夜の街の魔法使い・星を掴む人 44



思いがけない存在との出会いはあったけれど、ようやく師団長の招待を無事乗り越えられた。師団長の部屋から生きて出られて万歳したい気持ちだ。
「気持ちは分かるけどその気持ち悪い笑顔は止めようよユティ。つーか本当に怖かっただろ、師団長」
「ああ、ラジェルの言葉全てに『怖い』がくっついてた理由を体験できた。悪い人じゃないんだろうけど、むしろ凄い人なんだろうけど・・・迫力満点だったな」
「ちなみに、師団長だけどゼヴィシスより強いって話もあるんだぜ・・・冗談だと思いたいけど、思えない」
「・・・すげえよく分かる」
師団長の部屋を無事に退出してラジェルの部屋に戻って来た。話題は伝承の中でしか存在しなかった魔族のゼヴィシスよりも全てが『怖い』師団長の事ばかりだ。だって凄かったし。ユティが対面してようやく自分の意見に納得してもらえたのが嬉しかったのかラジェルの表情が輝いている。怖い怖いと言う割には仲も良いんだなあと、これも納得だ。
「俺が師団に入る切っ掛けになったのが師団長だからな。人が多いから大変だけど、あの人の下なら安心できるんだ。それに元々魔物退治で生活してたからさ」
師団長との仲をそれとなく聞いてみたらふわりとした良い笑みが返ってきた。そうか、元々は魔物退治をする人、ハンターだったのか。ハンターは主に魔物を狩るのを専門にしている旅人達で、魔導師と同じく登録制だ。ただ魔導師には魔力の強さと知識が必要だけど、ハンターには特に何もない。登録制なのは実体を把握したいのと政府機関から依頼が入る為だ。
「そっか、なら良かったな。怖い人だけど」
「うん、怖いけどな・・・でもさ、ユティにも会えて良かったよ。特性云々は抜かしても、楽しいんだ。仕事も師団長のお陰で早く終われそうだし、速攻で片付けて戻るから」
「ああ、待ってる。つーか急がなくてもいいんだぞ。俺はのんびりしてるし、まだ本格的に動いてもいないしな」
なにせまだ借宿で、街も満足に歩けていないのだ。全てがラジェルに出会った所為だと断言はできるけど、まあいろいろと楽しかったので良しとする。にこりと笑みを浮かべればラジェルが軽く頭を下げた。
「どれ、では要件も終わった様じゃし、とっとと帰るぞ。私は腹が減った」
「そう言えばもう結構な時間だよな・・・ああもう、空で時間が分かんねーし。ええと、黄色の月が落ちかけてるから・・・夕方か」
全てが漆黒で、窓の外も黒いけど月を見つければもう沈み掛けていた。もうそんな時間になるのか。ならばプープーヤの空腹も当然だしユティだって何か食べたい。でも、とラジェルを見れば苦笑された。
「ラジェルはまだ帰れないのか?」
「残念ながらこの書類じゃな。でも俺も腹減ったし、一緒に飯食いに行く!それくらいは許されるはずだ!着替えるからちょっとだけ待っててくれ!」
てっきり残るかと思いきや外に行くらしい。あの食事じゃな、と昼に作った微妙な出来のサンドイッチを思い出しつつプープーヤと視線を合わせて軽く笑う。着替えたいのはユティもだけれど、こっちは店に行く前に宿に寄ってもらおう。
「そうなれば私は先に戻るぞ。この姿で飲み食いは嫌じゃ」
「それもそうか。じゃあハーティンも誘ってくれよ。みんなで飯食おうぜ」
「そうじゃの。ではな」
威厳溢れるプープーヤのままは飲み食いしたくないらしい。確かにいつものモップから比べれば・・・モップで慣れているユティの方が変かもしれないけど、本人が嫌だと言うのだから止める事もない。立ち上がったプープーヤが杖を軽く振って、先に戻るぞと告げればその姿がまるごと消えた。何かの魔法なのか、プープーヤの力なのか、詠唱は聞こえなかったけどだいぶ濃い闇の力を感じるからきっと精霊の力なんだろう。何もない空間に軽く手を振れば早々に着替えを終えたラジェルが戻ってくる。真っ黒い制服からユティの知っているラフな、白っぽい衣装になったラジェルにちょっと安心する。ここは何もかもが真っ黒で心臓に悪いと思う。
「あれ、プープーヤ様戻ったんだ」
「先に戻ってハーティンを誘ってくれる予定。あと、人型は嫌だってさ」
「滅多に見られないもんなあ。今回はユティのお手柄だぜ。プープーヤ様の人型ってあれだろ?本人も目立つの分かってるから滅多にしてくれないんだよ」
「分かる気がする。んじゃ俺達も行くか。もう出ていいんだろ?」
「ああ。夕食くらい外に出たって文句は言われないし言わさない」
「・・・お疲れさん」
ちょっと見て感じただけでもかなり忙しそうで大変なラジェルだ。げんなりと肩を落とすから、ぽんと背中を叩いて移動する事にする。最大の試練、ではないけれど師団長に会ったしラジェルの仕事も終わりそうだし、ようやくこの街での生活が一歩進んだ感じだ。最も師団長もラジェルの仕事もユティには関わり合いのない事だけれども、隣を歩きながら嬉しそうに鼻歌なんか出している男前を見上げれば悪い気はしない。


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