夜の街の魔法使い・星を掴む人 55



上級魔法剣士だと言うラジェルは本当に様々な魔法に秀でていて、使える種類も多い。そもそも上級魔導師に武器の力を加えたのが魔法剣士なのだ。剣士、魔導師、魔法剣士、概ね世界にはこの三つのクラスが存在して、この中から派生で様々な種類に繋がっていく。武器の力、魔法の力、その両方を持つ魔法剣士は圧倒的に数が少なくて、登録武器を三つも持つラジェルは最上級の中の一人かもしれない。この街に入る前に出会った最初の人がラジェルだったなんて、いろいろな意味で運が強いなと思うユティだけど、その後の騒動を考えれば相殺されているかもしれない。

雪原を歩きながら様々な魔物や植物の説明をしてくれるラジェルは一人で歩く事もあるらしい。偶に人から離れたくなるのだと、そう言う時は無理矢理休暇を取って草原や雪原に行くのだと教えてくれた。あの出会いはアイテムの収集だと聞いてたけど、本音はこっちだったらしい。ひょっとしたら特性の関係で人間はあまり好きではないのかもしれない。

「そろそろ夕暮れだ。久しぶりの大陽はおしまい。夜になるからテントで休もう、ユティ」
「ああ、もう夜か。そうだよな、普通は夕暮れがあるんだもんな。しかし本当にずっと快晴だったな」
「雪が積もるのは夜だからね」
「夜に?」
「折角だし、今夜くらいは雪原に雪が降りるのを見ても良いかもな。かなり冷えるけど綺麗だぜ」
ふむ、それも良いかもしれない。何せまだ地形の把握もしていないのだ。流石にこの寒さの中で一晩歩くのは辛いけれど、数日間は滞在するつもりでいる。ラジェルの提案に了承すれば、魔物に気づかれない場所にテントを貼って、星を掴まずに一晩を過ごす事になった。テントはラジェルお勧めの防寒装備たっぷりのヤツを新しく買ったので快適だ。ただ、南に比べると魔物に気づかれやすいとの事なので快適ではあってもだいぶ小さいものになる。
「それでもベッドと調理台にテーブルもあって暖かい豪華仕様だけどな。ベッドは一つしか入らないけど」
「お風呂もないけど料理は出来るしお湯も使えるよ。最もその辺りは魔法頼みだけど」
「その辺はラジェルに期待する。しかも窓まで大きいから便利だな、このテント」
いろいろな形と種類のあるテントだけれども、ふわりと暖かい空気も水も全てが魔法なのはどれも一緒だ。そして、狭いながらも四方を柱で支えているこのテントには大きめの窓まである。窓には特殊な布が二重に貼られていて、一枚捲れば透明な魔法の布が窓になる仕組みだ。早速ぺろりと窓を捲れば外が良く見える。魔物も沢山見える。
「それにしても、こっちも魔物が多いな。日が暮れたから違う種類も出て来やがった」
「夜の方が人間を好物にしてるよ。はいユティ、珈琲どうぞ」
「さんきゅ。寒いから甘い珈琲が美味いな」
テントの中では会話も自由で、今はラジェルがいるから結界で外でもある程度自由に話せるけど、きっちりとテントで守られていると安心感が違う。狭いから椅子はなくて、二人一緒にベッドに座って珈琲を飲みながら外を見る。雪原には変わらず雪がうっすら積もっているけど、どうやら空から降ってくるものではないらしい。
「まだ時間が早いからな。待ってる間に夕飯にしよう。簡単なのしか出来ないけど俺が作るよ。ユティは詠唱もあるし」
「んー、そこまで甘えるのも悪いんだが、そうだな。ラジェルの手料理を期待してる」
「だから簡単なのしか作れないって」
料理は材料こそ持ち込むものだけれども、完全に魔法頼みだ。魔法で水を呼んで鍋に入れ、材料を適当に切ったら暖めて煮込む。うん、魔法である事を気にしなければやっぱり便利だ。パンだって買い置きした乾燥パンを魔法で暖められる。程なくして良い匂いが漂ってくれば一日歩いた事もあって腹も減る。ありがたくラジェル作のスープとパンを食べて、食後には小さなクッキーまで出た。
「うん。美味かった。ラジェルの味付け好きだな」
「そ、そう?そう言ってもらえると嬉しいな。照れるけど」
ふふ、と嬉しそうに微笑んだラジェルが可愛い。ん?可愛い?整った顔立ちのラジェルだけど、照れくさそうにすれば流石に可愛く感じるか。特に不思議にも思わず食後の珈琲を飲みながらのんびりとベッドに座って時を待つ。最近はずっと賑やかな街にいたから雪原の静けさが心地良い。ラジェルも隣に腰掛けて何を話すでもなくのんびりとしている。良い時間だ。でもテントの中でもだいぶ冷えてきて、ずりずりと少しづつラジェルとの距離が近くなる。
「だいぶ冷えてきたけど、もう少し待つかな。雪は降らないけど、降りるんだ」
「また妙な言い回しだな」
気がつけばぴったりと寄り添っていて人の体温が暖かく感じる。妙な事を言うラジェルをちらりと睨み上げれば、また微笑まれてゆっくりと顔が近づいてきた。
「・・・ラジェル?」
「ユティ、嫌なら避けて」
「避けてって・・・」
男前は近づいても男前でさらに綺麗で迫力がある。ふわりとラジェルの金色の髪が頬に触れてもユティは動かない。嫌ではない。でも好きかと言われれば、まあ、だいぶ好きではある。世話になっているとか騒動の中心だとか、いろいろな事情を除いても純粋にラジェルといると楽しくて、近づいて来る顔に唇に触れても、いいなと思う。だから、綺麗な顔がとても近くにいて、ちょっと困った顔になっているからユティから動いて唇で触れた。音もない口付けは柔らかくて暖かくて、うん、イイ感じだ。


top...back...next