花咲く海で...23





真っ直ぐに、真剣な瞳が翔愛を見つめる。

「翔愛が羽胤国に来た時の事だ。俺が、嫌がる翔愛にしてしまった行為を覚えているか?」

突然落ちてきた言葉に翔愛の瞳が見開かれる。
忘れるはずがない。あの、とても怖かった事を。
思い出せば、実は記憶に残らない時間の方が多い。けれど、怖かった事と、痛かった事、辛かった事は覚えている。
見開いた瞳を伏せた翔愛が小さく頷けば翔愛の手を翔雅がぎゅ、と握った。

「あれは・・・本来ならば、痛めつける為の行為ではなかった」

翔雅の声が痛みを帯びる。視線を上げれば翔愛を見つめたまま、翔雅が何度か口を開いては閉じて、言いにくそうにしている。何度か口を開いては閉じて、少しの間沈黙して、また翔雅の声が静かに響く。

「・・・あれは、愛する人に対して行う、恐怖も憎しみもない行為だ」

愛する人に。言いづらそうに言葉を絞り出した翔雅に翔愛が小さく震える。
だって、翔愛は違った。

「でも、僕は・・・」

声が震えてしまう、もう無意識で思い出す事はないけれど、思い出せばとても悲しくなってしまう。

「俺が悪い。俺が傷つける為の行為にしてしまった。翔愛は何も悪くはないのに、俺が罪にし、辱めた。謝ってすむ事ではないが・・・すまなかった」

翔雅の声も震えている。握りしめられた手も小さく震えていた。
それは翔愛の震えなのか、翔雅の震えなのかは分からない。

暫くは無言だった。翔雅も、翔愛も。震える手の感触だけを感じ、それが収まった頃、翔雅の手が離されて、抱き寄せられた。
力強い手は翔愛を軽く持ち上げて膝の上に乗せた。とても近くに翔雅の顔がある。

「翔愛を大切にしたい。傷つけたくはない。けれど、愛する人と肌を合わせたいと思ってしまう。もちろん、今までも肌は合わせていたが、最後まで、あの行為をしたいと、翔愛の全てを抱きたいと思う」

抱きしめる手は温かくて、翔雅の腕の中は安心できる場所。そう思える様になったのは何時の頃だっただろうか。はっきりと思い出せないけれど、それが今の、素直な気持ちだ。
両手を翔雅の肩に添えて、小さく息を吸ってから、翔愛は長い言葉を吐き出した。

「最初は、怖かったです。翔雅さまも、天丸さまも、いえ、全てが怖いと思いました。・・・僕は、ずっと小さな部屋にいて、部屋から出た事はありませんでした。いきなり外に出て、兄上さまと一緒にこの国に来て、どうして良いか分かなかったし、何もかもがはじめてで、何もかも、分かりませんでした。でも、翔雅さまは優しい人です。ちゃんと僕を見てくれて、抱きしめてくれました。翔雅さまの側にいると安心します。抱きしめられると嬉しいです」

喋る事さえ苦手だった。知っている言葉が少なくて、自分の気持ちを言葉にする事すら出来なかった。
そんな翔愛にいろいろ教えてくれたのは翔雅や羽胤の人達で、今はちゃんと自分の気持ちを言葉に出来る。全てを言い表す事はまだ難しいけれど、思う事を声に出来る。

「翔愛・・・」

震える翔雅の声を聞いたら、どうしてだか、翔愛の瞳からほろりと涙がこぼれ落ちた。

「今は、怖くありません。意味はまだ良く分からないけれど、あの行為が愛する人にするものなら、僕も翔雅さまにしたいと、そう、思います」

どうして涙が出るんだろう。悲しくも、痛くもないのに涙が溢れる。
なのに、顔は勝手に微笑んで、翔愛の涙に翔雅まで涙を浮かべている。

「ありが、とう・・・」

翔雅も微笑んだ。瞳に涙を浮かべながら、とても嬉しそうに微笑んでいる。
そんな翔雅の表情に、素直に翔愛は嬉しくなる。心の奥からじわじわと、不思議な気持ちが沸き上がってくる。涙を零しているのに嬉しくて笑ってしまう。

翔雅も微笑みながら翔愛の瞳から零れる涙を唇でぬぐってくれた。
唇の感触がくすぐったくて、身を捩ったら思い切り抱きしめられた。






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