夜空も美しいが朝焼けの空も美しい。
早めに眠った・・・倒れた翔雅が目を覚ますと朝日の昇る前、白じむ頃だった。
気絶する様に眠った記憶がうっすらとあるが良く思い出せない。何回か瞬きをしてから起き上がれば翔雅にくっつく様にして翔愛が眠っている。起こさない様に寝台から下りて身体を捻れば二日酔いはなさそうで安心する。
「・・・流石に早いか」
起きるにはまだ早い時間だが目が覚めてしまった。こうなると眠れない質の翔雅だ。
翔愛の寝顔を見て柔らかく笑み、そっと頬を撫でて部屋を出る事にする。
冷たい空気は早朝独特の気持良いものだ。甲板に出てから思い切り伸びればまだ宴を続けている連中が軽く挨拶を向ける。
「おはよう、と言いたい所だが良くもまあ続けられるな」
「今日で最後ですからね。張り切らなくてはですよ!」
呆れるくらいに元気な奴らだ。
苦笑しつつ甲板にある飲み物を用意してある場所で珈琲を取り、ふと目を向ければなぜか寝台がある。既に見慣れた顔も一緒に転がっているので肩を落として寝台に近づいて軽く蹴る。
「あれ、翔雅だ。おはよー」
「おはようリュティカ。甲板はお前の部屋ではないんだがな」
「ここが一番気持良いんだもん。珈琲わたしも飲みたい!」
昨日の朝に寝台ごと海に放り投げたのに復活していたのか。薄い毛布にくるまって御機嫌なリュティカに溜め息しか出ない。
何とも子供っぽい仕草に呆れるものの何も言わずにご所望の珈琲をもう一つ運んで渡してやる。
「全く。後で片付けておけよ」
「分かってるってば。大丈夫、わたしの護衛は力持ち!」
「お前が片付けろ」
こんな主人を持った護衛と言うのも気の毒過ぎる。見ればリュティカの転がる寝台の周りには護衛らしき者達がちゃんと警備している。船上で危険はないものの、リュティカ自身が危険だから護衛なのだろうと勝手に思いながらまだ熱い珈琲を飲む。
朝日は穏やかに空の色を変えていき、今日も良い天気になるだろう。流れる星々は太陽の光に消えてしまったがやはり空は快晴に限る。
「あ、そうそう。夜にね、翔愛に花びらの結晶をあげたよ。起きたら見せてくれると思うから翔雅の好きにしてね」
「・・・あ?」
花びらが、結晶。
何て事のない様に言われて一瞬考える翔雅の表情がみるみる険しくなる。それはつまり、リュティカの『魔法』と言う事だ。
「そんな怖い顔しないのー。お祝いの気持だけを込めた酒漬けの花びらだよ。ま、もう食べられないけど飾りくらいにはなると思うし、綺麗だよ」
「そう言う事を言っているんじゃない。小さな花とは言え力の塊じゃないか。結晶と言う事は宝石か何かか?」
「そうー。薄い桃色の可愛い宝石だよ。もう花びらじゃないから加工できるし良いじゃない」
けらけらと笑うリュティカにがっくりと肩を落とす。
小さな花びらとは言え、それを丸ごと結晶化できる『魔法』とはどれ程の強さなのか。
羽胤国には『魔法』を使える者はいない。身近な者だと珊瑚がいるが、彼女の力では『魔法』として力を発する事はない。精々が呪いであったり護符を作成したりだ。
世界を見てもリュティカの様に見える形で『魔法』を使える者など極僅か。
「礼は言っておく。で、俺にはないのか?」
恐ろしい力ではあるが、リュティカの純粋な祝福でもあるのだと理解している翔雅だ。にやりと笑い片手をひらりと振ったら空になったリュティカのカップを渡された。
「あるわけないじゃない。翔雅にお花は似合わないよ。珈琲お代わり!」
「ハッキリ言うな。流石に俺も似合うとは思わないが。自分で取りにいけ。俺は部屋に戻る」
「ケチ。いいもん、わたしには立派な護衛がいるもん」
空になったカップをリュティカに返せばそのまま寝台の側に控えていた護衛に渡されている。やはり気の毒過ぎる者達だが、あれでリュティカを信仰しているのだから本人達は幸せなのだろう。と思う事にする。
飲みかけのカップを持ったまま部屋に戻ればまだ翔愛は眠っている。
気持ち良さそうに、ころりと横向きになって軽く掛布を抱きしめている姿が可愛らしい。長い髪が寝台に広がり美しくもある。
起こすつもりのない翔雅は足音を立てずに寝台の端にゆっくりと腰掛けて、ふと気づく。側に置いてある小さなテーブルの上にリュティカの言っていた通りの物があった。布の上に乗った花びらの結晶。薄い桃色の宝石だ。
「全く、リュティカめ」
小さな声で呟いて苦笑する。これ程の力をほいほいと出すなと言いたいが気持は嬉しくもある。翔愛には細かい説明をしていないのだろうから、これが『魔法』の塊であるとは知らないはずだ。
未だに残る記憶として、翔愛と『魔法』を結びつけたくはない。あの、悲しみと痛みを与えた物を思い出してしまうだろうから。
「・・・しゅ、が、さま・・・?」
花びらの結晶を眺めつつ、つらつらと記憶を掘り返していれば小さな声がした。
見れば翔愛が眠たそうに大きな瞳をうっすらと開こうとしている。
「まだ早いから眠っていろ。側にいる」
もぞもぞと動きながら翔雅を探しているのだろう。赤い糸の見える手が眠たそうに動くからぎゅっと握って、身をかがめて額に口付ける。すると眠たそうながらもふわりと表情を緩めた。
「うれし、です・・・」
むにゃむにゃと口の中で呟いた翔愛から直ぐに寝息が聞こえてくる。よほど眠たかったのか、まだ眠っているのか。
どちらにせよ握った手を離すのも何となく惜しい気がした翔雅はそのまま座り直す。
小さな手を握ったまま夜明けを迎えるのも悪くない。
側にあるテーブルには花びらの結晶と共に翔愛が持ち込んだのだろう、何冊かの本もある。その内の一冊を手に取れば以前翔雅が薦めた本だった。