花咲く海で...07





そのまま言葉もなく洞窟の中にいた。
流れる風はひんやりと冷たいから、くっついている翔雅の身体が暖かく感じる。
海と空と白い石。だたそれだけなのに、とても綺麗で目を奪われる。
どれくらいそうしていただろう。言葉もなく見入る翔愛に、そっと翔雅が囁いた。

「そろそろ戻るか?」

翔雅の声で翔愛の肩が跳ねる。目を奪われただけじゃなく、意識まで奪われていた。そんな翔愛を笑う翔雅の声が洞窟に反響する。

「あんまりきれいで・・・驚きました」
「そう言って貰えると案内した甲斐がある。さ、どうする?戻るか?」
「そうですね。戻ります。また来ても良いですか?」
「もちろんだ。先は長いからな。思う存分、楽しんでくれ」
「はい」

嬉しくて元気良く返答すれば翔愛の声がやっぱり洞窟に反響して、わんわんと響く。
その響きも翔愛には新鮮で少しだけ声を立てて笑ってしまった。






「あの洞窟は一般人は入れませんが有名なんですよ。その様子ですと噂通りだった様ですね」

リビングに戻れば子由と葉多が二人揃って寛いでいた。
もう片付けは終わったのか、それぞれお茶を片手にのんびりしている。
空もそろそろ夕暮れ色になりそうで、気付けばずっと食べていない薄っぺらな翔愛のお腹がきゅうと鳴いた。小さな悲鳴に翔愛以外の皆が笑う。

「すまん。腹が減っただろう。待っていろ、星南に何か貰ってくる」

こんな時まで腰の軽い王だ。翔雅がさっさと星南のいる調理場へ行ってしまって、残された翔愛は子由と葉多にお茶と小さな菓子を貰った。

「どうぞ、翔雅様が戻られるまでのお腹の足しです」
「沢山じゃなくて申し訳ないな」

お茶もお菓子も二人の物だから申し訳ないのは翔愛の方だけれども、促されるままソファに沈んでお礼を言いながら頭を下げれば正面に座る二人が柔らかく微笑んでくれて、葉多が茶の器の中に小さな花を落とした。花ごと飲むのが留華の島の茶で、柔らかくて甘い匂いと、僅かな苦みがとても美味しいお茶だ。
付け合わせの菓子もやはり花の形をしていて口に含めば甘くて、少しだけ酸味がある。

「みんなお花です。ここはお花でいっぱいです」

留華の島に着いた時から辺りは花で溢れている。道端にも、この宮殿の周りにも、中にも。
そして、あの美しい洞窟の中までもが花で溢れて、飲み物や食べ物までもが花で沢山だ。
城の中にいる事の多い翔愛だが花は珍しい物ではない。羽胤国は暖かいから一年中花が咲く。けれど、こんなにも多くの花を見たのは初めてだ。何処にいても潮の香りと花の香りがする。

「そうですね。この島は花で出来ていると言われていますから。一年中、花が消える事は無いですし、世界の中でも珍しい島になりますね。留華の島は」
「飾るだけが花の役割じゃないんだ。花だけの食材と、実や種になり食材や生活用品になる物も多い。何より薬草としても使われる事が多いから花はとても大切な物なんだよ、翔愛様」

子由と葉多が説明してくれる言葉に感心する。花は綺麗なだけではないのだ。人の生活に欠かせない存在になっているのが、この留華の花々なのだと言う。
関心しながら2人の説明を聞いて、一杯目のお茶が無くなる頃、中皿を抱えた翔雅が戻ってきた。

「貰ってきたが、そろそろ夕飯だからあまり食うなと念を押されてしまった」

苦笑しながら翔愛の隣に座って中皿をテーブルの上に置く。綺麗に盛りつけられている中身は花の形のパンケーキで、本物の花びらが中に入っているものだ。それを翔雅自らが切り分けて皆に分ける。子由と葉多も翔雅から切り分けられたパンケーキを受け取って、当たり前の事の様に食べ始める。
基本的に羽胤国は地位に関係無く動ける者が動く習慣があるから王である翔雅でも暇さえあれば雑用もするし、料理もする。翔愛にはまだ分からないけれど、それが世界の中でもとても珍しい事だと知るのは随分と後の事だ。

「おいしそうです。ここにもお花があるんですね」
「そうだな。花を使う料理が多いから星南が張り切っていたぞ」

だから夕食が楽しみだと笑う翔雅の声を聞きながら一口食べる。翔雅も食べ始めて皆で美味しいと舌鼓を打ちながら少しの会話をすればあっと言う間にケーキは無くなり、気付けば日が傾き始めて夕食の時間になっていた。





夕食も皆が一緒だ。料理を作っていた星南と、手伝いをしていた佐一も含めてテーブルを囲む。
沢山の人数で、普段は翔雅と2人、多くても天丸や珊瑚に椛が混じるだけの人数だったから、何だか新鮮だ。
丸いテーブルは大きくて、沢山料理を乗せてもはみ出さない。星南と佐一が張り切った夕食は普段の食事とは違って、所々に花があってどれもこれもが綺麗だ。

「これはまた素晴らしいですね」

翔愛の驚きは皆も一緒だった様で、子由が関心する声を上げれば翔雅と葉多も深く頷いている。

「留華の名産は花ですからね。食用から観賞用まで揃えてみました。料理の中にあるのは食用で美味しいですが、飾りの花は観賞用ですから食べても美味しくはないですよ。注意して下さいね。しかし流石留華の島の花々ですね。花なのに中々味があって良い材料でした」
「俺も手伝いですが頑張りました!」

夕食を作った2人は満足気に胸を張っていそいそと大皿から小皿に料理を取り分けている。どうやら取り分けるにも決まりがある料理の様で、翔愛の前にも小皿に盛られた料理が沢山並んだ。

「沢山食べて下さいね」
「は、はい。がんばります」

翔愛には少し多い量だけれども、普段とは違う料理に目を奪われる。小皿の数は多くて量も多いが、全ての皿に花があって、美味しそうな匂いと共に美しさでも翔愛の興味をそそる。

「無理はしなくて良い。もう駄目だと思ったら俺が食うから絶対に食い過ぎるなよ、翔愛」

そんな翔愛に翔雅が苦笑しながら釘を刺す。以前、食べ過ぎて倒れた翔愛を心配しているのだ。

「駄目だったら翔雅さま、食べてもらえますか?」
「ああ。腹八分目で止めておけよ」
「はい」

微笑ましいやり取りに皆の頬が緩む。和やかに夕食を進めてやはり小皿3皿でお腹がいっぱいになってしまった翔愛が一番最初に夕食を終えた。けれど食後のデザートもあって、もちろん別腹だ。

「デザートは翔愛様の為に作りました。どうぞ、中の花ごと食べて下さいね」

食事の途中だった星南が用意してくれたデザートは細くて長い、水色のグラス。その中に淡い橙色のゼリーがいっぱいで、小さな花とフルーツが星の様に浮かんでいる様に見える。
雷吾の作るデザートもとても綺麗で美味しいけれど、星南のデザートも綺麗だ。

「とても、綺麗です・・・」
「ありがとうございます。まだまだありますから、いっぱい食べて下さいね」

うっとりとグラスを見つめれば星南が微笑む。純粋に褒めてくれて嬉しく無い訳がない。
けれど星南の言葉に翔雅の顔が顰められる。

「星南、翔愛にあまり食べさせるな。倒れてしまう。翔愛、くれぐれも腹八分目だからな」

残念ながら翔愛には前科があるから、どうしても心配してしまうのだ。憮然とする翔雅に星南は呆れ、翔愛はしゅんと肩を落としてしまう。綺麗なデザートに大きな瞳を輝かせていたのに、悲しい。

「う・・・無理しないで食えば良いんだ。そんな顔をするな」
「でも・・・」

何時も翔雅の目を見つめて話す翔愛が肩を落としたまま、視線を下に下げてしまう。そんなにキツイ言葉ではなかったのに、翔愛には悲しい言葉だった様で、皆の非難の視線が翔雅に突き刺さる。一番痛く突き刺さるのがデザートを作った星南の厳しい視線だ。

「翔雅様が悪いんですよ。食事にケチなんてつけるからです」

声までもが厳しい。翔愛も俯いてしまって、翔雅としてはただ心配していただけなのに、場の空気までもが悪くなってしまった。どうしてこんな事に・・・溜息を落とした翔雅はそっと俯いてしまった翔愛の手を取った。

「すまん。言い過ぎだ。食べ過ぎて倒れても介抱するから思い切り食ってくれ。俺も一緒に食うから」
「食べても、いいですか?」

優しく翔愛の小さな手を握れば小さな声が返ってくるが元気がない。改めて謝罪して、薄い肩を抱き寄せて、ようやく翔愛の顔があがる。

「すまなかった。心配し過ぎた様だな」

俯いてしまった所為で翔愛の頬に掛かった髪を指先で払う。ほんの少しだけ、髪を払う指先が頬に触れてくすぐったい。悲しそうな表情から、ふわりと緩んだ翔愛にようやく皆の視線も緩んだ。





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