夜の街の魔法使い・星を掴む人 12



穏やかそうなのは表面だけだったらしい。笑みを消した男が声まで低くしてユティを睨んでいる。臨戦態勢、一歩前だ。だからここは店だっての。
「あのなあ、店でそんな顔すんな。店の人とか客とか怯えてんだろ、アホ。何で名前言っただけでこんなことになんだよラジェルめ・・・分かった分かったそう睨むな。お兄さん、悪いけど酒追加で、同じのがいいな。あと、悪いね、ちょっとだけ避難しててくれるか?」
「え、でもその人、第一師団の人なんでしょ。紋章があるし。お兄さん、旅行者なのに何かやっちゃったの?」
「え、俺?」
青年が顔を少々青くしながらも男の、いや、第一師団を知っているらしくユティを軽く疑ってくる。
そもそも第一師団って何なんだ。店の中もユティが悪いみたいな空気になっていて、大変いたたまれない。ラジェルに再会したら殴ろう。
「俺は何もしてないし、第一師団ってそもそも・・・いや、分かったからそう睨むなよ。俺、下級なんだから弱いんだから。ったく。俺はユティ。見た通り旅行者で、外でラジェルと知り合ったばかりで、待ち合わせに妙な名前の店を指定されたんだよ」
預かったナイフを見せれば分かるのだろうか。いや、あれは貴重品と一緒に宿だ。
参ったなと睨んでくる男を見ていれば警戒度が下がらない。まあそうだろう。
「外で助けてもらったんだ。それで、一緒に街まで来た。疑うなら本人に聞いてくれ。それしか俺には言えないし、説明って言ってもこれしかない」
詳しくは、ユティが星を掴む人だとは言えない。秘密ではないけど、こんな人の多い場所では言えないことだ。
知らないのならいい。けれど、知っていると困る。不特定多数には決して明かせない程には、星を掴む人は希少で、争いごとの中心になってしまう。
ユティを睨みつけてくる男をじっと見ながら、出方を待つ。
数秒くらいだろうか、男が警戒したまま、殺気は収めてくれた。
「私は今夜、街に戻ったばかりなんだ。それが本当だとしても分からないんだよねえ。しょうがないから、確認が取れるまで貴方に見張りをつけるよ。本当は捕縛しておきたいけど、罪状が特にないから困ったよねえ」
「・・・あ?」
何て言ったんだこの馬鹿は。見張りに捕縛に罪状だなんて、あからさまにユティを犯罪者扱いしようとしているではないか。
できれば話し合いで終わらせたかったユティだ。弱いのは本当だし、争いごとも嫌いだ。多少この男に腹が立っても酒の酔いと一緒に流してやろうと思ったのに、この言いぐさ。
かちんとキタ。すごく、きた。
すう、と表情をなくすユティを男は観念したと思い違いしたら様だ。
カウンターの青年に少し見張る様に伝えると店を出て行った。
本当に見張り役を連れてくる、んだろうな、あの様子だと。
「えーと、お兄さん。悪く思わないでね。あの人は偉い人で、いろんな権利を持ってるんだ。お兄さん、悪い人には見えないけど、大人しくしてた方がいいと思うよ」
店の中が嫌な感じにざわついている。全員がユティを何らかの犯罪者だと思っている、そんな言葉が幾つか聞こえてくる。
ますます腹が立つけど、カウンターの青年に罪はない。にこやかにはできないけど、店に迷惑はかけられない。
「いや、騒がせて悪かったな。これ、先に払っとく。後、これで全員に何か奢ってやって。俺は店の外で待ってるからさ」
「え・・・これ、銀貨だよ?!」
立ち上がって、カウンターに銀貨を1枚置けば驚かれる。
まあそうだろう。銀貨1枚で一ヶ月は暮らせる。そんな価値だ。
「犯罪で盗ったやつじゃなくて、ちゃんと稼いだやつだから心配すんな。そんじゃ、ごちそうさん」
「多すぎるよ!ねえ、ちょっと!」
「店の前に出るだけだっての。逃げやしないし、でも釣りはいらないよ。どうしてもって言うなら、次に来た時はタダにしてくれな。アンタらも、騒がせて悪かったな」
ユティの行動でまた店がざわつくけど、もう聞こえない。
意識を外に向けて、店から出て適当な場所に立つ。
逃げるつもりは全くないけど、大人しくしているつもりもない。
何だって店の名前だけでこんな目にあわなきゃいけないんだ。折角の夜の街なのに、これからいろいろ楽しもうと思ったのに。
両手を軽く前で組んで、口の中で小さく小さく詠唱の準備をする。
ユティは下級魔導師だけど、装飾品で一時的に力を増幅できる。そして、幾重にも詠唱を重ねられ、一気に数種類の魔法を発動できる。
普段は魔法を重ねるなんて馬鹿な真似はしないし、下級魔導師らしくしている。
でも、今は別だ。
通りの、周りに人が固まらない場所で待つこと数分。男が戻ってきた。
騎士らしき鎧の男を2人も連れてきた。上級魔導師が鎧の男を引き連れてきたから、通りの人々が注目している。
「外に出ていてくれたんだ。手間が省けて良かったよ。確認が取れるまでこの人達に見張らせるから」
『あ、っそ。なんて大人しく言うこと聞くと思った?馬鹿じゃないのかいい加減にしろよ』
にこりと微笑む男にますます腹が立つけど、ユティも負けずに微笑み返して、声を出す。
多少変だけど気にしない。だって今、喋る声とは別に詠唱も3つ程重ねているのだから。
「・・・ん?ねえ、何か変な声してない?」
流石に気づかれた。不思議そうにしながらも瞬時に警戒態勢に入る男にやっぱり上級だなあと妙な感心をする。もう遅いけど。
『ラジェルに言っておいて、再会したら殴るからって。じゃあな』
逃げるつもりもないけど、大人しくしているつもりもないけど、戦いもしない。
軽く別れを告げたユティの姿は、男の前で、注目されていた通りの中で、音もなく消えた。
「なっ・・・!?き、えた・・・まさか!詠唱している様子はなかったはずなのに、探せ!」
男が慌てて何やら詠唱をしているけど、無駄だ。のんびりと歩くユティはざまあみろと、今度は心からの笑みを浮かべてざわめく通りを歩く。
上級じゃないけど、幾重にも重ねた魔法で姿と気配、音を消したのだ。
思ったより上手くいったけど、残念ながらブレスレットが数本切れた。力を使い切ってしまったのだ。
もったいないけど、気が晴れたからよしとしよう。慌てる男の声はまだ聞こえているけど、もうユティには関係ない。
あの様子じゃ遠からずユティの泊まる宿も突き止めそうだけど、まあいいか。
大人しく、は無理だけど宿に戻ればラジェルからの預かり物も貴重品もいろいろある。
いや、その前にさっさと妙な名前の店を探すべきか、いっそ騎士団に乗り込んでラジェルをぶん殴るべきか。
「まあ、まだ時間はあるし、こっそり買い物でもして宿に戻るか」
通りはまだざわついていて、かなり離れたユティがふわりと姿を見せても誰も気にしないし、男達も気づかない。
このまま路地裏で買い物でもしようと、にんまりと笑んだユティは人混みに紛れて大通りから消えた。


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