花咲く海で...09





程なくして戻った翔雅はどうやら調理場まで行った様で、手には酒瓶と果実水に加えて幾つかの果物まで持って翔愛の待つ庭に戻ってきた。

「まだ星南が調理場にいたから貰ってきた」

それらをテーブルにならべて、翔愛の向かい側に座った。
酒瓶も果実水も同じ色だが形が違う。酒瓶は細くて長く、果実水はまあるい瓶だ。そのどちらにも花が浮かんでいる。

「お花・・・庭にもお花がいっぱいで、この中にもお花ですね。ずっと、ずっとお花に囲まれています」
「そうだな。こっちが酒でこっちが果実水。花はどっちも同じ種類だが加工の段階で分かれるらしい。不思議なものだな」
「はい。不思議です」

2人で瓶を見つめてから栓を抜く。瓶は大きくは無く飲みきりの物だ。そのまま、翔愛はまあるい瓶を両手で抱えて一口飲んだ。匂いは甘く、味も甘い。けれどすっきりとして飲みやすい。

「おいしいです。翔雅さまはおいしいですか?」
「ああ。こっちも飲みやすいな。一口飲んでみるか?」
「ちょっとだけ、飲んでみたいです」
「じゃあ俺にも一口くれ」

瓶を交換して、今度は酒を一口。翔雅は飲みやすいと言うけれど、翔愛にはつーんときた。甘さがあるのに辛く感じて翔愛には馴染めない味だ。

「その顔だと駄目だな」
「つーん、てきました。喉と鼻が痛いです」
「まあ強い部類になるから無理だとは思ったんだがな。ほら、戻すぞ」
「はい。僕はこっちが好きです」
「その方が俺も安心だ」
「・・・?」

苦笑いした翔雅が手を伸ばして幾つか持ってきた果実の一つを剥きはじめる。
細くて丸い果物だ。皮は厚くて剥くたびに甘い匂いが漂う。翔愛もまねをして同じ果物を剥く。翔雅は簡単に剥いているけれど、翔愛の力ではなかなか剥けない。

「剥いてやろうか?」
「だ、大丈夫、です」

何度か挑戦して、ようやく皮は剥けたけれど形がいびつになってしまった。でも、食べれば美味しい。一口、二口。大きくは無い果物はすぐ無くなるから次の果物に手を伸ばす。翔雅も同じ様に果物を食べて、酒を舐める。

静かな時間だ。夜風は涼しく、月が庭と花々を照らして、翔愛達も照らしている。翔雅と少しの会話をして、笑って。まあるい瓶の果実水は美味しくて、果物も美味しくて。

「少し、眠くたくなりました」
「そりゃそうだろうな。そろそろ寝るか?」
「はい。翔雅さまも眠りますか?」
「俺だけ起きていてもつまらんだろう?今日は一日良く動いたから良く眠れそうだ」

笑いながら翔雅が立ち上がって酒の瓶と果実水の瓶を持つ。
すたすたと寝室に入っていく翔雅をおいかけて、寝室に入った。




寝室は優しい夜の闇に覆われて、寝台の側には大きな器に飾られた花が溢れていた。色とりどりの花からはふわんと甘い香りがして、寝室を花の香りで埋めている。何処に居ても花の香りがあって、寝室なのに花畑の中にいる気持ちだ。
瓶を寝台の側にある台に置いた翔雅を横目に翔愛は真っ直ぐ寝台に近づいてぽふんと沈んだ。もうこのまま眠れそうだ。

「こら、俺が眠る場所が無くなるだろう?」

そんな翔愛を見て翔雅が笑う。うとうとしながら翔雅の笑い声を聞いていたら身体がふわりと浮いた。翔雅に持ち上げられて、寝台に腰掛ける翔雅の膝に抱き上げられる。眠りかけの瞼を開けば翔愛を見つめる翔雅を視線が合った。

「翔愛」

呼ばれて、ほんの少し目が覚める。見つめる翔雅の瞳は夜の色。
森の瞳が夜の色になって、金の髪は月の明かりの中で輝いている。

翔雅の色を見れば思い出す。かつては翔愛も同じ色だった。ニセモノの色だったけれど、重なり合う森の色を何度も見つめて、その度に痛む何かを感じていた。今はもう違うけれど、翔雅の瞳を見つめる度に思い出す。

金の髪に森の瞳。憧れた事もあった色で、翔愛に取ってはまだ少しだけ、痛い色。けれど、翔雅の色は好き。とても綺麗で見つめられると、どうしてだか安心出来て、ほんの少し心が騒ぐ。

見つめ合うのはほんの数秒。静かに翔雅の唇が翔愛の額に落とされた。

「まだまだ先は長いからな。明日からの為にもゆっくり休めよ」
「はい。でも楽しかったです」
「暫くはこの島に滞在するから、無理しないであちこち見てまわるのも良いだろう」
「あの、洞窟にも行きたいです」
「そうだな。明日、また行くか」
「はい」

そう。明日からもずっと、一ヶ月は休みだ。
朝と夜にしか翔雅とはゆっくり出来なかったけれど、今は違う。こんなに一緒にいる時間が長いのは、あの婚儀までの日々だけ。

また、思い出す。辛い事も沢山あったけれど、穏やかだったあの日々を。
空を眺め、外の広さに慣れず、人にも慣れず、色にも慣れなかったあの頃を。
全てが初めてで、何をするにも楽しさよりも恐怖があって、けれどそんな翔愛を時が経つにつれ受け入れてくれた。

ニセモノだった翔愛を許してくれて、愛しているのだと言ってくれた、あの日々の記憶。

「どうした?」

少しだけ過去の出来事が次々と思い出されて、眠たかったのに心が起きてしまった。普段はもう思い出す事も少なくなったのに、何故か今は次々と思い出してしまって、翔愛の大きな瞳が潤む。怖くて、痛くて、辛くて。でも、優しくて大きくて、暖かくて。

「思い出して、いました。少し前の事なのにすごく遠くになって、でも、僕はニセモノで・・・」

そうだ。羽胤国に来たばかりの頃、翔雅は翔愛を嫌っていた。
嫌って、酷い事をしたのに、今ではこんなにも翔雅の側に、翔雅の温度を感じて安心できる。
森の瞳を見つめたまま、両手で翔雅の寝間着を掴む。あの頃には言えなかった言葉が今では自然と溢れて、それはようやく言葉を使う事に慣れたからこそ形になったのかもしれない。

「ずっと、こわかった・・・。初めて外にでて、翔雅さまにであって、嘘をついて、でも、皆優しくて・・・」

どうしてこんなに思いだしてしまうのだろう。鮮やかに、痛みを持って記憶が翔愛の中で溢れ出す。こんなにも優しい夜に、心が痛い。

「翔愛・・・」

翔雅がそっと翔愛の頬を撫でてくれた。思わずその手に擦り寄れば溢れた涙がほろりと零れ落ちる。

「どうして、でしょう・・・こんなに痛いなんて」

そっと両手で胸元を押さえた。きゅう、と痛む心を抑えるのに、痛みはそのまま。どうしてこんな時に思い出してしまったのだろう。

瞳を伏せて涙を零す翔愛を翔雅が抱きしめてくれた。言葉は無く、けれど翔雅の腕の中が一番安心出来る所。何も言わなくてもただ抱きしめてくれるだけで次第に翔愛の心が落ち着いていく。
答えは分からない。優しい夜の光と花の香りが翔愛を翔雅を包み込んでくれて、夜は何時までも静かに過ぎていった。





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