星降る庭で・番外編/城下町にて...06





大市は夜遅くまで開かれているけれど、日が高くても、もちろん賑やかだ。
人は沢山で、けれどもう誰も翔雅と翔愛を見かけても悲鳴を上げる事はなくなっている。でも翔雅と手を繋ぐ翔愛を見れば皆どうしてだかにっこりと微笑んでくれるから翔愛も嬉しくて微笑み返す。そうすると、不思議と皆頬を染めてわたわたと慌てて、その後にびくりと震えてそそくさと歩き出す。
街には不思議がいっぱいだ。

「翔雅、そんなに睨んじゃ駄目でしょう?」
「分かっている」

翔雅の隣には弥栄が一緒にいる。店を出る時に名残惜しそうにしていた弥栄を栄が一緒に行けば良いだろうと推してくれたからで、嬉しそうに翔雅の隣を歩く弥栄は翔愛の目から見ても何だか微笑ましく感じる。
翔雅の母だと言う弥栄はとても暖かくて、笑顔になるとくしゃりと顔が崩れる人。母と言う言葉は知っているけれど、実感が無い翔愛にしてみればとても不思議な人なのだ。

「どうしたの、翔愛ちゃん。私のお顔に何かついてるの?」

無意識に弥栄を見つめていたのだろうか。顔を覗き込まれて翔愛が頬を染める。何とも言えぬ可愛らしい仕草に弥栄の顔がくしゃりと崩れるが、反対に翔雅の顔は苦くなって握った翔愛の手をぎゅうと握り直された。

「翔雅さま?」

翔雅の顔が渋い。機嫌が悪そうな翔雅に見上げた翔愛が首を傾げれば何でもないのだとちょっと乱暴に頭をわしわしされた。撫でられた小さな翔愛の頭も揺れて、外に出るからとショールを被り直したのにずれる。翔雅に頭を撫でてもらうのは嬉しいけれど、ショールがずれてしまうのはちょっと嫌だ。

「翔雅、駄目よ。翔愛ちゃんはちっちゃいんだから」
「・・・」

翔雅の手が無言で翔愛のショールを直してくれた。機嫌が悪そうだけれども怒ってはないみたい。
不思議な雰囲気になってしまった翔雅に翔愛は首を傾げるしかない。何だろう。繋いだ手はそのままに、けれどやっぱり翔雅の表情は渋くて。

分からない。やっぱり街は不思議が沢山だ。




そんなこんなで。
次第に翔雅の表情も元に戻ってきて、三人でゆっくりと街を歩いた。
時間が経ち、街の人々もさほど翔愛を注目しなくなったから、ようやく余裕も出来てあちこち見る事が出来る様になった。

初めて歩く大通りは本当に人もお店も沢山で人のざわめきが何だかうきうきとさせる。
どれもこれも翔愛には分からない物ばかり。ゆっくりと歩きながら店先を見て首を傾げれば翔雅が説明してくれるし弥栄も説明してくれる。
綺麗な布を売っているお店の隣には沢山のサンダルが並ぶお店があって。次々と変わる品物に大きな瞳をぱちぱちさせながらも翔愛の表情はとても生き生きとしている。城に居る時とはまた違う翔愛の輝きに自然と翔雅の頬も緩んで握る手が汗ばんできた頃、ふと目に飛び込んできたものに翔愛の足が止まった。
それは、四角い箱のなかをゆらゆらと揺れる、綺麗な、さかな。

「どうした?・・・ああ、魚屋だな」

足を止めた翔愛に釣られて翔雅も足を止め、弥栄も足を止める。
揃って足を止めたのは街の中心にある観賞用の魚屋だ。店先には色とりどりの魚がゆらゆらと大きな水槽で踊っている。それを翔愛はじいと見つめて目を反らせない。
絵本でしか見たことの無い綺麗な魚。それがひらひらと気持ち良さそうに踊っているのだ。

「気に入ったか?」

あまりにも熱心に眺める翔愛に翔雅が柔らかく微笑んで翔愛の目線の先を追う。
翔愛の大きな瞳が追いかけているのは綺麗なヒレの真っ赤な魚。この国でもあまり見かける事の無い珍しい魚だ。

「とても、綺麗です」

ほうっと息を吐く翔愛は今にも水槽に貼り付いてしまいそうだ。
微笑ましい姿に翔雅と弥栄が顔を見合わせて笑う。けれど、翔愛はまだ水槽に釘付けだ。
ひらひら、ひらひら、と気持ち良さそうに踊る魚のその色に、姿に。あまりにも不思議で綺麗なモノにどうしても目が離せない。あまりにも美しい姿にただ見惚れてしまう。

「翔愛、そんなに気に入ったのなら買って帰るか?」
「かう・・・ですか?」

翔愛の肩に手を置いた翔雅が言ってくれる。
ようやく水槽から目を離して翔雅を見上げればやさしい微笑みの翔雅が水槽を指差した。

「この魚達は買って帰ることができるぞ。部屋に小さな水槽を置いて、そこで思う存分眺めれば良いし、魚を飼うのも楽しいだろう」
「ほんとう、ですか?」

あの部屋でこの魚を見る事ができる。ぱあっと瞳を輝かせた翔愛に翔雅も楽し気に笑うと店の中にいた主人を呼んでくれた。

翔愛の輝きが酷く眩しい。未だに分かる事よりも分からない事の方が多い翔愛だ。何かを欲しがるよりも前に与えられる事の方が多く、それ以前に翔愛自身が欲しがる事を良く理解していない事もあって、こんな風に顔を輝かせて何かを欲しがる姿を見せた事は無いのだ。
だからこそ、翔雅も嬉しい。

「主人、これを城に運んでくれないか?水槽と餌と、一式頼む」
「これはこれは翔雅様。もちろんですよ。一番良い物を運ばせます」

翔雅と店の主人が何やら話している間にまた翔愛の視線は水槽に釘付けになった。今度は先ほど見ていた綺麗な魚ではなく、水槽の端っこでふよふよと泳ぐ不思議な魚を見つけたからだ。
大きな瞳にひらひらのヒレ。けれど、その色はどの魚とも違う、翔愛と同じ黒い色。たった一人でひらひらと泳ぐ魚は翔愛と同じ色。何だか他の魚達とは違う形。じいと見つめている翔愛の瞳にはそれが自分と同じ様に見えてしまう。不恰好で黒くて違う。
けれど、黒い魚は一人だけでも気持ち良さそうに泳いでいるのだ。その姿はじいっと見続けていると不思議と不恰好よりも可愛らしく思えてくる。

「ん?何だか可愛いのがいるな」

翔雅も翔愛が追う魚を見つけたらしい。
翔愛と同じ事を言って、それだけなのに翔愛も嬉しくなってしまう。

「かわいいです」

だから翔愛も声に出せば店の主人も気づいたのか。二人の横に立って嬉しそうに微笑んだ。

「それは遠い国から来た魚ですよ。出目金と言う名前で黒い色が人気なんです。この形と色が可愛いってんでなかなか手に入らないんですよ」
「これは城でも飼えるものか?」
「淡水魚ですから多少手間はかかりますが基本的に強い魚ですからね。そのうち大きくなりますよ」
「ほう、それは面白いな。翔愛、どうする?」
「僕は・・・」

確かに可愛いし、この魚を城でずっと見ていられるのならば嬉しいだろう。
でも。

「ひとりじゃ可愛そうだと思います」

さっきからこの魚は一人で泳いでいるのだ。
気持ち良さそうに、けれど他の魚と違ってたった一人。それが何だかとても寂しく見えてしまう。
しゅん、と肩を落とす翔愛に翔雅は苦笑して、店の主人は、笑った。

「魚は群れで行動する種類と一匹で行動する種類がいるんですよ。だから寂しくはありません。お優しい方だ。それでも一匹で寂しいと言うのならば同じ種類で色違いがいますからそれも一緒にどうぞ」
「色の違うのがいるんですか?」
「ええ。水槽に一匹だけよりも二匹の方が賑やかだろうし、見ていて楽しいですよ」

そうして店の主人が指差してくれたのは翔愛達が見ていた所の、反対側の端っこだった。
そこにはゆらゆらと優雅に泳ぐ同じ形の魚がもう一匹。けれど、色がきらきらと輝く金色の魚だった。

「きれい・・・です」
「金色もいるのか」

翔雅と翔愛で関心しながら眺めれば何故か背後で弥栄が笑い店の主人も笑う。何やら微笑ましく映るのだろう。けれど、これで一匹だけじゃなくなった。
黒と金色。二匹で水槽に居るのならば確かに寂しくはないだろうと思う。

「翔雅さま、お城で見てて、いいですか?」
「もちろんだ。世話も覚えられるぞ」
「せわ?」
「ああそうだ。この魚達に餌をやったり、水槽を掃除したり。魚と一緒に暮らすんだ」
「一緒に、暮らせるんですね」
「ああ。楽しいぞ」
「楽しみ、です」

ふわりと微笑んだ翔愛は本当に嬉しそうに翔雅を見上げて、また魚を眺める。
この魚達が部屋に居る。そう思うだけで嬉しくなってしまう。
声は出さないものの、とても嬉しそうな翔愛に翔雅も弥栄も、店の主人も嬉しそうにしばらくは水槽に張り付く翔愛を眺めて微笑んでいた。






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