花咲く海で...04





そうして、あっと言う間に出発の日がきた。
出発と言っても近くの島だ。朝も昼も普通に過ごして、昼食の後にようやく留華へと出発する。
ここ数日、翔雅は城を空ける為にいろいろと忙しく、朝も夜も翔愛が起きている間には会えなかった。
けれど、今日からはしばらく一緒に居られる。朝も昼も夜も、翔雅と一緒。

「これで休める・・・」

最後の用意をしながらぼそりと呟いた翔雅はとても疲れているみたいで、綺麗な色の瞳の下にはクッキリとクマが沢山。心なしか少し痩せてしまったみたいだ。

「翔雅さま、だいじょうぶですか?」

いつも疲れを見せない翔雅の疲労に翔愛は心配になってしまう。
ごそごそと衣装部屋の隅を漁る翔雅に寄り添いながら翔愛が翔雅を見上げれば大きな手で頭を撫でられた。

「これから1ヶ月も休養だから何の心配もない。翔愛の準備はどうした?もう持って行く物はないか?」
「僕は大丈夫です。天丸さまと珊瑚さまが準備してくれました」
「そうか、ならいい。では、行くか」
「はい!」

翔雅の荷物も二人が準備してくれて、今用意していたのは細々とした物だけだ。
小さな皮袋を持った翔雅が翔愛の手を引いてくれる。
王の私室から城に出て、それから外に出れば天丸達が待っていた。

「いってらっしゃいませ。ゆーっくりお休み下さいね」
「最低1ヶ月は帰ってくるでないぞ」

天丸の隣には腰に手をあててふんぞり返る雄禅も一緒だ。
その他に数人。翔愛にとっては初めて見る人ばかりと、馬車が一台。
港までは荷物も多いから馬車で行くのだが、どうやら翔愛の知らない何人かも一緒らしい。馬車に荷物を積んだり馬を引いていたりと忙しそうだ。
翔雅に手を引かれたまま皆を見れば翔愛の視線に気づいた一人が前に出て軽くお辞儀をしてからにこりと綺麗に微笑んだ。

「初めまして、翔愛様。お二人が島で過ごす間の警備を担当します。私は子由(こゆ)と申します。普段は親衛隊の隊長です。残りの者は島に着いてから紹介しますね」

子由と名乗った青年はひょろりと背が高くて翔雅と同じくらいの年齢の人に見え、纏う衣は朱に金の線が入っている。翔愛にとっては初めて見る衣だが、これが親衛隊と言う役職の衣なのだろう。衣の下は白っぽい色の軽装で腰に大振りの剣を差している。
淡い金髪は肩より長くて一つに纏めていて、すっきりと穏やかな顔つきで茶色の瞳は優しい色に見えて、表情も軟らかい子由は何故かにこにこしながら翔愛の頭を撫でてくれた。

「翔雅さま、親衛隊と言うのは何ですか?」

翔愛には分からない言葉だ。首を傾げて翔雅を見上げればくすりと笑ったのは子由で、説明も子由がしてくれた。
親衛隊とは王を守のが仕事の、羽胤国にある軍部の一部でありながら、軍部とはまた違う隊の事だ。
そもそも羽胤国の軍部は他国に比べればだいぶ数が少なくて、親衛隊も人数は極僅かだ。その上、王が城の中に居る時は城内警備隊に仕事を任せ、数少ない親衛隊は一応王を守りながら違う仕事も兼任して、こうやって王が遠出する時だけ親衛隊として活動するのだ。それも平和な羽胤国ならではの在り方で、普段は衣を着用しないから翔愛も初めて見る衣の色なのだ。
関心しながら真剣に説明を受ける翔愛に子由は嬉しそうに笑うと身を屈めて翔愛の顔を覗き込んだ。

「我々の仕事は王の警備ですが、もちろん翔愛様もお守りします。や、むしろ可愛くない野郎より可愛らしい人を守りたいものです」

・・・返答のしようがない。
さらっと吐いた子由の言葉に大きな瞳をぱちくりさせる翔愛だが、翔雅は顰めっ面で拳を握ると軽く子由の腹を小突いた。

「やかましい。四の五の言ってないでさっさと出発するぞ」
「了解しました。ホント可愛く無いんだから」
「子由!」
「はいはいはーい」

からからと笑いながら馬車に向かう子由の背中に追いかけていく翔雅の蹴りが飛ぶ。
不思議な感じだ。翔雅より子由の方が上に見える。二人のやりとりに首を傾げた翔愛に天丸が溜息を落としながら苦笑した。

「あのお二人は昔からの知り合いですから。あまり気になさらなくて良いですよ。全く、大の大人なのにいつまで経っても子供なんですから」

呆れているのに天丸も何だか楽しそうに翔雅と子由を眺めて、さて、と両手をぱちんとあわせた。

「翔愛様、1ヶ月はお会い出来ませんけど、翔雅様に沢山構って貰ってくださいね。わがままも沢山言ってどうぞ困らせてやって下さいね」

にこりと笑って身を屈めた天丸がそれはそれは綺麗な微笑みで翔愛に語りかけた。
その内容が今ひとつ不穏で、けれど優しさに溢れているから翔愛は少しだけ恥ずかしくなってしまう。こんな風に真っ正面から向けられる優しさにだいぶ慣れたけれど、やっぱり少し恥ずかしくて、くすぐったい。

「天丸さま、ありがとうございます」

けれど嬉しさが一番大きくて、ふわりと笑みを浮かべて頬を染めた翔愛だったが、そんな翔愛を見た翔雅がずかずかと歩いてきてさっさと翔愛を抱き上げて馬車に乗せてしまった。



馬車はずっと前、翔雅と海に行った時に使った物より大きい。けれど馬車の中には翔雅と翔愛だけ。隣り合わせで座りながら馬車の窓を開けて流れる景色を眺めてみる。
見慣れた、まではいかないけれど、見たことのある街並みが馬車で進むと早くて、窓から入る風が気持ち良い。

いよいよ出発だ。これから船に乗って島に行く。翔愛に取っては初めての旅行で、船に乗るのも二度目だ。
一度目はただただ恐くて船と言う存在すら知らなかったけれど、今は違う。
どきどき高鳴る胸は恐怖では無く楽しさ。わくわくとどきどきと、ほんの少しの不安で翔愛の心はとっても忙しい。
反して翔雅はとても静かだ。と言うか、連日の疲れで馬車に乗ってすぐ、何も言う事無く眠ってしまっているのだ。港まではほんの少しの時間で、疲れている翔雅には沢山休んでほしいと思うけれど、時間が無い。すう、と眠る翔雅を見上げて、また外の景色を見て。きょろきょろしながらどきどきを抑えて、少しだけ手を胸に合わせて小さく微笑んで。
そんな事を忙しく繰り返していたらあっと言う間に港に着いてしまった。がたん、と馬車が止まって翔雅も目を覚ます。大きなあくびをしてからううん、と伸びた。

「つい眠ってしまった。すまんな、一人で退屈だったろう」

ぷるぷると首を振る翔愛の頬が少しだけ色づいている。ほんの少しの時間だけれども、眠る翔雅を見るのはちょっと楽しくて、その上外の景色を見ればもっと楽しくて、実は一人で大忙しだったなんて翔愛には言えない。けれど言葉に出さなくても大きな瞳が楽しかったと伝えてしまう。いつになく楽しそうな様子の翔愛に眠気覚ましに小さく頭を振った翔雅が少しだけ首を傾げた。

「まあ、楽しそうだからいいのか・・・?」
「はい!楽しかったです」

何が楽しかったと言うのか。勢いよく返事した翔愛にますます翔雅の首が傾くが、翔愛は嬉しそうに微笑むとそっと翔雅の手を握った。不思議そうにしている翔雅も握りかえしてくれて、二人で馬車を降りればもう港の船の側。がやがやと賑やかな港町は二人を迎えて、更に賑やかになり、そんな中を港に居る皆に見送られながら出発した。





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