|
花咲く海で...08
|
| 夕食を終えれば後は眠るだけ。夜になれば日の光は無くなり、蝋燭の明かりが柔らかく宮殿を染めて世界は眠る時間になる。 子由と葉多は部屋に引き上げ飲むらしく、酒瓶を物色しに倉庫へ向かい、星南は明日の食事の仕込みのため佐一を引っ張って行った。 翔雅と翔愛も部屋に引き上げ、眠る準備をする。部屋は王と王妃のみが使用し、皆の集まるリビングとは違う、こぢんまりとしたリビングで一息つく。 初めて会う人と朝からずっと一緒で翔愛は随分と疲れてソファにくたりと沈み、大きな窓から外を見る。 ここは城と違って低い場所にあるから海は見えない。窓の向こうは小さな庭と白い城壁だ。けれど、窓から見える外にも花が溢れていて、甘い匂いが部屋の中にまで届いている。 「翔愛、風呂の用意が出来たぞ。早く入って今日は寝てしまえ」 「・・・はい」 腰の軽い王は風呂の準備まで当たり前の様にしてくれる。けれど足の重たい翔愛は立ち上がる事が出来なくて、返事はしたもののソファに沈んだままだ。 「どうした?今日は疲れたみたいだな」 「少し、です。でも、楽しかったです」 「それは良かった。でもな、今日は最初だ。ゆっくり休んで、ゆっくり動けばいいんだぞ?何せ一ヶ月だからな」 動けない翔愛の所に翔雅が来てくれて、翔愛を持ち上げる。翔愛は軽くて、翔雅にはあまり負担にならない様だ。片腕に乗せる形で運ばれて、寝室を抜けて浴室で降ろされた。そこには翔愛用に用意されたのだろう、水に濡れても良い様にと木の椅子が置いてあった。柔らかい色合いの長椅子で翔愛一人寝転がっても余りそうな大きさだ。そんな椅子に降ろされた翔愛の周りを花が囲む。長椅子の端に沢山の花が飾られているのだ。 「大丈夫か?目が閉じかけているぞ?」 「だいじょう、ぶ、です」 実は疲れているだけでなくて、もう眠たい。城で一日動くのと、知らない地で一日動くのとでは全然違うらしい。毎日歩いて鍛えていたのに、もう眠くて眠くて仕方がない。 「もうちょっとだけ我慢してくれ。風呂に入ったらすぐ寝て良いから」 「がんばり、ます・・・」 翔雅の苦笑する気配。もう瞳は閉じてしまって頭がふらふらする。まだ夜も早い時間で普段なら王の私室で本を読んでいる時間なのに。 「まあ眠っていても風呂には入れてやるから安心しろ。ほら、足を上げて、背をこっちに」 翔雅の言葉通りに身体が動く。夏の間はこうやって、眠りそうな翔愛をお風呂に入れてくれていた。朝から暑くて毎日朝晩がお風呂で、朝に弱い翔愛に翔雅は何も言わず翔愛を甘やかしてくれる。 嬉しい。純粋に翔雅の気持ちが嬉しい。何も出来ない翔愛をこうやって面倒見てくれて、優しくしてくれて、甘やかしてくれている。それが全て翔愛の為になっているかどうかは分からないけれど、何も言わずに優しく包んでくれる翔雅の気持ちが嬉しい。 目を閉じたままふふ、と笑む翔愛に翔雅も苦笑する。もう半分以上眠っているのに何を笑うのか。楽しい事でも考えているのか。 既に服を脱がせて裸になった翔愛は翔雅に見られている事を知らない。長椅子に飾られた花が翔愛を彩る。蝋燭の明かりと美しい花々に囲まれた翔愛は日の光の下で見るより美しく、夜の色に輝く。くたりとした四肢は白く細く、長い髪が漆黒の色で白い肌を滑る。造形の美しさと内から滲み出る美しさ。翔愛の全ては美しく純粋で、思わず手を伸ばしそうになる。 「・・・危ない」 寸前で手を止めてぼそりと呟く。別にもう婚儀を終えているのだから、とは思うのだが今はまだ早いと思ってしまう。まだ忘れた訳では無い。己の罪を。この純粋な人に何をしたのかを。 愛おしく、愛している。けれど、それだけで許された訳ではない。一生、許されるものではない。 「翔愛、やはり少しだけ起きてくれ。お前の髪を俺一人で洗うのは大変なんだぞ」 今、そんな事を考える場所にはいないと気を取り直して翔愛を揺すり起こす。既に裸に剥いた翔愛をこのままにしておけば風邪を引いてしまうではないか。何度か翔愛を揺らして声をかければようやく閉じられた目がゆっくりと開いた。 「ほら、悪いが起きてくれ。少しだけでいいから」 ぱちぱちと何度か瞬きをする大きな瞳が翔雅を映して微笑んだ。ふわりと浮かんだ笑みは心からの笑み。柔らかくて美しい笑みを真っ直ぐに向けられた翔雅は少し目を見開き、けれど努めて苦笑したまま目を覚ました翔愛を持ち上げた。 「ごめんなさい。少し眠ってしまいました」 「疲れたんだろう。気にする事はない」 ようやく意識も起きたのか、翔愛が翔雅の首に手をまわしてくる。抱き上げたまま歩くとゆらゆら揺れるから少し怖い。翔雅はちゃんと抱えてくれるけど、どうしても不安定で翔雅の首にしがみつく。そんな翔愛を可愛いと思うが、いかんせん、裸でしがみつかれても少々困る、と言うのが翔雅の本音だ。 「ほう、湯船にも花か・・・これはすごいな」 「ほんとうです・・・お花がいっぱい、お花のお風呂です」 けれど、そんな気持ちを吹き飛ばすかの様な花の山、と言って良いだろう。風呂の中までもが花であふれ、浴槽からは湯があふれ出ていると同時に花も溢れ出ている。それ程までにこの地は花で溢れるものなのか。浴槽の中の花は切り花で、花の部分だけが浮いているが、ここまで大量に花を入れるのも少し勿体ないと思ってしまう。2人で関心しつつも半ば呆然と湯船に入る。もちろん、湯が溢れて花も大量に溢れてしまう。 「何だかお花がかわいそうな気がします」 そんな花を見て翔愛が呟く。 「俺もだ」 翔雅も同感だ。ここまで花を摘むにも大変だったろうし、やはり勿体ない。 「明日からは普通の風呂にしてもらおう」 はあ、と溜息を落とす翔雅に翔愛も頷く。たっぷりとした湯に浸かりながら一日の疲れを流す。一日慌ただしく、翔雅はともかく、翔愛の疲れが気になる。 「足は痛くないか?」 「少しだけです」 聞けば素直な返事がくる。何事も翔愛の言葉に嘘は無い。あの、たった一つの嘘以外はどうやら嘘と言う言葉を知らないらしく、あの悲しい嘘も言い含められていたから嘘を突き通した様で、後からそれとなく確認した所翔愛には嘘をつくと言う事も、何かを隠すと言う事も良く分かってはいなかった。 だから、全てに対して素直な言葉が返ってくる。少しずつ体調の悪さを誤魔化したり、痛みを隠したりする事も覚えてきた様だが、翔雅から見ればまだまだ素直で純真な翔愛だ。 「どれ、少しマッサージしてやる。足をこっちに出してみろ」 「はい」 やはり素直に足を出す翔愛はお互いが裸だと言う事も、共に風呂に入ると言う意味も深くは考えない。これも今までの生活が影響しているのだろう。誰だってたった一人きりで過ごしていたら他人に見られると言う羞恥心を無くすだろう。片足を翔雅の方に伸ばして、細い足を掴む。力を入れずにふくらはぎから太ももまでをマッサージしてやればくすぐったそうな笑い声が浴室に響いた。 それから、苦労して翔愛の髪を洗い、身体も洗って浴室から出れば身体が温まって、暑くなった。用意した寝間着はこの宮殿の物で、翔雅の寝間着は水色のシンプルな物だが、翔愛の寝間着は花の刺繍がある美しいもの。ぴら、と広げて赤い顔の翔愛が微笑む。 「きれいです。ここにもお花ですね。でも、翔雅さまにはお花がないです」 「俺はいい。翔愛には花が似合うからその寝間着なんだろう」 「翔雅さまも似合うと思います」 「・・・ありがとう」 翔愛から見た翔雅はとても綺麗な人だ。だから花も似合うと思う。心から似合うのに、と翔雅を見上げれば苦笑されて、まだ濡れている髪をタオルで包まれる。翔愛の髪は長いから何をするにも大変だ。 「髪を拭いてろ。俺は窓を開けてくる。流石に暑いからな」 寝室にも大きな窓があって、外には月が輝いていた。季節は冬。と言っても夜に少し冷える程度の冬だから、風呂上がりの身体には外の風が気持ち良い。髪を拭きながら寝室に入って、そのまま外に出た。寝室の外は小さな庭で所狭しと花で溢れている。大きくはないけれど翔愛には広い庭で、その中央には木のテーブルと椅子がある。 「夜風が気持ち良いな。今飲み物を持ってこよう。少し待ってろ」 椅子は翔愛には大きくて、けれど冷たくて気持ち良い。座って髪を拭く翔愛に腰の軽い王様はやっぱり自分で何でもしてしまう。足早に寝室を後にした翔雅を見送って、髪を拭く手を止めて空を見上げた。 綺麗だ。今夜は輝く星よりも月が目立つ。満月に近い月は優しく夜を照らして、翔愛のいる庭も照らす。花々は夜風に揺れて香り、ほんの僅かに海の匂いもした。 |
back... next |