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花咲く海で...02
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| 「ワシは雄禅(ゆうぜん)じゃ。そちは翔愛で良いのだろう?天丸、逃げるでない。茶ならワシが通りすがりの可愛子ちゃんに頼んだわい」 ふぉふぉふぉ、と笑うその人は雄禅と言うらしい。不思議な人だ。何だか天丸も怖がっている様子だし翔雅の様子も変。 でも名乗ってくれた人に翔愛が名乗らないのは失礼だろう。そう思って少し重たい身体でぺこりとお辞儀をした。 「僕は翔愛です。あの、雄禅さまは?」 でも誰なんだろう?首を傾げる翔愛に説明してくれたのは雄禅では無く、憮然とした翔雅だった。 「雄禅様は先代の王だ。今は街で奥方様と暮らしているはずだが・・・どうして何の前触れもなく此処に居るんです?」 「お前が可愛い嫁をもらったからじゃ。宴には行けなかったから態々見に来たんじゃないか、もっと嬉しそうな顔の一つでもみせんかい」 宴とは婚儀のすぐ後に行われた朝まで延々と続いた宴会の事だ。 確かに宴に雄禅は居なかったと思うけれど、実は翔愛も宴には最初の頃しか居なかったからよく分からない。 婚儀の緊張と慣れない沢山の人とほんの少しのお酒で早々に沈没して、気付けば翔雅の膝の中でくうくう眠ってしまっていたのだ。 だから翔愛には良く分からない。分からないままに雄禅を見ればどかりと椅子にふんぞり返って翔雅を睨んでいる。けれど翔雅だって負けてはいない。 ばち。二人の視線の間に火花が散った様な気がする。 「それは雄禅様が前もって城に来ることを言ってくれればです。突然執務室に来るなんて、供の者も付けずに危ないではないですか」 「ワシに手出しする馬鹿がいまさら居るわけなかろうに。それに供なら此処まで一緒だったわい。どうだ?これで心配なかろう?」 やいのやいのと言い合いをする二人に翔愛の首はますます傾いてしまう。 先代の王と言うことは翔雅の前の王様だ。それは分かる。でも、そういえば前の王様の話なんて翔愛は聞いた事がなくて、そもそも翔愛にはこの城の中の事は分からな事だらけで。 「お二人ともいい加減になさい。翔愛様が混乱してるじゃないですか」 首が傾きすぎてぐらぐらしてきてしまった翔愛に天丸が助け舟を出してくれた。雄禅と言い合いをしていた翔雅も気づいてくれて翔愛を片腕で支えてくれる。 そう言えば身体は重くて熱かった。助けてくれた翔雅の腕にくたりと寄りかかれば何故か雄禅の細い瞳がきらんと光る。 「何だ、ヤりすぎかの。若いモンはええのう」 例えるならばにま、と言う笑みだろうか。一人で勝手に納得している雄禅に、けれど翔愛は意味が分からない。 但し、翔愛以外の人にはしっかりと意味は伝わった様で。 「雄禅様!」 珍しい翔雅の焦る声は雄禅を睨み付けての大きな声だった。 怒鳴り声に近いそれに雄禅は続けざま、今度は何処か呆れた笑みを浮かべた。 「なんじゃ、まだか。不甲斐ないのう。ワシはそんな風に育てた覚えはないぞい」 「俺の親は雄禅様ではありませんし、放って置いて下さい」 「そうはいかん!新婚だというに不甲斐ないことこの上なし。よし!決めた!」 声がとても大きい。翔雅の声も大きいけれど雄禅だって負けてはいない。 があがあと怒鳴った雄禅がすくっと立ち上がってびしりと人差し指を翔雅に突きつけた。 そうして、高らかに宣言する。 「留華(るか)に監禁じゃ!どうせ仕事の虫なんじゃろう、若いのに情けない。天丸。今すぐ準備じゃ!」 「はあ!?何を馬鹿な事を言っているんです!王自ら仕事を放り投げろと仰るんですか!」 「何を言っておるのじゃ!こんな調子だから何時までたっても可愛い嫁を可愛がってやれんのだぞ!」 「余計なお世話です!」 「うるさーい!ワシが決めたら決定じゃ!良いか、明日より留華の別荘に行くのじゃ!一ヶ月は帰ってくるでないぞ!帰ってきたら追い出してやる!」 「今は俺が王です!」 「だまらっしゃい!お前さんが居ない間はワシが代理じゃ!天丸、お前も働け!」 「えー・・・私は雄禅様より翔雅様の方がいいです」 「やかまっしい!決定じゃ決定じゃ!何者も逆らう事はゆるさーん!」 「雄禅様、あまり大きな声で怒鳴り続けると倒れますよ?」 「やっかましーい!」 「もうお年なんですから無理せずとっととお帰り下さい!」 翔愛には分からない言葉ばかりだ。翔雅の腕に縋ったまま翔愛以外の3人の声は大きくなるばかりで収集が付かず、もうどうしようも無い。 何だかもう疲れてしまった。くたりと縋った腕は変わらず翔愛を支えてくれているけれど肝心の翔雅は雄禅との言い合いに夢中で。 「・・・翔雅、さま」 一応翔雅に声を掛けるけれど気付いてはもらえない。弱々しい翔愛の声は言い合いの中に消えてしまってもう誰もが翔愛の存在を忘れてしまった様だ。 どうしよう。さっきは疲れて無いと言った翔愛だけれど、実はもうそろそろ限界は近くて。 「僕、もう、だめです・・・」 縋った翔雅の腕に全体重を掛けながら瞳を閉じてしまった。 あとはもう夢の中。翔雅の腕は揺るぐことなく翔愛を支えてくれるけれど、みそっかすの翔愛はちょっぴり寂しい気持ちで小さく溜息を落とした。 「と、翔愛!?」 「翔愛様!」 「おおお!?」 そんな小さな溜息でようやく翔雅が、いや、皆が具合の悪い翔愛に気付いてくれた。ぐったりと腕に縋る翔愛の顔色を見て翔雅も青ざめる。 一番大きい声は翔雅では無くて雄禅だった。そんなどうしようもない事を思いながらも翔愛の意識はもう真っ白になってしまって。 「すまなかった・・・休ませようと思ったのに逆になってしまったな」 気付けば何時もの、王の私室の寝台の中だった。 ぱちりと目を開ければ翔雅がすまなそうに苦笑しながら翔愛の髪を梳いてくれている。 日の光に翔愛の髪が光る。それは漆黒の光だけれども、もう以前の様に嫌いな色では無い。事ある事に、何も無くても皆翔愛の髪を綺麗だと言ってくれて、翔雅は癖の様に翔愛の髪を指先で弄っては楽しそうにしている事も多い。だから、あれ程嫌いだった色も今ではすんなりと翔愛に馴染んでいる。 「顔色は良さそうだな」 ほっと翔雅が笑んで弄っていた翔愛の髪を離した。少しだけ寂しい気持ちになるけれど、寝台に沈んだまま翔雅を見上げれば大きな手が翔愛の額に乗せられる。 「もう熱は無いな。椛の薬を飲ませたんだ。改めて言うが無理はするな。まあ今回に限っては俺の方が悪いかもしれんがな」 翔雅の手が温かく感じるからもう翔愛に熱は無いのだろう。これでまた起きられる。翔愛もほっとして身体を起こそうとするが翔雅に止められてしまった。 「もう大丈夫です。おきます」 「まだ駄目だ。もう少し休んでから動け」 「でも、まだ何も・・・」 出来ていないのに。じいと翔雅を見上げるけれど視線を反らされてしまう。悲しくなって手を伸ばして翔雅の手を握れば、握りかえしてくれた。 「ここの所ずっと動きっぱなしだっただろう?もう身体が限界だと訴えているんだ。まだ体力が人並みになった訳じゃない。己の限界を知って動けるだけ動くのも勉強だ」 「でも、僕はまだ何も、出来ていないんです」 「今の翔愛に出来る事はやっているだろう?」 翔雅が優しく翔愛を見下ろしてそっと頬を大きな手で包んでくれる。 今の翔愛に出来る事。それはとてもとても簡単な事ばかりだ。 城の中を歩き回って皆とお喋りして、ほんんお少しの仕事を手伝う事だけ。たった、それだけ。 とてもじゃないけれど、翔雅の役には立てていない。むしろ翔愛の存在はこうやってすぐ倒れてしまう分、翔雅の邪魔になっているのではないのだろうか。 考えれば考える程翔愛の思考は沈んでしまう。少しだけ動ける様になったのが翔愛の焦りを誘うのだろう、翔雅を見つめる大きな瞳は何時の間にか潤みはじめていて、瞬きした拍子に一粒だけぽろりと涙が零れてしまった。 「そんな顔はしなくて良い。良くやっていると思うぞ?朝から夕暮れまで皆の言葉を聞きながら城の中を歩き通し。もう少し休憩しても良いんだ」 「・・・お手伝い、したいです。もっと、沢山動きたいです」 翔雅の指先が翔愛の涙を掬ってくれる。ぎゅ、と目をつぶって手を握りしめる。泣きたくなんてないのに、悔しくて涙が零れそうなのだ。 皆一日動いても平気なのに、どうして翔愛は駄目なんだろう。どうして翔愛は何も出来ないんだろう。 本当は分かってる。長い間の幽閉生活が翔愛から体力と力を奪い、知識も蓄えられなかった。それは分かってる。分かっているけれど。 「忙しいばかりで仕事の虫になっていた俺の姿を見ているから余計に焦るんだろうな。翔愛も俺の姿を見て動かなければと思ったんだろう?王が率先して仕事中毒になっていてどうするんだと、さっき雄禅様にみっちり叱られた」 翔雅が叱られた。雄禅に? 悔しくて涙を我慢していたけれど、思わぬ言葉にぱちりと瞳を開いて翔雅を見た。何処か照れくさそうな表情の翔雅がまた目尻から零れた涙を指先で掬ってくれる。 「雄禅さまに、ですか?」 そう言えばあの大騒ぎの中心は雄禅だったのだ。 「そうだ。俺が忙し過ぎるから周りも俺に合わせてしまうんだと、久々に説教された」 「お説教・・・翔雅さまがですか?」 「ああ、俺だって悪い事をすれば叱られるし説教だってされる」 「・・・不思議、です」 「まあ、翔愛には不思議かもしれんな」 くすりと笑った翔雅がそっと翔愛の身体を起こしてくれて、側にあったグラスを渡してくれる。渡されたのは水色の小さなグラスで中身も水色で赤くて小さい花びらが幾つか浮いている。促されて口に含めば仄かに甘くて美味しい。 「だからな。俺も反省すると言う事で来週から留華行きが決定してしまった」 「るか?」 「正しくは留華の島の別荘だ。代々の王が所有する小さな宮殿がある。暫くはそこで静養だ」 「・・・?」 また聞いたことのない言葉だ。僅かに首を傾げる翔愛に翔雅は少しだけ困った風に微笑んだ。 |
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