花咲く海で...22





風呂から上がって寝室へ行って、飲み物の用意をする翔雅を手伝いながら外を見ればもうそろそろ優しい夜の時間だ。大きく開けられた窓からは少しだけ冷たい風が入ってきて気持ち良い。
翔愛の寝間着にはずっと花の刺繍があって、毎日色が変わってとても綺麗だ。残念なのは翔雅の寝間着には何の刺繍もない事だろうか。一度翔雅の寝間着にも花の刺繍がないのかと聞いた事があったのだけれども、答えはなく、微妙な表情の翔雅に肩を落とされただけだった。

「酒に花を浮かべるのも当たり前になったな。戻ってからも偶に花を浮かべるか」
「僕のにもお花が浮いています」
「そうだな。果実水にも花が浮いているからな。戻ったら雷吾にでも頼んでみような」
「うれしいです」

二人でグラスを持って庭に出る。夕涼みだ。まだ星空ではないけれど、夜にかわりつつある空も綺麗だ。
空を眺めながら、庭の花々を眺めながら、風を心地よく感じながら涼んで、完全に日が落ちたら部屋に戻る。
翔雅が蝋燭に火を灯し、翔愛は寝台に転がった。後はもう眠るだけ。けれど、最近の夜は少し違う。寝転がる翔愛に火を灯し終えた翔雅が寝台に腰掛ける。

「翔雅さま」

小さな声で呼びかければ寝転がる翔愛に翔雅が覆い被さって、口付けをしてくれる。額に、鼻先に、頬に、それから、唇に。くすぐったくて、嬉しい気持ち。
ふにゃ、と表情を緩める翔愛に翔雅も微笑みながら口付けを深くする。小さな口内を舌で探って、舌を絡める。やがて微かな水音が響く様になり、息継ぎのために唇を離せばもう翔愛の息は荒い。
無防備に翔雅を見つめる瞳は夜空の瞳だ。少
し潤んで、頬を染め、少しも翔雅を怖がっていない。美しく、愛おしい。

「翔愛・・・」

小さく呟いた翔雅だが、次の言葉が出ない。伝えたい事は沢山あるのに、言葉にならない。いや、言葉にすれば欲が滲み出て翔愛を怯えされてしまうのではないかと、そう思ってしまうのだ。

最近は毎日の様に肌を合わせている。けれど、まだ最後まではしていない。
愛する者を目の前に手が出てしまうのは当然の事だろうとは思っている。しかし、傷つけたくはない。もう、間違いは起こさない。そう思うからこそ、翔雅からすれば中途半端な所で止まっている。いや、止めているのかもしれない。

翔愛も忘れてはいないだろう、あの酷く傷付いた夜を。泣き叫んだ翔愛を翔雅は覚えている。激情に駆られるまま、こんなにも小さくて細い身体を傷つけるだけ傷つけた事を。
なのに欲しいと思う心がある。

翔愛の全てを欲しいと願う純粋な気持ちと、欲がある。

「ろくでなしだな、俺は」

翔愛から視線を外し、小さく小さく呟いた翔雅に翔愛はぱちりと瞬きして、翔雅の頬に手をあてた。

「何だか、悲しい顔をしています」

どうしてだろう。翔雅の瞳が辛いと言っている様に見える。

「そう、か?」
「僕にはよくわかりませんが、悲しい・・・いえ、痛そうです」

じっと見つめられて苦笑する事しかできない。
小さく溜息を落とした翔雅は頬にある小さな手を取って、その指先に口付けた。

「・・・すまない」

翔雅の声に力がない。けれど、唇が触れた指先はほんのりと温かい。

「翔雅さまが、あやまる事はないと思います」

心からそう思うのに、翔雅の表情がまた変わった。今度は少し照れくさそうな表情だ。悲しい顔ではないから翔愛はほっとする。
また手を伸ばして、今度は両手で翔雅の顔に触れれば、少し笑んだ翔雅に口付けされた。

「俺の考えだけで悩むのも進むのも卑怯だな。翔愛、少し話をしても良いか?」

そうして、抱き起こされる。寝台の上に胡座で座った翔雅は思いの外真剣な顔だ。翔愛も抱き起こされたから、翔雅の正面にぺたりと座る。

「お話、ですか?」
「ああ。思えば俺一人で進めるべき事ではないからな」
「・・・?」

何だろう。首を傾げる翔愛に翔雅は苦笑して、翔愛の両手を取って軽く握った。

「嫌なことを思い出させてしまうかもしれない。けれど、何も知らぬままに進めるのは、後に翔愛を悲しませてしまうかもしれない。旨く話せる自信はないが、話しても良いだろうか」

真剣な話なのだろう。頷いた翔愛に翔雅は深く息を吐いた。






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