夜の街の魔法使い・星を掴む人 51



勢いよく宿を飛び出したラジェルは本当に師団に行って魔道具を持って来た。素早すぎる。宮殿にある師団まで往復20分程。どんな速さで・・・魔法か。戻って来るなり魔道具を掲げて肩で息をするラジェルに呆れつつ、新しい珈琲を入れてやる。
「はは、いや、ガラにもなく興奮しちゃって、サンキュ、ユティ」
「まだ息切れてるぞ。別に明日でも良かったのに」
「だって貴重な機会だし!」
「はいはい」
入れたての珈琲をぐびぐびと飲み干すラジェルはどうやら熱さも忘れているらしい。そんなに興奮する事でもないのに。引き続き呆れながらテーブルの上に置かれた魔道具を見て、溜息を落とす。映像と音声を記録できる魔道具は一般的に高額だし割と貴重品だ。大きさは手の平の上に乗るくらいの、宝石みたいな石と周りをぐるりと囲む銀細工が綺麗だ。一見すればただの装飾品に見えるけど、中々に厄介な道具でもある。なにせ最初の記録には上級魔導師の魔法が必要なのだ。そう、この魔道具はユティは使えない。始動はラジェルの魔法だ。
「はー、美味かった。ユティ、早速記録してもいいか?」
「いいぞ。ラジェルの事だからかなり長い時間の記録ができるんだろ?」
「もっちろん!俺の魔力次第だけど、ざっと見て丸三日くらいは」
「・・・気合い入れすぎだアホ」
「後で編集も可能だぜ」
「はいはい。そんじゃあ、記録していいぞ。最初は俺の事か・・・やっぱ恥ずかしいな」
「大丈夫、ユティは綺麗で恰好良いよ」
「ラジェルに褒められてもなあ・・・ま、いっか。発動してくれ」
未来永劫残ってしまうと分かっているから少々気恥ずかしいものの、ユティとてこの魔道具にお世話になったのだ。仕方がないなとラジェルに発動を促せば静かに詠唱がはじまって、テーブルの上に置かれた魔道具がふわりと光る。
何から話せば良いのか、まさか生まれた時から話す訳にもいかないだろうなと思えばラジェルの声がする。
「ユティの故郷って?」
「故郷はここから大陸を渡った東の方だ。何もない田舎で、魔物も少なかったんだよな。一面の森と山と、湖もあったか。そんな所だから魔法を使う人が少なかったな。ご想像通りの小さな村だよ。大きな町まで出るのに馬車で1ヶ月くらいかかったな」
「想像より田舎だった」
「うっさい。そう言うラジェルの故郷はどこなんだよ」
「俺?俺は同じ大陸の西の方にある砂漠だよ。ユティとは逆に魔導師とか魔法剣士が多かったなー。ほら、砂漠って基本的に魔法ないと生きていけないし」
「それもそうだな。つー事は結構でかい街か」
「うん、王都だよ。家は普通の家だったけど、って、これユティの話を聞くための物だからな!」
そうだった。記録していると思っていてもつい話しかけてしまう。すらすらと答えるラジェルも悪いとは思うけど、そうか、砂漠の人だったのか。勝手に納得していればラジェルに軽く睨まれる。
「全く。それで、星を掴む人になった、なろうとしたきっかけは?」
「村にいたんだよ。星を掴む人が。俺が生まれる前からずっと滞在してて、十歳くらいまでいたかな。話が面白くて外の世界も知ってたから村の人気者だったなあ。だから俺にとって、あの村にいた同年代のガキ共にとっては割と普通だったんだ。まあ多重詠唱ができたのは俺と幼馴染みくらいだったけどな。で、その人と遊ぶついでにいろいろ教わって、いなくなった後は記録を見て学んで、十六か十七の時に故郷を出て旅をはじめたんだ。それからは、あっちこっちふらふらして、夜の街に辿り着いたって訳だ」
「省略し過ぎ。でも生まれる前から滞在してたのか。記録を残していったから上級だよね?」
「いや、下級。記録を残したのはたまたま村に来た上級魔導師だったな。すげえ驚いて気絶したのを今でも覚えてる」
「そりゃあねえ」
だって普通だったのだ。星を掴むなんて不思議な人がいるのが。生まれる前から村に溶け込んでいたし、面白くて面倒見の良い人だった。実は今も大きな町に入れば手紙を出しているので所在を知っているけど、それは言わなくても良いだろう。何もない村を好んでいたあの人は大きい街を苦手としていたし。幼馴染みもユティとそう変わらない時期に外に出ていて旅をしている。こっちもまあ必要があれば伝えれば良いか。
「俺個人の話としてはこんな所だぞ。そもそも普通の旅人だからな。大きい話もない。そう言うのはラジェルの方にありそうだな。ん?」
「そりゃあ・・・あるにはあるけど」
「砂漠の大物を倒したりとか?」
「俺の話は記録してない時に!」
「なんだ残念」
ラジェルの方が面白そうだったのに。ふふ、と笑えばなぜか正面にいるラジェルが赤くなって続きを促してくるけど、終わってしまったから他には特にない。
「もう話す事もないしなあ。うーん、星網でも編むか。折角だし新しいのを最初から」
「俺は魔道具持って見てるよ」
「ああ、疲れたら適当に休んでてくれ。とりあえずは、そうだな、今はまだ黄色の月だから、夜の夜までは編むか。糸は普通の絹糸、他の糸でも何でもいいぞ」
記録しているから新しい方がいいだろうと、編んでいる途中のものは置いておいて買い溜めてある普通の絹糸を持って来る。束から先端を取り出して、いつもの様に詠唱を重ねて一定の動きでもって糸を動かして。ラジェルはじっと見ているけど、ユティは視線の強さにも色にも気づかずに詠唱を重ねていく。


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