夜の街の魔法使い・星を掴む人 11



青い月は満ち欠けがないらしい。
案内図にあった説明を思い出しながら夜の街をのんびりと歩く。
風はなくて、星空が見えるから晴天、だと思われるけど、これも魔法の力だそうだ。

何でも結界の内側は全て魔法の力で整えられていて、天候が荒れるのは年に数度だけ、気候も穏やかで季節がない。
それに加えて世界中から魔導師が集まり、元々の住人も魔導師に関する者ばかりで、全が魔法中心、とあった。恐ろしい街である。
少し歩いただけでもユティの様な軽装よりも魔導師のローブ姿が多い。
後は鎧姿がちらほら見えるくらいで、一般人、みたいな人はあまり見かけない。
「どうなってんだ、この街・・・いや、まずは飯だ」
意識すれば余計に腹の減り具合が切ない。情報も欲しいけど、今は食事だ。
丁度良く近くに店があったので迷わず入る。今ならどんな店の食事でも美味しく頂ける。
「いらっしゃい、生憎カウンター席しか空いていないんだけど、良いかい?」
「どこでもいいよ。ん?ここ、料理出してくれる?」
「出しますよ、とびっきり!とはいかないけど、ランチから肴までいろいろと」
「良かった。腹減って倒れそうなんだ。案内よろしく」
「はい、どうぞどうぞ」
選ばず入った店はどうやら食堂よりも酒場に近いらしい。程ほどに混んでいて、空いていたカウンターの席に案内される。
あまり忙しくはない様で、食事優先だけど話も聞けそうだ。
メニューは壁に並んでいて、よく分からない料理も多いけど適当にお勧めを、と頼んで飲み物をもらう。
空きっ腹に酒は厳禁だから、甘い飲み物にしておく。
「はー・・・美味い。生き返る」
「お客さん大げさだね。見た感じ旅行者でもないのに。いや、ここにいるんだから旅行者だよね?」
思わず呟いた言葉にカウンターでカクテルを作っていた青年が笑っている。
従業員なんだろうけど、カウンター席の客と話すのも仕事なのだろうか。いや、ユティがあんまりにも美味そうな声を出したからかもしれない。
「旅行者だよ、俺は。昨日、街に入ってずっと寝てた。だから腹ぺこなんだ。なあ、ここにいるんだから、って何?」
腹ぺこさんにはちょっとサービスしちゃうよ、お兄さん恰好良いし、なんて青年が皿の上にクッキーを盛って置いてくれたので有り難く頂く。見た目はよくないけど、美味い。
「ここは街の入り口だからね。ほら、大きい街だから入り口付近は旅行者の方が多いんだ。お兄さんはそうは見えなかったけど、場に馴染んでるから魔道に関する人みたいだね。ようこそ、夜の街へ」
でも魔導師にも見えないなあ。なんて青年は微笑んで、ユティの注文した料理を違う従業員から受けとって置いてくれる。
湯気の出るステーキに早速食いつく。
「確かに入り口だもんな。で、圧倒的に魔導師が多い訳か。俺もだけど」
「そうだね。ローブの人は分かりやすいけど、そもそも人口比率が偏ってるからねー。はい、次の料理だよってお兄さん、よく食べるねえ」
「だから腹ぺこなんだって。あ、酒も頼む。お勧めであんま強くないのがいい」
「だったらフルーツカクテルかな。お兄さんの瞳みたいなカクテルだよ」
「飯がっついてる時に口説かれてもなあ」
「あはは、俺も自分で言っておきながらどうかと思った」
暇なのだろう、青年はユティの前から離れず楽しそうに話しかけてくる。こう言うタイプは嫌いじゃない。
まだ街に入って直ぐだし、いろいろ聞かせてくれそうだ。
だったら、あの店のことも知っているだろうか。大きな街だから知らない可能性が高いけど、聞くだけ聞いておこうか。
街のことをあれこれ聞きつつ3人分の食事を平らげて、青年お勧めの甘いカクテルを舐めながら聞いてみることにした。
「なあ、知らなくてもいいんだけど、知ってたら教えてほしい。エクエクって店、知ってるか?」
「変わった名前のお店だね。申し訳ないけど知らないなあ」
「知らなかったらいいんだ。サンキュ」
と言うことは確実に街の入り口にはないと思われる。
そもそも何の店かも知らないし、聞く余裕もなかったのだ。
これは思ったよりラジェルと再会するのは後になりそうだな、と思ったら後ろから誰かが近づいてきて、ユティの隣に座った。
「私、知っているよ。そのお店。お兄さんはエクエクの話を聞いてこの街に来たのかな?」
店に元々いた客、みたいだ。
片手にグラスを持って、もう片手には長い魔導師の杖を持っている。
細くて装飾の多いそれは上級の、それもかなり上にいる者の杖だ。
見た目もそれっぽいなあと軽く酔った頭で考えれば勝手にユティの肴を一口食べている。
こら。
「食ってもいいけど一言くらい言ってからにしろよな。それと、話しって何?有名店だったりするのか?」
「あれ、知らないのに知ってるんだ。不思議だねえ」
のんびりと話す男は口調に反して妙な感じで、警戒、が一番しっくりくるだろうか。
腰まで伸びた白髪に灰色の瞳で穏やかそうに見えて隙がない。見た所、30代くらいで、衣装は軽装の魔導師と言った感じだけど妙にひょろながい印象だ。
どうして店の名前でそんなに警戒されるのかさっぱり分からないユティは追加の肴を注文して男を見上げる。
「教えてもらったって言うか、待ち合わせに指定されたんだよ。そもそも何の店かも知らない。知ってるなら教えてくれ、どこにあるんだ?」
「えー、どうしようかなあ。私、知っているけど、迷っちゃうなあ」
「何だそれ。じゃあいいよ。勝手に探すし、いや、探さなくてもいいかな」
どんな店なんだ。いや、有名ならここで聞かなくてもそのうち分かるか。
名前だけでこんな上級魔導師が釣れる店なんてちょっと行きたくない。
預かり物はあるけど、当分先でもいいだろう、なんて思って男から視線を外せばなぜか隣の空気が怪しくなる。
「・・・何で初対面のヤツに殺気向けられてんだ、俺。やっと腹いっぱいになって機嫌いいんだから止めてくれよな。それに店だぞ、ここ」
「仕方がないよね。聞いたからには無視できないし、お兄さんのこと、教えてくれる?一応言っておくけど、私は第一師団だから。逃げても無理だよ。旅行者なら知らないかもしれないけどね」
にこり、と微笑んでいるのに殺気をユティに向けてくる男が意外なことを言った。
店の中で殺気なんて馬鹿なことを、と男を殴るつもりでいたけど、止める。
ユティもにっこりと、殺気は出さないけど、微笑んで身体ごと男の方を向いて微笑む。
「アンタ、第一師団の人なんだ。俺、ラッキー。なあ、ラジェルって知ってる?」
カクテルを飲みながら告げた名に男が驚いた顔になって、笑顔を消した。


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