夜の街の魔法使い・星を掴む人 52



星網を作りながら、偶にラジェルに聞かれた事に答えて魔道具で記録して、そんな日々を過ごしながらも雪原に行く準備もきっちり進めていく。はじめて行く土地だし南の草原とは全く違う生態系だからと中央区にある図書館にも寄って、急いでいないからと1ヶ月くらいを準備にあてる予定だ。
「俺は別にいいんだけど、ゆっくり過ぎじゃない?」
「ゆっくりで良いんだよ。詠唱を考える時間も必要だし、そもそも星を掴むって言うのはその土地の全てを知って、人や気候や魔物、住まう全ても知る必要があるんだぞ。前に南の草原で見せたのはほんの囓り、基本中の基本なんだからな」
「うへえ。やっぱり大変だな星を掴む人って。まさか準備に1ヶ月もかけるなんて思ってもみなかった」
「1ヶ月なんざ早い方だ」
今日は図書館に寄って夜の街の事を調べながら市場で買い物をする予定だ。既に何回か通っている図書館は中央区の、宮殿の近くにあるからラジェルが嫌そうな顔になる。休暇を貰ってはいるけど、既に1ヶ月もユティにべったりだ。全く仕事をしている様子がないけど、いいのだろうか。ちらりと共に歩くラジェルを見上げれば微笑みだけが返ってくる。うーん。
「少しくらい仕事してもいいと思うんだけどな」
「そんな優しい事言ったらまた3日くらい監禁される。絶対ヤダ。俺はユティと一緒がいい」
「お前なあ・・・俺は助かってるけど、図書館には暫く通うつもりだしラジェルはもう知ってる事だろうから暇になるだろ。逃げられる程度で顔見せてやった方が良いんじゃないか?」
「えー・・・うん、まあ、正論だけどなあ」
「じゃあ行って来い。そうだな、まだ昼間で時間あるし、まずは昼まで。戻ったら一緒に飯食おうぜ」
「分かった、行って来るけど・・・」
「もし戻れなさそうだったら俺と待ち合わせしてるって言って逃げてこい」
ユティにはラジェルが普段どんな仕事をしているかなんて知らないけど、ある程度は顔を出しておいた方が良いとは思うのだ。図書館の前で唸るラジェルの背を叩けばしぶしぶ了承して、でも行きたくなさそうにしている。そんなに嫌なのか?そもそも隊長だし今までずっと仕事をしていただろうに。今はまだ夜の朝だから昼まではそれなりに時間もあるし丁度良さそうなのに、とユティは思うけど。
「仕事は嫌いじゃない。でもユティと一緒にいる方が・・・いや、何でもない」
「ん?」
しぶるラジェルを見ていたら何かを言いかけて、気まずそうに髪飾りのある金色の一房を弄ってる。ああ、特性の関係でユティと一緒の方が楽なのだろうか、とも思うけど、どうもラジェルの仕草が目を惹く。見惚れる、ではないけれど、それに近い気持だったのかもしれない。ずっとラジェルを見上げていたら髪を弄りながら少し躊躇って、ちらちらとユティを見てくる。何だろうか。見惚れるに近い気持が、見ていて飽きないな、に移動しようとした時、唐突にラジェルが一歩踏み出して、抱きしめられた。
「行って来る。直ぐ戻るから。昼飯前には絶対戻るから」
「お、おう・・・行って来い」
別れの挨拶にしては何やら大げさな気もするけど、抱きしめられた力の強さに驚く。そんなに嫌、ではなさそうだけど別れを惜しむ・・・子供みたいだ。いや違うか。ならば何だろうと考えている間にラジェルは離れて、駆け足で宮殿に向かって行く。
「へ、変なヤツだな・・・」
抱きしめられるのははじめてではないけれど、どうしてだか心がざわりとする。ユティまで変なラジェルみたいな気持ちになってしまったのだろうか。


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