夜の街の魔法使い・星を掴む人 13



あの後、発見されることもなく、ゆっくりと買い物をして宿に戻れた。
宿にも騎士達の手はまわっていなくて、にこやかに主人に出迎えらた。
ちょっと話しを聞いてみたら、大通りで騒ぎはあったものの、魔物が侵入した訳ではないのでそれ程でもない様だ。
なる程、この街では魔物の侵入があるのか。
騒ぎの中心はユティなのに、別の所で感心して部屋に戻った。封印もそのままで、やっと安心してくつろげる。
「初日なのにとんでもない目にあったな・・・ったく、何の店なんだ」
気にはなるけど、行きたくない。名前だけであんな男が釣れるなんて怖すぎる。
はー、と大きく息を吐いて、ポケットに入れておいた、切れたブレスレットをベッドの上に置く。
「2本もか・・・修理は、無理そうだな。後で店に出すかあ」
ブレスレットはユティが作った、星のブレスレットだ。
細い鎖になっている様に見えるけど、実際は魔力の塊で、大元は絹糸だ。切れた所が金属ではなくて、糸になっているのがその証拠だ。
多少の傷やほころびだったら修理できるけど、切れてしまうともう使えない。
専門の店に出して、まだ金属に見える所を加工してもらうしかないのだ。
ここは大きな街だから加工所もあると思われる。
大抵が工房区として街の中でも区分けされた所にあるのだけれど。
「ん?工房区・・・あ、思い出した。工房区にあるって言ったよな。ええと、どこだ?」
ようやく思い出した。あの妙な名前の店は工房区にあるとラジェルが言っていた。
加工で思い出して良かったけど、もう少し早く気づいていれば・・・いや、ブレスレットが切れなければ工房区は思い出さなかった。ちっ。
案内図を広げて確認すれば、工房区は街の北側にある。
ユティが今いるのは街の南側だから、かなり遠い。
「馬車でもかなり時間がかかりそうだな。途中で見つかっても面倒だし、かと言って夜に隠れて、は無理だよなあ」
外はいつでも夜なのだから。
そう言えばこの街の人々はいつ眠るのだろうか。今は青い月の時間で、夜の夜だ。
なのに通りには人が沢山いたし、店もやっていた。まさか一日中、誰かしらは起きているのだろうか。
「知ってたけど、慣れるまで変な気持ちになるな、これ」
まだ黄色の月を見ていないから何とも言えないけど、街全体が眠ることはなさそうに思う。
ずっと夜で、なのに眠らなくて、慣れるのに時間がかかりそうだ。
案内図を改めて眺めて通る区画を決めていく。広い街だから、あの男が探していても大丈夫だろうけど、仕方がないので当初の予定だった魔道管理局も街での滞在場所を探すのも後にする。ラジェルに再会して、ぶん殴ってから考えよう。
一応、用心して軽く変装でもするかと、案内図を仕舞って荷物を整理する。
ここはまだ騒ぎのあった通りの側だから、さっさと離れるに限るし、元々、この宿からは出るつもりだったのだ。
上着を脱いで、袖が指先まであるシャツに替えて、サンダルからブーツに履き替える。
頭と腰に派手な模様の布を何枚か纏めて巻いて、指輪とネックレスは全て外す。
それから、ブレスレットの本数を増やして、袖の上から同じ布を巻いて荷物を漁る。
飾りとして持っている剣を専用のベルトに通して、腰の、布に隠れない位置に固定すれば完成だ。荷物は仕舞っていた大きな革袋に全てを放り込んで、肩から下げる。
「よし、こんなもんだな」
旅人ではあるけど魔導師には見えない姿だ。
派手な布は変装には向かないと思われがちだけど、意外と使える。
早速、とばかりに部屋から出て、主人に挨拶すれば驚かれた。
それ程、印象が違うのだ。
あの男がユティを探すならこの宿にもそのうち訪れて、報告されるだろうけど構わない。
印象を変える方法は他にも幾つかある。
迷惑はかけていないけど、これからかけるかもしれないから宿代は多めに渡して、宿を出た。
青い月が沈むところで、通りには相変わらず人が歩いている。やっぱり眠らない様だ。
そして、騎士らしき鎧の姿がちらほらと、前よりも増えている。
「だから、何で店の名前だけでこうなるんだっての」
呆れて呟いたユティは荷物から薄く色のついた眼鏡を出して、かける。
見た目を変えるだけの眼鏡は目立つ色の瞳を隠すため。これで変装は完璧だ。
後は堂々と歩くだけ。疚しいことは元々ないし、颯爽と通りを歩いて騎士の側を通っても声をかけられることはなかった。


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