止め」
「何だ残念」
静かに雪原が淡く発光しながら地面を白く染めていって、とても綺麗で静かだ。星を掴むならこの時間帯が良さそうで、寒ささえ何とかすれば良い星が出来そうだ。窓から見える不思議な世界にほう、と息を吐けばラジェルが抱き寄せてくるから寄りかかって、ずっと外を眺めていた。


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