夜の街の魔法使い・星を掴む人 54



ラジェルとくっついたり離れたりしながら準備期間はゆっくりと過ぎていって、ようやく雪原へと向かう日が来た。何せここは夜の街。夜しかないからうっかり日付の感覚すらなくなりがちで、ラジェルに急かされなかったらもっとのんびり準備をしていたと思う。
「そうか、雪原は朝が来るのか。何だか久しぶりだな、朝日って言うか大陽は」
「かなり眩しいと思うぜ。ユティは色眼鏡持ったよな。持って行った方がいい。防寒具はだいたい揃えたし、食料もばっちり!テントも防寒仕様だぜ」
「ラジェルは頼りになるな。ありがとうな、俺一人だったら雪に埋もれてたかもしれないな」
「埋もれる程は積もってないぞ。まあ、あれは見た方が早いだろうな」
「ん?」
どう言う事だ?確かに雪が降らないのに雪原とは妙ではあるけど、この短い期間ですっかり夜の街にも慣れたユティだから既に感覚が麻痺しているのかもしれない。それぞれ荷物を背負って街の、北の出口に向かいつつ改めて雪原での注意を受けるけど、まあ何とかなるだろう、くらいしか思えない。
「まあ、なあ。この街に比べたらどこも平気だろうけどさ。魔物は南よりやっかいだから、そこは気をつけてくれな」
「もちろんだ。ただ星を掴む間は魔法禁止だからな。それは前と一緒だぞ」
「うう、そうなんだよなあ。何でユティが平気そうなのか俺には理解できないよ」
「ラジェルが魔法に頼りすぎなんだ。普通の旅人は魔法を使わないで旅するんだぞ」
「・・・普通の旅人は雪原にうきうきと行かないし」
そりゃそうだ。北へ行くには南と同じ様にトンネルがあって、通常は、よほどの理由がない限りは雪原を歩かない。南は魔物の大きさが壮観ですらったけど、北は未体験だ。ラジェルの注意をちゃんと聞きながらもやっぱり楽しみだし、街の北に到着すればかなり空気が冷えていて、ああ、いよいよなのだなと期待も膨らむ。当然ながら雪原を行く人はいなくて関所は暇そうにしていたけど。
「はい、これが雪原の地図。緊急避難用の入り口だけは覚えておいてくれ。今の時間は、朝の夜、昼くらいだから、ほら、空が青いよ」
「本当だ。久しぶりだなあ、青空」
関所から一歩外に出れば、そこは魔物の住処。白い草原、雪原だ。関所での手続きはラジェルがしてくれたからユティは特に何もせずに久しぶりに見る、街の結界の外を眺める。夜しかない街は当然ではあるけれど異常で、青空を久しぶりだと感じる方が変だ。けれど、すっかり夜の闇に馴染んでいたから少々眩しくも感じる。はー、と街の外を眺めていればラジェルに笑われて、色眼鏡を装着してから外に出ようと促された。

街の外。夜の街は四方を草原に囲まれていて、大きく東西南北に気候が変わるそうだ。南は既に通ってきた穏やかな気候の草原で、大型の魔物が多い。北は一面の雪原がどこまでも続き、小型の強力な魔物が多い。どこも魔物だらけだ。
「北も南と一緒で独特な生態系なんだ。世界でも北の雪原にしか生息してない植物が多くて学者は行きたがるけど、まあ、無理だな」
「だろうな。あんな魔物はじめて見るぞ」
「大きくはないけど小さい分動きが速くてやっかいなんだよ。俺は平気だけど」
「ラジェル様々だな」
さくさくと防寒仕様のブーツで踏みしめる大地は雪の色で、どこまでも続く雪原はひんやりと寒く、けれど空気が綺麗だ。久しぶりに見る青空は快晴で、ここも天候は安定しているらしい。曇りも雨もなく、ただ雪が積もる不思議な安定だけど。
「しっかし寒いな。ずっとこの気温なのか?魔物もよく寒くないよな」
「そう、ずっとこの気温。氷点下すれすれで安定。確かに寒そうな魔物って見ないよな。俺も不思議に思ってた」
街を出る前からラジェルの魔法で魔物から察知されない様にして、まずは大まかな地形と魔物の把握だ。事前に調べてはいるからある程度は知っているけど、実際に見るとまた違う。魔物の小型は概ね人間よりも大きいのが普通で、雪原の中を様々な形の魔物が闊歩している。ユティから見た感想は、毛皮もないのに何で寒くないんだろう、くらいだ。もちろん高そうな毛皮の魔物もいるけど、そうでないのも多い。それと、雪原の魔物の特徴としては小型で素早い事以外に、基本的に人間に興味がない種類が多いとの事だ。
「ここは南より人の出入りが少ないから。南は定期的に討伐隊で人間が入るけど、こっちは何もしない。ただ気まぐれに襲われる事もあるし、一部の魔物の好物が人間だったりもする。分かりやすい南よりも北の方が死亡者も多いんだ」
「はあ、なる程なあ。こりゃ夜も気をつけないと駄目だな。ただ、空気はいい感じに綺麗だし、この感じだと綺麗な星を掴めそうだな」
どんなに魔物が多くても凶暴でもユティはずっと一人でくぐり抜けてきた。多少危険な時も多かったけど、今は頼もしいラジェルがいるし、空気と感じる魔力の質にどうしたって顔が緩む。この綺麗な空気はどこか聖なる力に通じる所がある。今まで沢山の場所で星を掴んできたけど、聖なる星、白石を掴める場所は本当に珍しい。一人でにやにやしていたらラジェルが魔物の説明を続けながら首を傾げた。
「綺麗な星?」
「ああ、聖なる力に似たものを感じる。たぶん詠唱を考えれば白石を掴める場所になりそうだ。俺のとっておきでもあるけど、そもそも白石ってまず掴めないんだよ。聖なる、こんな感じの空気と魔力がある場所はまずない」
「聖なる力、かあ」
「ラジェルにとっては微妙かもだけど、ま、今回は普通の星を選んで掴む予定だから安心してくれ。白石は詠唱を最初から組み直さないとだからな」
「何だか難しい話になってきたな。星を掴む人がいない理由がユティを見てるとよく分かるよ」
「そんなに難しくはないぞ。面倒なだけで」
「面倒さが突き抜けてる感じがする」
「それは言えるかも」
ややげんなりした様子のラジェルに軽く笑って、足を進める。今はまだ地形を覚える為の散歩みたいなものだ。だいぶ寒いけど動いていて、きっとラジェルの魔法の効果もあるんだろう、少し暖かくすら感じる。


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