夜の街の魔法使い・星を掴む人 03



夜空に浮かぶ星は当たり前だけど触れないし、手の届く所にはない。
そもそも手の内に入る大きさでもない。
ユティの狙う星は、同じ夜空に浮かぶ魔力の星だ。
魔力は昼よりも夜に溜まりやすくて、濃度も濃くなる。
それがなぜ星に見えるのかは誰も知らないけど、古来から星に擬態する魔力を捕まえることができる。
捕まえた星はもちろん魔力の塊であって星ではないし、本当の星の形なんて誰も知らないから、星だと認識している。
捕まえるにはかなり面倒な手順と技術が必要だから、あまり星を狙う人もいない。
ユティはかなり珍しい部類に入る。

夜の街は一日中夜とあって魔力は濃いし、草原地帯は魔物も多いけど良質の星が取れる地域だ。多少の危険を冒しても星を掴む価値はある。
では、なぜ朝から草原を歩いているのかと言えば、単純に地形を覚える為だ。
安全に過ごす為にも良い場所を見つけるにも昼の方が明るくて見やすい。ただそれだけだ。

魔物に見つからない様に歩きつつ、魔力の流れや質を感じ取っては貰った地図に描き込んでいく。
うん、やっぱり魔力の質が良い。これは良い星が掴めそうだと、ついついにんまりとしてしまう。
夜になるのが楽しみだ。魔物の性質から、昼よりも夜の方が危険にはなるけど、良い星の為なら笑顔でいくらでも歩ける。

それにしても、魔物が多い。
大中小に巨大まで、種類も多ければ数も多い。有名な土地ではあるけど、まさかこんなに多いとは思わなかった。
静かに歩くユティの周りを小さな魔物達が群れで浮かんでいる。コイツは人に害のないヤツだからいいとしても、想像より多くて困る。これじゃあ夜になったら夜行性の魔物も出て来て、草原の中が魔物でみっちりになってしまうんじゃないか。
おまけに平坦な土地で草木はあっても人が隠れられそうな場所が全くない。
あらゆる意味で難易度が高い。これはもう避難口をもう一度確認した方がいいだろうか。
使うことはないと思っていたけど、使いたくなる魔物の多さだ。
描き込んでいた地図を眺めて、数カ所に散らばる避難口と現在地とを比較していたら、唐突に音が響いた。
驚くと同時に戦闘態勢を取って音のした奥を見れば、空に模様が浮かんでいる。
「・・・信号弾!?」
文様の色は赤。助けを求める魔法だ。
こんな魔物だらけの所で、魔物にも気づかれる信号弾を上げるなんてどこの馬鹿だ!
魔物に食べてくれと言っている様な、いや、信号弾で救援を求めているから、既に食べられているのかもしれない。
これはやっかいだ。信号弾の音に魔物達がざわめいて、草原が騒がしくなった。
明らかに信号弾は失敗だ。けれど。
「・・・行くだけ、行くかあ・・・ちっ」
残念ながらユティには助けるだけの力がある。
見捨ててもいいけど、こんな所で信号弾を上げるからには何か理由でも・・・なかったら見捨ててもいいかもしれない。
周りでざわめいている魔物に見つからない様に気配を消す魔法をかけて、走り出す。
そう遠くないのがまた残念だ。
荷物から昨日作った、作りかけの網を出す。
これがあればユティの魔法でもかなり強力にできるからだ。
下級魔導師だから、そう強い魔法は使えないけど、威力を何倍にもできれば一瞬だけ上級魔導師になれる。それがユティの強みだ。
草をかき分けながら走って、信号弾の近くまで来れば思った通り、巨大な魔物の群れが集まっていた。
真ん中が見えない密集度だ。
これじゃあ既に跡形もないんじゃないだろうか、いや、魔物がまだ集まっているから何かは残っているだろう。
気は進まないけどここまで来たからには顛末を見届けたい。
巨大な魔物ばかりで助かった。ユティが入り込む隙間が多いから。
慎重に気配を消して、いつでもゆるゆるの網を出せる様にして魔物の足下を潜って中心部に入り込む。
「・・・は?」
思わず声が出てしまった。何かは残っている、と思ったけど、まさか人間が五体満足で、しかも巨大な魔物を圧倒しているなんて!
巨大な魔物に囲まれて、けれど人が戦うだけの隙間がある中心部には、一人の男が剣を振るっていた。
むちゃくちゃな強さでもって、たった一人で巨大な魔物達が全く近づけないでいる。
しかも旅装姿じゃない、軽装だ。街中からそのまま出て来た様な恰好の、ユティより少し年上の男がたった一人で魔物達を相手にしている。
魔物達は傷を負っているけど、人間は無傷で、逆に圧倒している。
いったいどうなっているんだ。信号弾を上げたんじゃないのか。
唖然と戦う男を眺めて、少し遅れて気づいた。
男の近くに倒れている人が数人いる。草でよく見えないけど、鈍く光る鎧姿、みたいだ。微かに血の臭いがする。
とすると、信号弾を上げたのは鎧達か。
事情は分からないけど、助けられるなら助けるしかない。得意ではないけど、避難口まで行ければ助けられる。
避難口はさっき確認したばかりだ。ここからだと少し遠いけど、行けない距離ではない。
ゆるゆるの網を両手に持って、詠唱する。
この網を数倍の大きさに変えて、強度と移動の力を与える。鎧達を運ぶのだ。
魔物達は戦う男に気を取られてユティには気づかない。静かに詠唱を終えて、ゆるゆるの網が淡く光って大きくなった。
その光に魔物ではなく、男が気づく。
「ラッキー、助かった!早くしてくれ!」
「げ、こっちに声かけんな馬鹿!」
魔物はまだユティに気づいていなかったのに。男の視線と声で魔物達がユティに気づいてしまった。
足下に隠れていたから慌てて走って、踏みつぶされる前に出る。
鎧達は3人。全員がぐったりと地面に転がっていて、生死不明だ。最悪死体でも持ち帰れればいいだろうと、網を広げて鎧達にかける。
大きくなった網はふわりと舞って、魔法の力でくるりと鎧達を来るんで宙に浮かばせる。
「おお、すげえな!避難口は分かるか?」
「さっき確認したばっかだよ!」
男がゆるゆるの網に驚いて、けれど攻撃の手を止めずにユティ達が魔物の囲いから抜け出せる様にしてくれる。
剣の力だけじゃない、大きな魔力を感じる。この男、魔法剣士か。
気にしている暇はないから、有り難く男が作った隙間から逃げることにする。
鎧達はゆるゆるの網にくるまれて、宙に浮かんでユティに引っ張られる。
全速力で走るしかない。男を背中に草原を走っていれば、ものすごい音が響いて、風で押された。
そして。
「いやあ、助かった。サンキューな。まさか俺以外にも信号弾で動く酔狂なヤツがいるとは思わなかった」
男がいつの間にかユティの隣を走っている。
飄々と笑っているらしいけど、ユティは走るのに精一杯だ。
「うる、さ・・・っ、話、後にして、くれ!」
「了解。それ、俺が引っ張っても大丈夫なら持つぞ」
ユティとは違って体力が有り余ってそうな男に舌打ちしたくなるけど、噛みそうだから無言で引っ張っていたゆるゆるの網の端を渡す。魔法が発動してしまえば誰が持っても大丈夫だ。
「そうそう、あのでけぇ奴らは暫く大丈夫だ。でも他の奴らもいるから急がないとな。詳しい話は、潜ってからってことで、頑張れ!」
頑張ってるよ精一杯。
息を荒げながら余裕の表情で走る男を睨んで、まだ距離のある避難口を目指して走った。


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