花咲く海で...05





留華の島に行くには大港、鈴穏(れいおん)から船を使う。と言っても肉眼で見える距離の島だから船に乗ってほんの少しの時間で到着だ。
船に乗るのは羽胤国に嫁いできた時以来になる。あの時は怖くて不安ばかりだった翔愛も、この船はどきどきと楽しさと、ほんの少しだけある不安も楽しみからくる不安だけ。海を見てその距離の近さに、船から見る景色に胸を躍らせている僅かな間に船は留華の島へと到着した。

留華の港街は留南(るなん)と言う小さな港町で、けれど賑やかな街でもある。
船から下りた翔雅が翔愛の手を引いて降りればふわんと甘い匂いがした。

「甘い匂いがします」

匂いは微かで、けれど甘くて良い匂い。
鼻を上に向ければ、匂いは確かにあって僅かながらもちゃんと匂う。

「この島には花が多い。一年中、島中に花が咲いているから何処にいても匂いがするんだ」
「お花、そう言えばお花の匂いです」
「宮殿に行くまでにも沢山咲いているはずだ。徒歩でゆっくり行ってみるか?」
「はい。お花、たくさん見たいです」

嬉しそうに微笑む翔愛に翔雅も笑みを返してくれる。そんな二人のやり取りは仲睦ましく見えて微笑ましくもある。
羽胤国では見られない漆黒の髪の翔愛に港にいる皆の視線が集まる。けれどその視線は珍しさよりも微笑ましいやりとりと、可愛らしい様子に集まるもので、自然と皆の視線も柔らかくなる。
一心に翔雅を見上げ、頬を染めて喋る様子がまた何とも言えずに微笑ましい。王も随分と可愛らしい后を迎えられたものだと作業の手を止め見入っていれば、ようやく視線に気付いた翔愛が皆の方をぐるりと見て首を傾げ、翔雅だけが苦笑しながら翔愛の手を引いて引き寄せた。

「皆、しばらく世話になる。よろしくな」

周りを見渡しながら翔雅が一声上げればざわりと港が賑やかになった。翔愛もぺこりと頭を下げればざわめきは尚一層大きくなり、けれど歓迎してくれているのだろう雰囲気が暖かい。
そんな中、港にいる皆の内から一人、綺麗な布を纏う女性が手に花を持って翔雅と翔愛の前に立った。

「ようこそいらしゃいました。留華の皆、陛下のお越しを歓迎致します。どうぞ、僅かですが今一番綺麗な花です。髪飾りと首飾りになっておりますのでお使い下さい」

微笑みながら翔愛の髪に花を飾ってくれる。花は大きくて赤い色と白い色に黄色もあった。耳に掛ける形で飾られた花からもまた良い匂いがふわりと香る。
翔雅には同じ花で作られた大きな首飾りが贈られて、翔雅からも良い匂いが漂ってくる。

「ありがとうございます」

嬉しくて指先をそおっと飾られた花に寄せて、ちょっとだけ触ってみる。
そう言えば生花に触れる事は滅多に無くて感触がくすぐったい。

「ありがとう。良かったな、翔愛」
「はい。嬉しいです」

歓迎の印は王に対する物としては僅かな物だけれども、気持ちが嬉しい。
荷物を船から降ろして馬に積んでいる人達にも花が配られて、皆花で飾られて良い匂いになっている。

「では行こうか。宮殿に着いたら皆を紹介する」

翔雅が翔愛の背中を押して、それから手を引いてくれる。
何時も通りの仕草だから翔愛の手も自然と翔雅に重ねられて、手を繋いでゆっくりと歩き出した。



留華の島は本島に花で溢れている。
港町を過ぎてから花の多さに驚くばかりだ。道の端にも、奥にも、その奥にも色とりどりの花で溢れている。だから島の何処に居ても花の匂いがするのだろう。僅かな風で揺れる花々は近くで見ても遠くに見てもとても綺麗だ。

「すごいです。こんなに沢山のお花、初めてみました」
「気候が良いから何時でも花があるんだ。宮殿にも沢山ある。どうせ暇だろうし見てまわればいい。もちろん島を散策してもいいぞ」
「さんさく・・・翔雅さまも一緒ですか?」
「当然だろう?その為の休暇だからな」
「うれしい、です」

翔雅とは一緒に居る様で中々一緒には居られない。国王として忙しい翔雅に休む暇は無く、もちろん翔愛を構う暇も少ない。
その少ない時間をやりくりして食事の時間だけは一緒に居られるけれど、その他は別々だし、翔雅の仕事は難しくて残念だけれども翔愛には手伝えない。
夜も一緒だけれども、眠る前の僅かな時間しか一緒では無くて、そんな時間だから翔愛はもう眠たくて眠たくて仕方がないからあまりおしゃべりも出来ない。本当に翔雅と一緒に居られる時間は少ないのだ。
けれども、これからは暫く一緒。何をするにも翔雅が一緒。
婚儀も終えて、一生を共に過ごすパートナーと初めて、共に過ごす時間を迎えているのだ。
頬を染めて嬉しそうに翔雅を見上げる翔愛に、翔雅も優しい笑顔を返してくれる。
花で溢れる景色も綺麗だけれども、見上げる翔雅も綺麗。翔愛にとって翔雅は本当に綺麗な人なのだ。

「どうした?」

うっとりと見上げている翔愛に翔雅が首を傾げる。何でも無いと首を振ればおかしな奴だと笑われて、握った手を強く握り直された。力強さが嬉しくてまた翔愛の顔が緩んでしまう。
翔雅を見上げてにこにこと微笑んで、ゆっくり歩いて。
さわ、と流れる風が花の匂いを運んでくる。髪に飾られた花と翔雅に飾られた花が揺れて、それもまた綺麗。
綺麗な物が沢山。翔愛から見る世界はきらきらと輝いていて綺麗な物で溢れている。それは、この島に溢れる花の様で、どんなに見つめても飽きないものばかり。

「変な奴だな。俺を見てそんなに嬉しそうな顔をするのも翔愛ぐらいだ」

あんまり熱心に見つめ過ぎたのか、翔雅が苦笑して翔愛の頭をちょっと乱暴に撫でてくれた。
わしわしと撫でられた髪は少し乱れて、けれど流れる風が直ぐに直してくれた。

そんなやり取りをする二人の後ろ。少し離れた所から子由達も馬を引いて着いてきている。
あまりにも微笑ましいやりとりに時折笑い声も聞こえてきて、人数は子由を含めて4人。皆気をつかっているのだろう、会話に口は挟まず、にこやかに見守っていてくれている。とは翔愛の意見で、翔雅から見ればにやついている、と言う所だろう。
ともかく、あまりにも可愛らしい様子の翔愛と、それに引きずられて翔雅まで可愛らしく見えてしまって笑い声を抑えるのも大変そうだ。

羽胤城で働く者達は基本的に翔雅が王になる以前か、王になると同時に皆城に入っている。
だからこそ、知っているのだ。翔愛が城に入る前の悲劇と、翔愛が城に入ってからの悲劇とそれからの事。
決して短い期間では無かったが、こうも変わる事が出来るのだろうか。喜ばしい事だけれども、あまりの変貌ぶりに微笑ましい思いと同時に驚きも多い。
婚儀を終えてようやく外に出る様になった翔愛を知れば知る程、驚きが多く、その上、何の陰も無い純粋さに目を見張る。
翔愛が勉強だと必死になっている間、城の者達も同じだった。翔愛と言う王が選んだパートナーの、その人を知る勉強をしているのだ。

本当に、良い方に変わられた。あの悲劇を知っているからこそ、城の者達は皆、翔愛の人柄に触れる程に嬉しくなってしまう。
こんな純粋で良い人が来てくれて、苦難を乗り越えて尚、共に歩んでくれて良かったと。
微笑ましいやり取りを眺めながら、笑いを抑えながらも皆の顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。どうしたって、笑みが浮かんでしまうのだ。

「お前ら、その笑い何とかしろ。翔愛もいい加減前を向いて歩いてくれ、もう宮殿に着くぞ」

翔雅だけが苦笑しながら肩を竦めて、けれど照れくさそうにほんの少しだけ顔を染めていた。






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