夜の街の魔法使い・星を掴む人 07



とっぷりと夜も更けて、日付が変わる頃になってからテントを出た。
魔法テントは片付ける時も簡単で、魔法で拳大の大きさに圧縮する。
外は魔物の世界で、夜が深くなっているからか、あからさまな気配を多く感じる。
でも、もう魔物避けの魔法は使えないし、会話もなしだ。大まかなことはジェスチャーで何とかするしかない。
まあ上級のラジェルがいるから大丈夫だろう。ユティにとって今夜はおためしだけど、ラジェルがいてくれるから、いろいろとありがたい。
テントから離れて、気配を消して慎重に歩く。
テントのあった辺りは場の魔力が乱れているから離れないと星は掴めない。

魔物の気配、足音、闇に包まれた草原は静かで、賑やかだ。
夜行性の魔物は活発に動くし、眠るものは草原に伏せておとなしく眠っている。
夜ならではの風景にゆるりとユティの頬が緩む。
危険ではあるけど、この静けさと賑やかさが好きだ。
星は綺麗で本物と偽物が輝いている。風も穏やか、月は細くて足下は見えない。
人の存在を拒む自然の世界。とても、好きだ。

魔物に見つからない様に歩きはじめて少し。場の魔力が安定した所で荷物から静かに星網を出す。
完成品は、あのゆるゆるの網からだいぶ目の細かい網になっていて、大きさは小さなマントくらいになっている。
魔法を重ねた星網はじわりと力が溢れて、けれど魔物の興味を引かない。この網にかけられた魔法は何の脅威にもならないからだ。
星網は両手に持って広げる。端と端を持って、ふわりと舞わせてそのまま歩く。
それから、星を絡めとる為の詠唱をはじめる。
隣を歩くラジェルが目を見張った。星網にじゃない。詠唱にだ。
「まじかよ・・・4、いや、7重詠唱だなんて・・・」
思わず言葉が漏れてしまったらしい。慌てて手で口を塞ぐけど、小声だったし大丈夫だ。ちらりと横を睨んで、詠唱を続ける。
空に浮かぶ星々よ、たゆたいし光、穏やかななれ風、静かに潜むもの・・・
星を掴むのは面倒で難しい。その、難しいのがこの詠唱だ。
ラジェルが驚いているけど、実際には9つの詠唱を重ねている。
多重に聞こえる詠唱は人の耳では聞き取れないはずで、よく7重も分かったなと関心しながら続ける。
いや、正確に言うなら、これは詠唱じゃない。便宜上、詠唱としているだけだ。
星を絡め取る詠唱は、歌と魔法の中間にある、星に願う言葉だ。
重ねる詠唱はちょっとしたコツと修練によって会得できるけど、実は何の力もない。だから魔物達も気づかない。変な歌を歌う小物がいるだけだと思っているんだろう。
星を掴み終えるまでは決して詠唱を絶やしてはいけないから、ユティから小さな、人の耳には聞き取れない不思議な言葉が続く。
星網を舞わせながら重なる詠唱を続けて、静かに歩く。
ふわりと舞う星網に少しずつ星の欠片、魔力の欠片が詠唱に引き寄せられて集まってくる。網に絡めとられた星の欠片はそのまま、詠唱に聞き入っているかの様に淡く光りながらとどまる。
詠唱は続く。所々が歌になって聞こえる様な、小さな小さな願いの言葉は星網に十分な欠片が集まったのを見て変化する。
さらに詠唱を重ねるのだ。
またラジェルが驚いた顔をするけど、今度は声を出さずにユティを凝視する。
星に願う言葉は9つ、掴むにはさらに5つ重ねる。
こうなるともう人の耳には何を言っているか聞き取れない。
重ねた詠唱によって星網も変化する。小さくなっていくのだ。
小さなマントの大きさから徐々に、ゆっくりと小さくなって、ユティの持つ両端が近くなっていく。
淡く輝きながら、色は変えずに濃度を濃くして、やがてユティの手の内に入るまでに小さくなって。
両手で星を、ぎゅっと掴んだ。
無事、星を掴むことができた。
詠唱も掴むのと同時に終了して、できあがりだ。


top...back...next