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花咲く海で...03
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| 留華の島は羽胤城のある本島から船でほんの少し北に行った所にある小さな島の事で、島国である羽胤国には沢山の小さな島が本島の周りに散らばっている。 ある程度の大きさがある島には裕福な者の別荘が建てられており、その中でも一際大きく、小さな港町を持つのが留華と言う島で、島の中心には王の別荘である宮殿がある。 向かうには城を出て城下町から港町に下り、そこから船でほんの少し。島にある港町、留南(るなん)を過ぎて徒歩で30分程で宮殿にたどり着く。 そう遠くは無い距離だけれど、翔愛には初めての旅行と言うもので、もちろん、翔雅も一緒だ。 「翔雅さまと一緒・・・」 そう思うだけでほわんと心が温かくなる。不思議と翔雅を思うと温かくなる。それは少しだけもぞもぞしてしまう暖かさで、けれど嬉しい事。 念のためにと寝台に押しやられた翔愛はそれでもご機嫌で、ようやく軽くなった身体を起こして絵本を読んでいたら様子を見に来てくれた天丸に上気した頬を見せて笑われた。 「良かったですね、翔愛様。ゆっくりと静養して元気一杯になって下さいね」 「はい」 けれど翔愛にはやっぱり分からない事だらけだ。一応の説明は天丸にして貰ったけれど実際に見て体験した方が分かりやすいでしょうと、あまり詳しい説明はしてくれなかった。確かに天丸の言う通りかもしれない。知らない事がとても沢山な翔愛だから実際に見た方が早いと思う。 「翔雅さまの他には誰が一緒ですか?」 「お二人の静養なんですからお二人だけですよ。残念ながら」 「じゃあ僕と翔雅さまの二人ですか?」 「厳密にはお二人だけではないのですがね。若干名付き添いが同行しますよ」 「・・・天丸さまもいないのですか?」 「私は居残りでお仕事です」 それはそうだ。翔雅と天丸が二人一緒に旅行なんて出来る訳が無い。けれど毎日一緒の人達が居ないのも少しだけ寂しく思う。 何より、天丸は仕事で残るのに翔愛は結局何も出来ないまま旅に出てしまう訳で。 「ごめんなさい。僕は何もできてません・・・」 結局、翔雅に呼ばれたまま翔愛は何も出来ずに寝台の中に押し込まれているから、何も出来ていない。 旅行への楽しみよりも思い出してしまった役立たずな自分にしょんぼりと肩を落とす。けれど天丸は優しく微笑んで翔愛の頭を撫でてくれた。 「そんな事はありませんよ。翔愛様は良く働いてくれてますし、いきなり沢山の事を詰め込むのは良く無い事です。今はちゃんと休んで、折角一ヶ月も島に居るんですからその間にご自分で出来る事を探して、楽しみながら思い切り満喫すれば良いんですよ」 「でも・・・」 皆、そう言ってくれる。誰もが翔愛に優しくしてくれる。けれど翔愛は本当に何も出来ていないのだ。 今はまだ毎日を楽しく遊んで過ごしている様なもので、何も知らなかった翔愛には毎日が勉強だけれども、本当の勉強は何も出来ていない。 珍しく視線を下に落とした翔愛に天丸はそっと絵本の上できゅ、と握られた小さな手を握った。 「良いんですよ。今まで沢山苦労されてきたんですから、今はご褒美の時間なんです。翔愛様の年齢を考えれば当分ご褒美の時間で良いんですよ」 優しい優しい声。天丸は優しいけれど、こんな風に優しさに温度のある時はあまり無い。思わず視線を上げればにこりと微笑んでいる天丸が何も言わずに頷いて、握った翔愛の手を力強く握ってくれた。 その温度と力強さに勝手に瞳が潤んでしまう。天丸を見つめながら大きな瞳からじわりと涙が浮かんだけれど。 「やはり気合いを入れたい所ですが着付けされるのはきっと翔雅様ですよね。じゃああまり難しいのは駄目だし、でも折角ですから可愛いのもセクシーなのも必要ですよね。でも翔雅様じゃ・・・んー・・・あ!天丸殿!丁度良かった、荷物運び手伝って下さいね!でもって翔愛様のお洋服どうなさいます?」 賑やかな声に驚いてぴたりと止まってしまった。 声と共にひょっこりと寝室の入り口に珊瑚が顔を出していて、天丸を見つけるとにんまりと笑んですたすたと翔愛の側まで歩いてくる。 小柄な身体なのにとても元気で力が強い珊瑚の後ろには人一人が入れそうな籐籠がずるずると引きずられていた。 「翔愛様、具合はどうですか?あまり無理しては駄目ですよ、翔愛様は私と違って繊細なんですから」 大きな籐籠を引きずりながら翔愛に笑いかけてくれるけれど、足は止まらず寝室の奥にある衣装を収めている小部屋に向かう。 相変わらず元気で賑やかだ。珊瑚が居るだけで場の空気がぱっと輝く様に思えるし、何時でも元気溢れる言葉で翔愛を元気づけてくれる珊瑚は年齢も近いから翔愛にとっては初めて出来た友達の様な人だ。 颯爽と歩く珊瑚に沈んでいた翔愛も浮上してふんわりと笑みを浮かべる。けれど天丸は少し眉間に皺を寄せて立ち上がると珊瑚の引きずっている大きな籐籠をむんずと捕まえた。 「珊瑚ちゃん、大きな声を上げると翔愛様が驚くでしょう?何ですかその籠は」 「翔愛様と翔雅様の旅行準備です。一ヶ月の滞在ですから用意が大変なんですよ。もちろん手伝ってくださいね」 「服を入れるだけでしょう?お二人だけなんですから翔雅様にでもやって貰えば良いじゃないすか」 「何を仰るんです!婚儀を終えたお二人が初めて城を離れてお二人だけで過ごすんですよ!翔雅様になんか任せたら普段着だけになってしまうじゃないですか!もう、駄目ですよ?日常から離れた二人だけの空間、仕事もなく一日中離れる事無く二人だけ。そんな甘い日々の中で普段着なんか色あせてしまうじゃないですか。気合いが違うじゃないですか!衣装はともかく寝間着はとても大切なんですからね!もちろん今までの普通の寝間着じゃ燃えませんから新調しておきましたからね、翔愛様」 どうしてそんなに気合いが違うんだろう。延々と喋り続ける珊瑚の言葉は翔愛には理解出来なくて首を傾げるけれど、珊瑚は気にせず天丸を引きずって小部屋に消えてしまった。 「大変そうです・・・」 あの大きな籐籠いっぱいに服を詰める事だけは朧気ながらに理解出来る。小部屋からは賑やかな珊瑚の声だけが響いてきて何だか楽しそうだ。 翔愛にも手伝えるだろうか。もう身体も軽いし大丈夫だろうと、そっと寝台から出た翔愛は二人を追って小部屋に入っていく。小部屋は寝室の奥にある、それほど広くない部屋で主に翔雅と翔愛の衣装が収められている部屋だ。翔愛にはあまり馴染みのない部屋で、この部屋に出入りしているのはもっぱら自分で服を選んで着る翔雅と、翔愛の衣装を用意してくれる天丸と珊瑚だ。だからどんな服があるのか翔愛には良く分からない。 そおっと小部屋を覗けば珊瑚が一人で喋りながらせっせと籐籠に服を詰めている。天丸も棚の高い所にある服を詰めている様だ。 「天丸さま、珊瑚さま、僕もお手伝いさせてください」 ひょっこりと顔を出した翔愛に天丸も珊瑚も振り返って目を見開いた。 駄目だろうか?直ぐに倒れる翔愛では役には立てないのだろうか。まだ少しだけ重い気持ちを引きずる翔愛だから今断られてしまうと悲しい。自分の出来る事だけをと言われているけれど、二人が用意してくれているのは翔愛の物も沢山だから。せめて自分の服くらいは、と思っている翔愛だが珊瑚の気合いの入れ様を思えばそれも無理かも知れないけれど、少しでも役立ちたいのだ。 じっと二人を見つめて数秒、天丸が腰に手を当てて翔愛を見下ろして苦笑した。 「しょうがないですね。翔愛様?くれぐれも無理は禁物、少しでも身体の調子がおかしいなと思ったり熱が出てきたなと判断したら寝台に放り込みますからね」 「ありがとうございます!」 嬉しい。翔愛にも出来る事がある。 張り切った返事に笑んだ天丸が翔愛の頭を撫でてくれて、珊瑚もにこりと微笑んだ。 |
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