夜の街の魔法使い・星を掴む人 04



走って走って息ができなくなって少しして、やっと避難口から地下トンネルに入ることができた。
疲れ過ぎて足の痛みより息の苦しさが酷い。肩で息をするユティに対し、男は少し息を乱すだけでトンネルの内部をきょろきょろと見る。
ユティはこのトンネルに入るのがはじめてだから全く分からないけど、男は知っている様だ。
「避難口付近には簡易だけど宿と治療施設がある。俺らみたいなのが多いからな」
確かに避難口を使用する時は、そうなんだろう。
まだ息が収まらないから視線だけで続きを促せば男が軽く微笑む。
落ち着いてやっと気づいたけど、この男、いわゆる男前ってやつだ。
金の髪に青い宝石の飾り、瞳は深い青で顔の形が整っている。身体も細身に見えて強いのはもう知っているし、長身だ。
世の中って不公平だよなと素直に恨めるヤツだ。
軽装ではあるけど、要所要所はしっかりしているのもまたムカツクし、ユティみたいに装飾品で底上げはしていない。うん、敵だ。
「ま、助かったよ。俺はラジェル。夜の街で騎士やってる。第一師団所属な。ん?知らないってことはこの辺のヤツじゃないのか。ま、それは後で。まずは治療施設にコイツら放り込まないとな。ああ、まだかろうじて生きてるぞ」
生きてるのか。てっきり死体かと思ったけど、良かった。
ようやく息も整ってきて、荷物から水筒を出して一口。美味い。
「俺はユティ。旅してる魔導師で、夜の街が目的地だ」
ラジェルも自前の水筒を出して水を飲んで、ユティに手の平を差し出すから、ぱちん、と軽く叩く。
ラジェルは騎士なのか。
そう言えば夜の街は確か街ではあるけど王都でもあるから、騎士も多いんだろう。
「街に行く途中だったのか。俺、運良いな。まあ折角の縁だし助けてもらったし、まずは飯でも奢るよ。確か治療施設の近くに食堂もあったはずだし。味はそこそこだけどな」
「有り難く奢られるよ。話も聞きたいし」
折角の縁、はユティも一緒だ。
思いがけず街に詳しそうな人に出会えて良かった。人助けはするもんだ。

夜の街へと続く地下トンネルは自然の鍾乳洞や洞窟を人の手で整備したものだ。
街道の様な道になっていて、魔法の灯りと魔物避けでもって安全を確保している。
それなりに長いトンネルだから途中には小さな街がある。その他に、ラジェルの言う様な避難口の施設があるみたいだ。
歩いて直ぐに治療施設をはじめとする建物達が通路の側にあった。
岩を刳り貫いて建物にしている様で、煌々とする魔法の灯りで巨大な洋灯みたいだ。
この辺りは鍾乳洞らしく、建物の細工も凝っていて見事の一言である。
「すごいな、こんな建物があるなんて。トンネルも見ないと損するな」
「この辺はトンネルの中でも古いからな。他の建物や街も見事だぞ。それじゃ、俺はコイツら放り込んでくるから、ちょっと待っててくれ」
「ごゆっくり」
ラジェルがゆるゆるの網を引っ張って鎧達と一緒に治療施設らしき建物に入っていく。待っている間に見学しようと、トンネルの中をぐるりと見てみる。
トンネルに来る予定はなかったから、思いがけず得した気持ちだ。
ユティの狙う星はないけど、いい具合に魔力も溜まっていて、鍾乳洞だったら何かいいのがあるかもしれない。
最も昔から使われている通路だろうから、いいものなんて取り尽くされているだろうけど。
鍾乳洞の方にも魔法の灯りが見えるから、既に開発済みらしい。ちょっと残念だ。
通路をふらふらしながらあちこちを見ていたらラジェルが戻った。
「鍾乳洞は危ないぞ。ここから見える灯り、全てが魔物避けだ。奥は人間を拒絶する魔物の世界だ」
「うえ、そうなのか。そう言えば上も凄いもんなあ」
「そう言うこと。上も下も程良く魔物好みの魔力溜まりが多いからな。少しでも気を抜くとトンネルにみちみちっと魔物が詰まることになる。ま、気は抜いてないし魔物が入ることもないけど」
「うーん・・・まだ逃げられる上の方がマシなのかもしれないなあ」
どうやらこの辺り全てが危険地帯みたいだ。ラジェルは強いからいいだろうけど、ユティは直ぐに食べられてしまいそうで、改めて気をつけないとなあと思う。
「んで、飯奢ってくれるんだろ?食堂があるのか?」
「ああ。あそこ。悪いけど味は期待しないでくれな。それは街に入ってからで」
「別にいいよ。地下で食事なんて滅多にない経験だから」
話ながら少し歩いて、その間にも周りには結構な往来がある。
一歩外に出れば魔物の世界だけど、安全ではある様だ。
それなりに賑やかだし、トンネルも結構な広さと高さがあるから夜の街に入る予行練習みたいだ。
そんなことを歩きながらラジェルに伝えたら笑顔で頷かれた。冗談だったのに本当だったらしい。
「夜の街には夜しかない。外から来ると結構なストレスになるらしいんだ。だからこのトンネルで慣らす。まあ半日だけど、耐えられないヤツも偶にいるんだと」
「へえ。確かに、言われてみればずっと夜だもんな。俺もはじめてだ」
まだ想像しかできないけど、夜しかない世界なんて想像できない。気にもしていないけど。
元々ユティの行動時間は深夜が多い。昼は睡眠時間だ。
それでも朝日の恩恵は感じるし、青空を好ましくも思う。
うーん、やっぱり想像できない。
ラジェルが夜の街の話をしてくれるのを有り難く聞きつつ食堂に入った。
混んではいないけど、それなりに人が入っている。この食堂も掘り抜いている造りで、洋灯の中に入った気持ちだ。
席は空いていた窓際にして、ラジェルが適当に注文をする。
食堂でもトンネルの中、しかも避難口の側だから簡単な食事しかないとのことだ。
「街はもう少し進んだトンネルの中心になるんだ。ここは休憩所って所だな。酒もないけど、お茶で乾杯」
「乾杯。まだ街に着いてないのに飲む気にはならないし、丁度いいや。ん、美味い」
甘いお茶で乾杯をして、軽食が運ばれてくる。時間も昼食時だ。
草原を歩いていたら歩きながら軽く携帯食料を食べる予定だったけど、急いでいる訳でもないから素直に美味しく感じる。

お互いに軽く自己紹介と、あの鎧達の顛末を聞いて、食事は進む。
あの鎧達は入り口の街に所属する警備兵で、なのに好奇心から街を出た結果が魔物のご飯、だったそうだ。
信号弾なんて馬鹿なことをするなあと思っていたけど、あの鎧達はまだ若くてその辺りの教育も今ひとつだった様だ。
「大きな括りで言えば俺の仲間になるし、そもそも救援要請の信号弾だったから一応様子を見に行ったって訳だ。呆れたけどな」
苦笑したラジェルが肩を竦めて、今度は自分の所属の話をしてくれた。
ラジェルは夜の街に本部を置く第一師団の所属とのことだ。
夜の街はあくまで通称で、本来は王都だから他にも様々な部隊があるらしい。
規模の大きい街だとは聞いていたけど、想像以上だ。
「第一師団ってのは魔物討伐専門になる。主に草原地帯で討伐してる。今日は休暇中で、草原にある植物採取に行ってたんだ」
「へえ、変わった場所だから面白いのあがりそうだな。なあ、ラジェルは魔法剣士って言ってたけど、上級?」
魔導師にも魔法剣士にも上中下がある。魔導師は魔力の強さだけが加味されるけど、魔法剣士は魔法と武具の腕もプラスされる。中々に難しいのだ。
あの巨大な魔物に囲まれても勝っていたラジェルはやっぱり上級だった。
「そう言うユティは?」
「俺は下級魔導師だよ。正直、あの巨大な魔物一匹でも負ける。余裕で食われる」
ラジェルの視線がお前も上級だろ、なんて言うけど、残念ながらユティは下級魔導師だ。
驚くラジェルに小さな杖を見せれば納得されるけど、腑に落ちない顔だ。
それもそうだろう。それに、恐らく聞きたいことは他にあるはずで。
「ちなみに、鎧達を包んだ網は本来の使い方じゃないし、そもそも作りかけなんだ。完成品を持ってるから、良かったら見てみるか?」
恐らくあの網は滅多にない。説明するより実際の使い方を見た方が早いし、ラジェルみたいに強いヤツが側にいてくれた方がユティとしても有り難い。
もったいぶって持ちかけてみればラジェルはぱあっと笑顔になって食いついてくれた。
やっぱり網が気になっていたみたいだ。


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