夜の街の魔法使い・星を掴む人 02



危険地帯だからトンネルがある。でも、ユティが欲しいものは草原地帯にある。
目的地はその先の街だから、今回は様子見だ。
様子見でも危険だけど、弱くてもユティにはある程度、安全に草原地帯を抜けられる手段がある。その為にじゃらじゃらと装飾品を着けているのだ。
商人達と話し込みながら昼食を取って、お互いの無事を祈ってから別れれば通りの様子が少し変わっていた。
皆忙しそうにしているから、あの商人達みたいにトンネルに向かうのだと思われる。
今から歩けば夜遅くには到着できる。向こうは一日全てが夜だから、自分たちの時間を合わせる為にこの時間に出立するのだ。
ユティは草原だから明日の朝に出立する。それはまでは準備の時間だ。
「よーし、じゃあ、はじめますか!」
準備を終えたユティは宿に籠もって、近くの店で買った糸を取り出す。
普通の絹糸だけど、ユティの手にかかれば魔法の道具になるのだ。
取り出した糸は輪になっているから、まずは解す。
ベッドの上にぱらぱらと広げて、糸の端を持って、小さく呟く。詠唱だ。
糸の端を持ちながら、もう片方の指先でベッドの上に散らばった糸の、所定の場所を摘んで動かす。
一定の動きと詠唱によって、糸は徐々に形を作る。
ゆるく、ゆるく。
詠唱は決して途切れてはいけない。
喉が枯れても止めてはいけない。指先の動きも同じだ。
額に汗が浮かぶ頃になって、ようやく糸の形が編み目になってくる。
拳が通ってしまう、かなり荒い編み目だ。
「・・・疲れた。今日はここまで、だな」
ゆるゆるの網が完成した。
窓の外は夕暮れで、結構な時間を使ってもまだゆるゆるだ。
両手で出来上がった網を持ち上げて、間違いがないかざっと確認してベッドに広げる。
丁度、掛布くらいの大きさになった。うん、良い出来だ。
絹糸から作られたこの網は見た目の荒さに反してかなり上等な魔法具になる。
全ての魔法を強力にする媒体になるし、網そのもので魔物を捕まえることもできる。
絹糸から網を作る魔法は結構な特殊魔法になっていて、この状態でも売れば一ヶ月は遊んで暮らせる金額になる。
まだ完成じゃないから売らないし、そもそも攻撃にも使わないけど。
疲れた身体をうーんと伸ばして、まずは夕食だと外に出る。
宿に戻って、網を作る続きをしなければ、だ。
そうして、翌朝。
準備を終えたユティは気合いを入れて1人、街の出口に立った。
これから出発して、休憩なしで丸一日。危険な草原地帯を抜ければ夜の街だ。
普段は羽織らない魔導師のローブをしっかりと、頭から被る。
魔導師のローブは特殊な細工がしてあって、布に見えるけど頑丈な鎧でもあるのだ。
ただ、頑丈だけあって結構な重さがあるし、足まですっぽりと覆って邪魔だから普段はテーブルクロスとか毛布とかの代わりに使っている。なかなか便利だ。
けれど、今日は別。
ユティの実力じゃ普通に魔物に食べられるからちゃんと装備しないと、だ。
「・・・まだ街の中なのに、もうあんなにでっかい魔物が見えるのか。空も変だし・・・いや、あの向こう側の夜っぽいのが夜の街なのか」
嫌だなあ。でも草原地帯じゃないと欲しいアイテムが手に入らないし、ある程度アタリをつけておきたいし。

出口から遠くに見える草原地帯には既に巨大な魔物がうろうろしているのが見えてしまって、その向こう側の空も変な色で、晴天の朝には全く似合わない。
あの変な空の下が目的地ではあるけど、朝から夜ってのも変な気持ちだ。

一人呟きながら荷物の中身と両手に填めた指輪とブレスレットを確認して、関所に向かう。まだ早朝とあって人はいない。
そもそも草原地帯に出る出口は使用されることが少ないからユティが関所に入ると暇そうにしていた騎士が驚いた。

「物好きなヤツがきたなー。おはよう、旅の魔導師さん。死にに行くのかい?」
「随分な言いぐさだな、ったく。おはよう。まあ、分かるけどさ。一応死ぬつもりはないから、よろしく」
「そう願うよ。書類はこれ。草原の地図はこれ。避難目印は、これな。何かあったら迷わず避難してくれよな」
「ありがとさん。肝に銘じておくよ」

書類は関所を通過する為の簡単なもので、地図は草原地帯のものだ。
この草原地帯には何カ所かの避難場所があって、全てが地下トンネルに続く抜け穴になっている。そう多くはないけど、有り難い地図だ。

書類を書きながら騎士と少し会話して、しっかりと避難場所を覚えてから関所を出る。

街の外は人の世界ではない。魔物の世界だ。
脆弱な人はあっと言う間に魔物の食料になる。

「ま、大人しく食われる予定はないけどな。よっし、出発!」

誰もいない出口から一歩、外に踏み出す。
草原地帯までは少し距離があるけど、既に魔物の姿は見えているし、微かに足音も聞こえる。
普通に歩けば直ぐに魔物の朝ご飯になってしまいそうだ。
もちろんそんな下手な歩き方はしないけど。

凶暴な魔物からは距離を置いて、魔導師のローブにある魔物避けと、旅の道具として一般的に普及している人の気配を消す道具を駆使して進む。
余計な戦闘を避けるべきなのは当然だし、ユティは魔物相手の戦闘は基本的にしない。
腕に自信のある者達は魔物から取れる身体の部位や、体内に溜め込むお宝の為に奮闘するがユティは違うのだ。

ユティの目的は、今は青空に隠れている夜の星。
手に届かない星を、ユティは掴むことができる。
この草原地帯はユティお目当ての魔力が溜まっているから、夜になればにんまりするくらい素敵な星が浮かぶのだ。


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