星降る庭で・番外編/城下町にて...04





翔愛の存在は隠されている訳では無いが、一般的に広まっている訳でもない。
存在と言うよりはその姿やどんな人なのかと言う事が羽胤国の国民からはすっぽりと抜け落ちているのだ。
何せ入国そのものが歓迎されなかった事情もあり、婚儀が終わった後も活発に外に出て歩くわけでもなく、城の中ですらようやく最近になって翔愛と言う人の姿を見受けられる様になったのだ。
街の皆が翔愛の姿を見るのは、もちろん今日、この場が初めてで。当然驚いた上の、困惑は混じっているものの王が認めた人だ。歓迎以外の何者でもない騒ぎだったのだが、結果的には肝心の王である翔雅が肝心の翔愛を驚かせた上に泣かせてしまった訳で。

「・・・すまん」

場所を移して。
静かな所に入った二人はようやく落ち着いてお互いの顔を見る事が出来る様になった。主に移動したのは翔雅だけれども、驚きっぱなしの翔愛はもうただただ固まるだけで、それこそ人形の様にぴくりとも動けず、気づいたらこの店の中でふかふかのクッションに埋もれて目の前に心配顔の翔雅が居たのだ。

「だ、大丈夫です・・・でも、驚きました」

とても座り心地の良いソファはいつも座っているソファよりも柔らかい。けれど大きさは一人がけの様で翔雅は翔愛の前に、床の上に敷いた絨毯に直接座っている。

「悪かった。あれほどの騒ぎになるとは思わなくてな・・・暫く休んでから、こっそり移動しよう」
「・・・はい」

ぼんやりと座る翔愛の手を翔雅が握ってくれている。大きな手はとても温かくて無条件で安心できる。こっくりと頷いてふうと息を吐けばようやくこの場所が気になってきた。

静かな部屋だ。けれど、周りには沢山の古めかしい棚と、その棚の中にも山ほどの品々が溢れそうに詰め込まれている。普通の部屋では無いみたいで、でも翔愛には普通の部屋も分からない。きょろきょろと辺りを見回す翔愛に翔雅がほっとした表情で握っている小さな手をきゅ、と握りなおした。

「ここは道具屋だ。緊急避難させてもらっている」
「道具屋さん、ですか・・・」

道具。でも何の道具だろう?
首を傾げるとソファの側にあった小さなテーブルに器の置かれる音がした。驚いてテーブルの方を見れば見たことの無い人が立っている。
にこにことしている、随分年上の女の人。ゆったりとした煤桃色の衣装で淡い金色の髪を結っている。

「道具と言うよりは雑貨を扱うお店ですよ。日常で使う小さな雑貨を沢山置いてあるのよ、翔愛ちゃん」

何だか聞き慣れない名前で呼ばれてきょとんとしてしまう。ぱちりと瞬きしてソファの隣に立つ人を見上げる翔愛に翔雅は苦笑して立ち上がった。並べば随分小さな人だ。ひょっとしたら翔愛より小さいかもしれない。

「紹介しよう。俺の母で弥栄(やえ)だ」
「はは・・・?」
「ああ。血の繋がりは無いから養母になる」

親しげな様子で翔雅の手が随分低い位置にある弥栄の肩に置かれる。呆然と呟けば弥栄はとても優しい笑みで翔愛の顔をのぞき込んできた。じいと見つめられても嫌な視線ではない。むしろ、今までの誰よりも暖かい視線で、人の視線を見つめ返す事に何も思わない翔愛でさえ、その視線の暖かさにほんのりと頬を染めてしまう。そんな視線だ。

「随分と可愛い子をお嫁にしたのねぇ。まさかこんなに小さいとは思わなかったわ」
「一応成人はしている」
「でも小さくて可愛らしいじゃないの。ホント、娘が出来た様で嬉しいわぁ」
「・・・一応男だ」
「分かってるわよそんな事。見れば分かるじゃないの」

ぽんぽんと飛び交う言葉が不思議だ。何だか翔雅の方が弱く見えるのだ。

「あら。ごめんなさいね、放っておいちゃって。お茶をどうぞ。疲れたでしょう?」

二人を交互に眺めていれば弥栄ににこりとお茶を勧められる。ぺこりと頭を下げてお茶の器を取ればひんやりと気持ちよい。今日も暑いから冷たい物がとても心地よい。ほうと息を吐いてお茶に口を付けている間にも翔雅と弥栄がぽんぽんと会話を進めている。展開が早くて翔愛にはいまいち理解出来ないけれど、交わされる会話がとても楽しそうで暖かく見える。弥栄は翔雅の母。そう言えば初めて家族の話を聞いたなと早口で交わされる会話を眺めていたら今度は店の入り口から大きな男の人が入ってきた。

「何だ、来ていたのか翔雅。久しぶりだな」

入り口に頭が付きそうな大きな人。翔雅よりも大きい人だ。年は弥栄と同じくらいだろうか。淡い茶色の髪は元から淡い色では無く、髪が白くなっているから淡いのだろう。背中に背負った袋を落としたその人は翔雅の側まで来ると穏やかに微笑みながら軽く手を挙げて、それから、ソファに沈んでいる翔愛を見て目を見開いた。

「・・・随分小さい嫁を貰ったもんだ。犯罪じゃないのか?」
「あのなぁ・・・」

誰だろう。次々と訪れる慣れない状況に翔愛の大きな瞳は見開きっぱなしだ。声も出せずにただただ見上げていれば翔雅が心配したのだろう。翔愛の前に座り込んでもう空になっていた器をテーブルに置いてくれた。そうして、また手を握られる。

「次々騒がしくてすまないな。これは俺の養父で栄(さかえ)だ」
「よろしくな。おチビさん」

にょきっと栄の大きな顔が翔愛の前で笑む。その大きさにびっくりした翔愛は肩をびくりと振るわせるが嫌な感じは無い。この人も暖かい人だと思う。

「親父、あまり驚かすな」
「ただ見てるだけだろうが」

またテンポの速い会話が始まってしまった。こうなるともう翔愛は眺める事しか出来ない。ぼんやりと翔雅を見て、栄を見て、弥栄を見て。ぽんぽんと飛び交う会話は楽しそうだが、やっぱり翔雅が押されている様に見える。不思議だ。

「別に店に顔を出せとは言わないけどな、お前はもう王なんだし。でも偶には天丸や雷吾を見習って少しは外に出たらどうだ?」
「そうよ。天丸ちゃんは良く顔を出してくれるのに翔雅は全然来てくれないんだもの」
「あのなぁ。一応仕事があるんだ。顔を出せないのは悪いとは思うがそうそう遊びに出れる訳じゃないんだ」
「嘘つけ。海には良く行ってるそうじゃねぇか」
「話は直ぐに来るんですからね」

けれど飛び交う会話は翔愛が聞いても楽しいもので聞き入っているうちにうつらうつらと瞼が重くなってきてしまう。あの騒ぎから安心した事もあって、まだほんの少ししか動いていないのに眠くなってしまったのだ。握られたままの手が温かくて安心出来て、そうすると、どうしても瞼は重くなってしまう。

「・・・翔愛?」

船を漕ぎ始めた翔愛に気づいてくれたのは翔雅だった。こっくりこっくりと眠たそうにしている翔愛を見てその姿に笑みを浮かべる。栄も弥栄も会話を止めて眠そうにしている翔愛を見下ろして微笑んだ。

「お疲れみたいね。貴方の部屋で少し休んでらっしゃいな」
「そうだな。休んでから少しくらい時間はあるだろう?飯食ってから帰ればいい」
「そうだな。すまん。ちょっと休む。翔愛、いくぞ」

眠気は本格的に翔愛を飲み込んで翔雅の声も聞こえない。けれど抱き上げてくれる手は慣れた温もりで、翔雅の匂いを感じながら落ちてしまった翔愛の瞼はもう持ち上げられなかった。






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