夜の街の魔法使い・星を掴む人 43



魔族と言えば魔物の亜種か何かと思うだろうけど、事実は違う。精霊以上に人間には馴染みのない存在で、そもそも実在するかどうかの論議からはじまるのだ。なのに、この宮殿には魔族までいるのか。もう倒れそうなユティはラジェルに支えられて何とか座っているけど、気絶したい気持ちでいっぱいだ。そんなユティに対してその魔族、ゼヴィシスはにこやかな笑顔のまま、フェレスの隣にある椅子に座った。圧倒的な魔力の密度に目眩がする。これは純粋な密度だからラジェルの側にいても関係ない。息が苦しい。
「フェレスってば酷いよね~、魔族なんて普通は知らないのにさあ。あ、睨んじゃ駄目、君怖いんだから。じゃあまずは魔族の説明からする?それとも君が星を掴める人かどうか、って言うか本物だよね。そのアクセサリー全部がそうだもんねえ。それに君、面白い人だね。この街では滅多に見かけない、昔ながらの人間だ」
「・・・は?」
ゼヴィシスの朗らかな声はあっさりとユティを肯定して、ついでに妙な事まで言う。何だ?魔族と視線を合わせたくはないけど思わず見てしまえば全員が同じだった。でも息が苦しくなっているのはユティだけみたいで、皆平気そうにしている。
「いや~、そんなに見られると照れちゃうな。うん、フェレスは睨まないで君は怖いんだってば。だからね、その子はふつーの人間だよ。昔ながらの、まだ魔法がこの世界になかった頃の人間って言うのかな?君、この宮殿が怖くて俺もプープーヤも怖いけど、フェレスはそんなに怖くなくて、ラジェルからは特に何も感じないでしょ」
さらりと、言い当てられた。まだ何も言っていないのに全て正解で、今度は全員の視線がユティに集中してしまう。何でそんな簡単に言うんだろうか、そもそも普通の人間とはいったい何なのか。驚いたままじっとゼヴィシスを凝視していたらにこやかな笑みのまま言葉が続く。
「俺さあ、人間が面白くてずっと研究してるんだよね~。まあ見るだけでも分かるけど、ホントいろんな種類がいて楽しいよね。ん?気になるのなら教えてあげるよ。って言ってもそう難しい話しでもないけどね~」
一人にこやかに話し続けるゼヴィシスに誰も言葉を挟めない。いや、フェレスは面白そうにゼヴィシスに視線を戻して、プープーヤも同じだ。言葉を挟めないのはユティと、ラジェルだろうか。さっきから支えてもらっているけど今はその手に込められた力が強くなって、ゼヴィシスをじっと見ている。
「昔ながらのってのは、この世界に魔法が存在しなかった頃だね。数千年前かな。君から感じるのはそんな時代に生きてた人間のものだよ。闇を恐れ光を当たり前のものと感じて、連なる聖なるものは常に側にあるものだと感じて気にしない。魔法より自然の理(ことわり)の中に生きる人間だね。だから闇に連なるこの宮殿とプープーヤが怖くて、規格外だけど人間のフェレスはそうでもない。迫力はあるけど。それで、聖なる泉を持つラジェルは当然のものだから特に惹かれたりしない。そうでしょ?」
凄い。にこやかに全てを言い当てられた気持ちだ。綺麗な顔に問われたからこっくりと頷いて、ぐったりとラジェルに体重を乗せる。とても疲れた気持ちだ。はー、と息を吐いてようやくゼヴィシスから視線を逸らす事ができて、ラジェルも同じ様に少し息を吐いて軽く抱き寄せながら支えてくれる。
「ふむ、そうなるとユティに特性はないのだな?」
「特性はないよ~。でもこの街なら立派な特性じゃない?今時珍しいよ、昔ながらの人間って。普通は魔法に走るじゃん。楽だし」
「確かにそうではあるのう。そう言えばユティは魔法をあまり使わぬな。薪から火を起こそうとする人間は確かに久しぶりじゃ」
「ほう?薪から火を起こすとは・・・なる程、確かにゼヴィシスの言う通りだな」
ぐったり疲れたユティに対し偉い三人は言いたい放題である。勝手に言っててくれとラジェルにもたれかかって普通の人間の定義とはなんぞや、な話しになりつつある偉い三人を眺めていたら頭の上から小さな笑い声が聞こえた。ラジェルだ。
「何だよ」
「いや、面白いなって。それと、ユティの事が知れて良かったなって」
「そうか?いや、要するに普通の人間だって事だろ。俺はもう帰りたいんだけど」
そもそもこの部屋にいる事が疲れるのだ。何せユティから見ればラジェルを含めて全員がとんでもない奴だし、ゼヴィシスから感じる魔力の圧力も結構辛い。
「全く、しょうがないな、師団長も話に入ってるし。すいませーん、師団長、話が進んでませんよ。ユティに何か用があったんじゃないんですか?」
はー、と何度目かの息を吐けばラジェルが引き続き支えてくれつつまだ論議している偉い三人に声をかけてくれた。ユティからは言えないから助かったけど、一斉に視線を集中させるのは止めてほしい。特にフェレス。この人は人間だけど魔族よりも神格付きの精霊よりも迫力があって困る。真っ直ぐに見つめてくるフェレスに若干怯えつつ身構えれば綺麗で迫力のある笑みを浮かべる。
「ああ。すまなかったな。貴方にこの街での便宜を図ろうと思ってな。紋章を贈ろうと思う。私の客人に使用されるもので、これを見せれば全ての施設に出入り自由だ。もちろん貴方の行動を妨げるつもりはない。役に立てばと思ってな」
紋章とは王族に代表される身分の高い者が持つもので、図案そのものに権力が発生する中々に大変なものだ。しかもフェレス自ら席を立って、自分の机から拳大の布を持ってきてくれた。漆黒に白の刺繍で文様が入っている。うっすらと魔力を感じるのはこの刺繍自体が魔法だからだ。
「・・・ありがとうございます。折角なので頂こうと思います」
「そうか。では話を通しておく。後ほど説明を送ろう」
「はい」
紋章を貰う。それはこの布を貰うのではなく、文字通り紋章を貰うのだ。紋章の力を借りたい時には身につける衣装等に刺繍をする。もちろん刺繍は指定の、例えば昨日行ったみたいな王冠マークの店に専門の魔導師がいる。悪い話ではないのであっさりと受けとるユティに驚いたのはラジェルとプープーヤだ。あれだけ嫌がっていたのに、と言葉は出さずとも顔に書いてある。失礼な。そんなラジェルとプープーヤにフェレスが笑う。
「星を掴む人と言うのはこれくらいの特権があって当然なのだぞ?貴方も慣れている様だしな。今まで幾つ紋章を纏ったか聞いても良いか?」
「確か四つくらいだったと思います」
フェレスの言う通りだ。面倒そうでなければ基本的にユティは隠していない。今までも何度かこうして招かれて待遇を保証されたり紋章を貰ったりしていた。知っている人であれば希少な存在ではあるし、ユティとしても有り難いので貰えるときは素直に貰っている。もちろん怪しい所からは貰わないけど。
「ほらな。私の紋章も好きに使ってくれ。夜の街は貴方を歓迎する。今日は顔合わせだから私からは以上だ。また落ち着いたら招待したい」
また招待されるのか。それは遠慮しないけど、言えない。仕方がないので小さくお辞儀すればそう正直な返答をするなと笑われてしまった。恐ろしく迫力のある人だけど、慣れれば話しやすいかもしれない。でもこの宮殿からはちょっと遠ざかりたい気持ちだ。


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