夜の街の魔法使い・星を掴む人 42



見た目はラジェルと同じ位の年齢だろうか。綺麗、としか言い様のない師団長は中性的な美貌と言った方がいいかもしれない。線が細くて身体も大柄じゃない。けれど溢れる存在感が力強くて弱さは一切感じない。
「ようこそ、我が客人。それとプープーヤ殿」
低くてどこか甘さのある声まで完璧だ。はー、と思わず息を吐いて感嘆していたらラジェルに軽く突かれたので慌てて礼をして名乗る。
「ユティと言うのか。ふふ、思ったより可愛らしい人だな。まあまずは寛いでくれ。ああ、自己紹介をせねばな。私はフェレス。私個人の願いで貴方を招待したので肩書き等はいらぬ。楽にしてくれ」
既に部屋の中からはフェレス以外の全員が退出していて、茶も魔法で用意された。綺麗な微笑みにちょっと見とれつつソファに移動しようとしたらフェレスが立ち上がってユティの前まで歩いてくる。
「態々の来訪、礼を言う」
この人、近づくと細身なのに迫力と圧迫感が凄くて、ラジェルと同じくらいの長身だ。なのにユティの前でそれはそれは綺麗な礼をしてくれるから困る。きっと王族の中でもかなり偉い人だろうに、そんな礼なんてしないでほしい。
「師団長、ユティが驚いてますよ。師団長はただでさえ迫力満点なんだから」
驚いているユティにラジェルが助け船を出して、くれたのだろうか。怖い怖いと言っていた割には砕けた言葉だ。
「煩いぞラジェル。お前は招待していない。仕事はどうした?」
「仕事はしてますって言うか、俺、休み中だったはずです。今からでもいいんで休み下さい。ユティの生活が落ち着くまでって言ったのに」
「書類を溜め込んでいるからだ。あれは私の領分ではない。しかし考慮はしよう。後で書記官を多めに送る。だからさっさと溜め込んだ書類を片付けろ」
「えー・・・分かりました!だから睨まないで下さい怖いんですよ!」
どうやら怖いけど仲は良さそうだ。だいぶ気安い関係でもあるんだろうか。2人のやりとりを聞いていたらフェレスの視線がまたユティに来る。本当に力のある視線で、星空の浮かぶ綺麗な瞳だ。怖いけど。
「そう緊張しないでくれ。いろいろと話を聞きたかったのだ。何せ星を掴める方は貴重であり、ラジェルが肩入れしていると言う。そこにも興味があるのでな」
「はぁ」
ユティの招待にはラジェルも含まれているのか。師団長、フェレスにラジェルの特性は関係ないと聞いたけど、本人を目の前にすれば納得もするけど、気にはなっているんだろう。招かれてソファに座れば正面にフェレスが、ユティの両脇にラジェルとプープーヤが座る。
「それは私の友人でもあるのだよ。友人がはじめて長期休暇を、しかも1人の人間の為に使うと言って来た。気にならない訳がないだろう?」
ふむ。それもそうか。フェレスの言い分に素直に納得すればラジェルが顰めっ面をする。やっぱり仲は良さそうだ。年齢も同じくらいだろうし、怖いけどいい友人なんだろう。まだフェレスと言う人がどんな人かは分からないけど、悪い人ではなさそうだ。ゆったりとソファに座って綺麗な笑みを浮かべるフェレスは言葉を続ける。
「ふふ、ラジェルにも睨まれている様だし本題に入るとしようか。ユティ、貴方は星を掴む人だと言う。真実だとは思うが私はその辺りに疎くてな。手っ取り早く真実を知る方法を選んだ。プープーヤ殿がいらっしゃるとは聞いていなかったが、了承してほしい。貴方の友人でもあるあの男を呼ぶ。もちろん一切の危害はないと約束するし、もし気に入らなければ私が切る。良いな?」
「う、え?ええと、プープーヤ様、なんか知ってるのか?」
「・・・おかしな奴じゃが、まあ良いだろう。ユティに危害は与えぬだろうが、驚くじゃろうなあ」
ここに来てから驚きっぱなしだけど、さらに上が、あるんだろうなあ。威厳溢れる顔がやや顰めっ面になったのが気になる。ラジェルもあんまりいい顔をしていない。と言う事はみんな知っている人なのだろうか。ユティとしては疑われて嫌だなあとは全く思わない。むしろちゃんと星を掴む人がどういう人かを知っている事の方に感心がいっているから、ちゃんと確かめると言われて逆に興味が湧く。どうやって確認するんだろうか、だ。
「俺は別に構わないです。ただ確認方法なんて思いつかないけど」
「今から呼ぶ者の特技と言うべきか、見れば分かるそうだ。人となり、その者の本質がな」
「はあ」
それは凄い人がいるものだ。ひょっとしてラジェルみたいな特性になるのだろうか。さっぱり分からないユティだけど、フェレスの綺麗な笑みに頷けば隣の部屋に突如として何かが湧き出た。
それは、この宮殿の魔力なんか飛んで消し飛ぶくらいの、濃密過ぎる魔力の塊。あんまりにも唐突に湧き出た力は大きくてぶわりと全身が泡だった。何だこれは、こんな魔力、人でないのは当たり前だけど、亜種でも精霊でも、魔物でもない。
「ほう、分かるのか。面白い人だ。ゼヴィシス、客人だ。行儀良くしろよ」
「分かってるって言うか、お、プープーヤまでいるじゃん。やっほー、久しぶり」
フェレスの声で隣の部屋からひょい、とはじめて見る顔が出てきた。圧倒的な魔力の塊と密度を持ったその人はにこやかに部屋に入って来る。見た目は二十代、いや、三十代くらいだろうか。肩に届く金髪に深い紫色の瞳。白い魔導師のローブを軽く羽織って、手には分厚い本を持っている。内側の濃さにも驚いたけど、この人、見た目もまた凄い。ここに来てからラジェルやフェレスで恰好良い人の上限がかなり上になったユティだけど、この人はまた別格だ。ただラジェルともフェレスとも美しさの種類は違うと思う。女性ではないのに間違えそうになる。女性寄りの美しさだ。
「これはゼヴィシス。普段は隣国の宮殿にいる魔族だ」
「・・・は?」
魔族。さらりとフェレスが紹介してくれて、ユティの時が止まる。だって、魔族って、それこそプープーヤ以上の伝説じゃないか。存在すら危ぶまれる程の、実在するのかどうかをまず疑う程の。
「あれ、初顔がいる~。フェレス、いきなり魔族なんて言ったら驚いちゃうじゃん。そーゆーのは順を追って説明してあげようよ、可愛そうだろ。ごめんな~。驚いたと思うけど基本的に無害だから俺の事は気にしないで。あ、ゼヴィシスって言いずらかったらゼヴィーでもいいよ。よろしく、綺麗な瞳の人」
そんな存在はフェレスより人間らしくにこやかに挨拶してくれた。倒れてもいいだろうか。いや、身体はぐらりとラジェルの方に傾いて慌てて支えられてるけど。


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