夜の街の魔法使い・星を掴む人 06



星を掴む人。
夜空に浮かぶ星に擬態した魔力の星を捕まえることができる者の総称だ。
正式名称ではないけれど、そもそも名称がないからいつの頃からか『星を掴む人』と言う呼び名が広まった。
夜の街の住人であるラジェルだったら知っているかも、と思ったけど、やっぱりか。
嬉しそうにユティを見ているから、実際に星を掴む所は見たことがないのだろうと思われるけど。
「やっぱり知ってたのか。そんな感じがしてた」
「あの不思議な網と夜の草原地帯に用があるって所で、な」
随分前になるけど夜の街にもいたらしい。その名残で知っているんだそうだ。
徐々に暗くなる草原で嬉しそうにしているラジェルにユティも軽く笑む。説明をしなくてもいいのは正直、有り難い。かと言ってラジェルのご期待に添えるかどうかは分からないけど。
「じゃあ話は早いな。星は夕方から朝方までの時間で掴む、って言うか網で絡め取る。俺達が掴むって言われてるのは、その後の段階のことだな。網で絡め取って、固めると星を掴んでいる様に見えるんだ」
「へえ、絡め取る、かあ」
「まだやらないけどな。条件がいろいろあるんだけど、この感じだと日付が変わる少し前が良さそうだと思う。場所がまだよく分かってないから今日はおためしかな。元々は様子見だったし。時間まで魔法テントでも作ろうと思うんだけど」
今までも丁度いい時間になるまで魔法テントの中でのんびりしていた。
魔法テントは野宿用に売られているもので、簡単な魔法でもって組み立てるものだ。物によって違うけど、ユティが持っているのは数人が眠れる大きさのもので、小さな小屋みたいになる。魔法テントはどこでも作れて、魔物に見つからず、安全に過ごせて眠れる。それ用の魔法がたっぷり染み込んでいるのである。
この草原地帯には魔物が多いけど、問題なく使えるはずだ。荷物から拳大に圧縮されている魔法テントを取り出そうとすればラジェルに止められた。ラジェルは草原に泊まる予定はなかったけど、念のためにいつも持ち歩いているそうだ。
「俺のは仕事で使うこともあるから5人でも余裕なんだ。慣れない場所で疲れてるだろ。本番はこれからだし、俺が作るよ。いいだろ?」
「もちろん。俺のは小さいから、ラジェルに甘えるよ」
ユティとしてはラッキーだ。本番、もあるしあまり魔力は使いたくない。ユティはあくまで下級なのだから。
有り難くラジェルにテントを作ってもらって、流石上級だと感心するくらいに大きな、ちょっとした小屋くらいのテントでのんびりと待つことになった。

魔法テントは基本的に外側だけだ。頑丈な、魔導師のローブと同じ素材でできた布で空間を作るだけ。けれど、ラジェルのテントは内装もセットだった。
「すげえ、簡易ベッドにテーブルと椅子に調理台まである。至れり尽くせりだな」
「そりゃあ快適に過ごしたいから、かなり奮発した。高かったんだぜ、これ」
「だろうなあ。普通のでもかなり高いのに」
「だって休憩するなら茶ぐらい作りたいだろ?ってな訳でお茶と珈琲、どっちも作れるぜ。どっちがいい?」
「珈琲がいいな。サンキュ」
「俺も飲みたいから気にすんな。座って待ってて」
いやはや、これじゃあ小さな家と同じだ。あくまでも安全に野営をする為のものなのに、しっかりとした寛ぎ空間になってる。呆れ半分、感心半分で椅子に座って待っていれば、程なくして珈琲の良い匂いがする。ひょっとして水もあるんだろうか、このテントは。
「水もある程度溜めておけるんだ。風呂は無理だけど、料理と身体を拭くくらいならできる。魔法で空気から水分を集めてるんだ」
「はー。さっすが。俺もこーゆーのにしようかなあ」
「ユティなら余裕で買えると思うぞ。星を掴む人はでたらめに稼げるって聞いてるし。はい、珈琲。それと、そのローブはまだ脱がないのか?食事の時もずっと着てて不思議に思ってたんだけど」
何もかもが至れり尽くせりなテントが欲しくなったユティにラジェルが笑いながら珈琲をくれる。湯気が出ていて美味しそうだ。有り難くもらうけど、ローブはまだ脱がない。普段は毛布やテーブルクロスの変わりにしているけど、今は別だ。
「街に入ったら脱ぐけど、今は脱がない。脱いだらもう被るのが嫌になる。嫌いなんだよこれ。重たいし大げさだし」
「あはは、確かに。俺も嫌いだしな。ユティは旅の途中だから当然っちゃ当然か。にしても、すごい装飾品だな」
「俺は弱いからな。これくらいで丁度いいの。それに、作るのが仕事みたいなもんだしな」
「ああ、星で作るって聞いたことがあるな・・・こう言うのって不躾かもしれないけどさ、それ、全部でとんでもないことになってたりしないか?」
ローブ姿でも手の装飾品は全て見える。確かにユティはじゃらじゃらだ。普段から両手に指輪を最低でも4つ、ブレスレットは必要なだけ、今は全部で5本。それぞれに凝った細工がしてある訳ではないし、見た目は安そうな物から高そうな物までいろいろだ。
自分の両手を見下ろして、にやりと笑んでみる。ラジェル、大当たりだ。
「うわ、その顔、怖いぞ。やっぱ聞かなかったことにしてくれ、俺が怖くなる」
「大げさだなあ。そんなに高くないって。確かに星は希少品だけ、ピンキリだぞ。俺が掴むのはそんなに高値にはならないの。普通に旅する分が稼げればいいしな」
「そうなのか?俺にはよく分からないけど、楽しみにしてる」
「おう。楽しみにしててくれ」
半分は嘘である。魔力の星はかなりの希少品で、質が悪くてもかなりの高値になる。ユティが今着けている装飾品は全て自分で捕まえた星から作ったものだ。荷物に入っている分も合わせると小さな宮殿が余裕で買える、くらいにはなる。それくらい、星を掴むのは面倒くさくて難しい。ラジェルと話しながら、興味があるみたいだからブレスレットの1本を外して見せながら、その面倒くささの方を事前に言っておかなくてはと思い出す。
「ああ、そうだ。楽しみついでに、いくつか条件があるんだ。星を掴む時のお約束ってやつだな。時間がきたら外に出るけど、ここから出たらもう結界魔法はなしな。もちろん魔物との戦闘もなし。弱い魔物避けはいいけど、強いのは駄目。場の魔力をなるべく乱したくないんだ。乱れると星に混ざりものがあって、質が悪くなるし、最悪呪われた星って言うか、星にもならない魔物の力が混じった塊を掴んじまうんだ」
これが面倒くさい方だ。大抵はこの条件で諦める。だって外は巨大で、夜になってさらに強力な魔物が増えているのだ。なのに、結界も駄目で戦闘もなし。道具は使っていいけど、強い魔法は全て駄目だ。
「・・・え、食われに行くんじゃないよな?」
「当たり前だろ。気配消しとか、弱いのを重ねるのは大丈夫だから、それで何とかしてもらうしかない。出たら星を掴むまで会話もなしだな」
「ええ、そうなのか」
「そうなの。俺も詠唱するから喋れなくなるし、詠唱中は何があっても声かけるなよ。途中で切れたら絡め取ってる星が全部逃げて終わるから」
「大変だな・・・だから星を掴む人って少ないのか」
「それもあるけど、少ない理由は直ぐ分かるよ」
時間になって外に出れば、難しい方、になる。


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