夜の街の魔法使い・星を掴む人 58



魔物も静かになる雪の降りる寒さは多少の興奮なんかじゃ太刀打ち出来ないなんて、まあ、分かってた。心の中で大きくなっていたいやらしい気持すら外の寒さに負けて凍り付いて、命すらあっと言う間になくなりそうだ。
「やっぱり、寒い」
「当たり前」
「異常だ。寒すぎる。詠唱できない」
「だから、言ったのに。帰ろう」
「いや、もうちょっと」
「意地っ張り」
防寒具に身を包んで、テントを出る前に熱い珈琲を飲んだのに全く効き目がない。外に出て僅か数歩で身体が震えはじめて声も出しにくい。あまりにも寒すぎるが、異常だ。どうせこの寒さも本来の温度じゃなくて魔力とか魔法とか、その辺が絡んでるんだろう。場の空気を見極めようとラジェルに呆れられながら頑張ってはみたが、無理だった。唇から色がなくなって歯がカタカタ鳴って、ラジェルに腕を掴まれてテントに連れ戻された。
「だから無理だって言ったのに。分かっただろ、あの寒さは魔力絡みだって」
「くそー、条件としては最高のに」
テントの中は結界で囲んでいるから暖かいままだ。ようやく息ができたとほっとしても、まだ身体は震えている。ラジェルが苦笑しながら暖かい飲み物を用意してくれるのを待ちながら未練がましく外を見る。冷え冷えとした空気と異常な低温、いや、あれは生き物全てを凍らせる魔法の様なものなのかもしれない。うう、と小さく唸りながら外を見ていたらラジェルが後ろに座って抱きしめてくる。まだお互いに外用の上着を着たままでもこもこだ。
「諦めて魔物を避ける方向で歩かないと本気で死ぬからな」
「分かってる、分かってるんだが、正直あの場の空気は惜しい。いや、欲張るのは駄目なんだけど・・・絶対対策考えて詠唱してやる」
「はいはい。分かったからまずは暖かい飲み物飲んで暖めて。それから湯を用意するから身体を拭って寝よう。対策なんて街に戻らないと無理だろ?」
「・・・そうだな。分かった、街に帰ったらプープーヤ様とっ捕まえて根掘り葉掘り全て聞き出して考える。秘蔵禁忌図書も調べたいな。だったら紋章を早めに作って・・・」
きっと神格付きの精霊なら詳しいはずだ。それに調べるのであればこの辺の全てを知る必要がある。街そのものが変だけど、この雪原だってかなり妙だ。だったら図書館にある全ての本を。ぶつぶつと呟きながら思考はどうやって雪の降りる時間に外で活動するかに突き進んでいる。申し訳ないけど抱きついているラジェルの存在はかなり遠くなって。
「その集中力は見事だけど、駄目だってば、ユティ!」
ぱちん、とラジェルの両手が後ろからユティの頬をちょっと強めに包んで正気に戻った。はた、と気づいてから驚いて、謝ろうとする前に身体ごとラジェルに抱えられて窓から引き離されてしまう。
「悪かったって。飲み物ありがとな」
「どういたしまして。もう危険だから朝まで窓の外見るの禁止。噂の範囲だけど、あの時間帯の空気って言うか、魔力が人間に良くないって話もあるくらいだし」
「そんな噂もあるのか・・・」
「ユティ、考え事は戻ってから」
「う、ごめん」
どうも目の前に興味が引かれるとついつい走ってしまいそうになる。ラジェルが珍しくユティを睨むから素直に頭を下げれば撫でられる。そうだ、目の前の雪原も興味深いけど、ラジェルの件もあった。まだ答えを出せない問題は中々に難問そうで、けれど既に答えは出ているかの様な、むずかゆい問題でもある。頭を上げて暖かい、蜂蜜と砂糖の方が多いホットミルクを飲んでいるラジェルをじっと見つめれば、少し間を置いて目尻のあたりが仄かに色づいた。
「・・・なに」
「いや、この時間帯が駄目なら何時外に出ようかなって」
「そうだなあ。この時間は問題外として、基本的に雪原の魔物は昼も夜も動いてるからな。昼と夜とで注意する種類も変わるし・・・」
ユティが話題を振れば雪原の魔物について説明をはじめてくれて、目尻の色も直ぐに引っ込んだ。有り難く説明を聞きながらも心の端の方で引き続きラジェルを見学して、つくづく思う。男前と言うか、綺麗な人だ。見た目もそうだけど、中身が。特性の関係でいろいろあっただろうに基本的に他人には親切で少なくとも普段は人を嫌う様子も見せない。今の生活が落ち着いているのもあるのだろうけど、基本的に中身の綺麗さが外にも滲み出ているんだろうと思う。ユティにはラジェルの特性は効かないけど、理解すれば聖なる力を感じ取る事が出来る。ユティにとってはいつも身近で当たり前の存在で、けれど世界には稀有なもの。そんな人がユティを好きだと言って見つめれば目尻を染めて。
「こんな感じかな。俺のオススメは朝方の空が明るくなる頃かな」
「ラジェルの説明だとその頃が一番安全だな。朝焼けの星はあまり掴まないけど、そうだな、折角だし試してみるか」
「やった。ユティの詠唱が聴ける」
「そう喜ばれるものでもないんだけどなあ」
いつの間にかラジェルが顔を寄せているので頬に唇で触れれば妙な声を上げて顔を真っ赤にした。可愛いヤツだ。触れようと思って触れて、素直に可愛いなと思うくらいにはユティもラジェルに惹かれている。むしろユティにはもったいないくらい立派な人だとも思ってる。
「ちょ、いきなり止めろよな!期待しちゃうだろ!」
「風呂もないテントでは絶対に嫌だぞ。そもそもラジェルから近づいてきたのに、そんなに顔真っ赤にするなんて」
「しょ、しょうがないだろ!ユティ、淡泊そうに見えて油断できねぇな!」
「そうか?」
あれだけ近づいたなら自然な行動だと思うのに。ユティが思うより純情と言う事か。あんなにぐいぐい押して来たのに、ラジェルにはいろいろな面があって面白い。まだ出会って数ヶ月だから知らない事の方が多いけど、日々新しい発見があるとでも言えば良いのか。うん、楽しい。
「何だよすげえ嬉しそうに笑わなくてもいいと思うんだけど」
「楽しいから笑ってるだけだぞ。ほら、そろそろ仮眠しないと朝方に起きられなくなる。詠唱、聴きたいんだろ」
ふふ、と笑って口付けたラジェルの頬を指で突けば恨めしそうに睨まれて、何やかんやと騒ぎながら眠る準備をした。


top...back...next