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星降る庭で...75 |
| 純白から裾に向かって深紅になる。とても薄い布でけれど銀色で装飾された刺繍はとても複雑で、綺麗だ。 羽胤国の衣装は沢山の種類がある。島国であり交流の盛んな国だから他の国の様式を取り入れる人も沢山居て、本当に様々な形がある。 けれど、本来の伝統的な服は大きく二種類に分けられる。大きくて長い布を巻き付けて着る形と、頭からすっぽりと大きな布を被って身体に沿って簡単に止める形の二つだ。 どちらも着こなすのは簡単で、寒さの無い羽胤国ならではの服装だ。その変わり、その布の装飾に力を込める。どの布もとても複雑で美しい装飾が施されていて、綺麗なのだ。翔愛が普段に着ている服は城で暮らしている事から伝統的な服が多い。色とりどりの、寝間着の様な服の上に柔らかい布を身体に巻き付けて着るものだ。 いつもは天丸か翔雅が着せてくれる。身体に巻き付けるには順番があって、まだ翔愛は覚え切れていないし、伝統的な服は一人で着るのが難しいのだ。 ちなみに、翔雅はざっくりとした縫ってある服を好み、その上に王の証である深紅の薄布をかけている。普段着はその薄布を取っただけだ。天丸は漆黒の服の上に翔雅と同じ深紅の薄布を掛けているが、これは天丸の制服なのだそうだ。普段はもっとゆったりとした服を好んでいると言うし、伝統的な服は一人で着るのが大変だから何かの行事でも無い限りは着ないのだそうだ。翔愛が伝統的な服を普段でも着ているのは、天丸の趣味と綺麗な布を寝かせて置くのは勿体ないと言う意見からだ。 けれど、婚儀と言う儀式で使用される服はいつもとは違って、もっと難しい。 まず色を決めて、その色に合った下地と呼ばれている布を頭から被って身体に合わせる。それから、その布を縫って形にし、その上から薄く綺麗な装飾の施された布をとても複雑に巻き付けていくのだ。 巻き付けると言っても身体を締め付けるものでは無く、裾に向かってふんわりと布が流れていくからとても不思議だ。 「やっぱり翔愛様は何色でもお似合いですね。特にこの布はとてもお似合いです。綺麗です」 うっとりとしながら翔愛の服を着せてくれているのは、いつもと違う珊瑚だ。何だかんだと悩みつつも翔愛の衣装も決まり、複雑な形で着付けられる布は確かに翔愛の目から見下ろしても綺麗だ。けれど、似合うと言われても翔愛には良く分からない。 「にあいますか?」 服には全く頓着の無い翔愛だ。似合うと言われれば嬉しいけれど、似合わないと言われても気にする事は無い。けれど、翔愛の漆黒の髪は意外にどんな色でも栄え、珊瑚を始め周りの人を驚かせている。 「とっても良くお似合いです!さ、着付けが終わったら髪飾りですよ。そこに座ってくださいね」 繊細な形に仕上げられた服はふわふわと、身体に沿っているのに裾に向かって布が揺れ、やっぱり翔愛には不思議な服に仕上がった。珊瑚に言われた通り、鏡の前に座ればもう夕暮れになった部屋は赤く染まっていて、部屋の中も翔愛の衣装も赤く染めている。 「少し切られてしまった所に重点的に石をつけますね。大丈夫、綺麗になりますよ」 切られた髪は自分で衝動的に切ってしまった髪の毛。それは全体に比べれば少しだけれども、結構目立つのだ。勿体ないなんて思う事は無いけれど、少しだけ翔愛の表情が沈んでしまう。けれど珊瑚は何も言わず手早く作業を進め、何も気にする事は無いのだと、その態度で示してくれる。 ここ数日ですっかり翔愛の側に居る事が当たり前になった珊瑚はとても優しい人だ。ハキハキとして元気で声も大きい。初めこそ戸惑う事も多かったけれど、近くで話していればとても優しい人だと分かる。それは、この国で翔愛に関わる全ての人と同じだ。翔雅はもちろん、天丸も椛も、少し厳しいけれど倫斗だってそうだと思う。こんな色の翔愛を誰も嫌う事無く受け入れてくれる。それだけで、涙が滲みそうになる程嬉しくて未だにこの幸せを信じ切れないでいる。 けれどもう、婚儀は今夜にまで迫り、幸せはそのままに忙しく準備に追われているのだ。 そう。婚儀は今夜。日の光が完全に落ちた後、ゆっくりと始められる。星降る庭では準備が完了し、婚儀に参列する人々が待っている。けれど、羽胤国は王の婚儀も一般の婚儀とほぼ同列だ。王とは言え、その婚儀は国とは関係無い。地位を血の繋がりに求めるのではなく、実力と教育によって地位を成り立たせる羽胤ならではの仕来りだ。何も関係無く、ただ一人の人間として星降る庭で誓う。ただ一人を愛するのだと、星に誓う。これは世界中を見ても羽胤ただ一国の事だ。王の婚儀が一般とほぼ同列だと言うのは。それでも古来より羽胤の婚儀は皆同列で、式に参列するのも極僅かな人数だ。ただし、王の場合はその役職から少しだけ参列する人数も多いし、準備も時間がかかると言うだけだ。事実、今夜の婚儀に外国の重鎮は居ず、全てが国内の心からこの婚儀を祝う者だけに限られ開かれる。その後の宴会や、一晩を通して行われる婚儀の為、翌日は婚儀に関わる者全てに休息が与えられるから、その後、各国の重鎮が次々に馳せ参じるのだが。 色とりどりの小さな宝石が髪の毛につけられていく。細い紐で所々につけられる宝石はきらきらと輝いて鏡に映る。髪の毛は縛る事をせずに流し、その上で飾りを付けるのだそうだ。説明されながら次々に彩られ、これが漆黒の、嫌われた色だったのだろうかと思う程に翔愛の髪の毛が輝いていく。そうして、最後に短くなった一房にとても繊細な造りの銀色の飾りがつけられた。その飾りを付け終わって、珊瑚がくすくすと笑みを漏らす。 「そうそう。この飾りは翔愛様にプレゼントだそうです。短い髪の毛が伸びるまで気休めになれば、と難しい顔の人がぼそぼそ呟きながら私に押しつけていったものです。ああ見えてお人好しな上に生真面目な質ですから、今度見かけたら話しかけてみると良いですよ。面白いですから」 つらつらと話される内容に翔愛は首を傾げてしまう。今は飾りが沢山付いていて、首を傾げるとちょっと重たい。 「あの・・・?」 何の事だろう。鏡越しに珊瑚を見ればくすりと笑った後に今度は首や手に付けるアクセサリーを取り出した珊瑚がまたくすくすと笑い始めた。 「倫斗です。あれで気にしているんですよ。翔愛様に厳しくし過ぎてしまったとか、今回の騒ぎを心配してみたりとか。根はお人好しなのでこれからも宜しくお願い致しますね」 「倫斗さまが・・・」 意外な話を聞いてしまった。あの厳しい倫斗が珊瑚が言うにはそんな人だったなんて。そう言えば、翔愛の色を似合うと言ってくれたりもしたのだ。確かに厳しいし、最初は嫌われている節もあったけれど悪い人では無いのかもしれない。今度翔愛の前に訪れる事があったらお礼を言ってみようか。 「うれしい、です」 髪飾りはとても繊細な造りで手の込んだものだと翔愛にも分かる。そっと指先で触れれば冷たい金属の感触がした。 「そう言って貰えると嬉しいです。さあ、今度は首と手ですよ。もうちょっとで終わりますからね」 手早く翔愛の首と手首にも色々な飾りが付けられていく。少し重たいけれどしゃらしゃらと輝く飾りはあの足首にあった悲しい飾りとは違って翔愛を綺麗にする為のものだ。でも、翔愛も綺麗に飾られていくけれど翔雅はどうなのだろう。隣の部屋では天丸が翔雅の準備をしているはずだ。 「翔雅さまも、きれいになっているのですか?」 思ったことをそのままに声に出したら珊瑚がぷ、と吹き出した。 「翔雅様は飾られるのが好きでは無いですが、今頃は綺麗になっていると思いますよ」 そのままくすくすと耐えきれない様に笑い声を出しながら動く珊瑚にまた首を傾げてしまう。 翔愛は飾られても綺麗だとは思わないけれど、翔雅はとても綺麗になると思ったのだ。それもそのまま声に出していたのだろう、とうとう珊瑚が耐えきれずに笑い出してしまって翔愛を飾る手が止まってしまった。 「珊瑚さま?」 何でそんなに笑うのだろう。不思議に思うのに珊瑚は笑いっぱなしで止まらない。終いには苦しそうになってまで笑い続けて翔愛は心配になってしまう。手を伸ばして身体を丸めて笑っている珊瑚に触れれば、ようやく笑いを納めた珊瑚が目尻に涙を溜めてまた翔愛を飾る手を進めはじめた。 「申し訳ありません。私にとって綺麗なのは翔愛様で、翔雅様は綺麗と言うよりも格好良い部類にあるので、ちょっと想像したらおかしくなってしまったんですよ。ご心配かけてしまいましたね」 「かっこう、いい・・・翔雅さまは、格好良いのですね」 「ええ、そうですね。翔愛様はとても綺麗ですよ」 「僕が、きれい、ですか?」 聞き慣れない言葉だ。不思議に思うよりも早くテキパキと手を進めていた翔愛の飾り付けが終了した。 「ええ、とても綺麗だと思います。飾らなくても、普段の翔愛様でも、とても綺麗です」 座っている翔愛に視線を合わせた珊瑚が柔らかく微笑む。そんな珊瑚こそ綺麗だと思うのだけれども、それを声に出すより先に部屋の扉が開いた。 「翔愛、準備は終わったのか?」 翔雅だ。翔雅の衣装も翔愛の色と同じで、けれど違う。翔愛の衣装はふわふわしているけれど、翔雅の衣装は身体に沿ってぴたりと合う形になっていて、珊瑚の言った格好良いと言う言葉がぴったり似合う。 「おわりました。翔雅さまも、終わったのですか?」 「ああ。俺はもう少し前に終わっている。珊瑚の賑やかな声だけが隣まで響いていたぞ」 翔愛の元に歩み寄って背を屈めた翔雅が笑う。珊瑚も一緒に笑ってその後ろに天丸もいる。天丸もいつも見る衣装では無く、今日は淡い水色の衣装になっている。婚儀に参列するから制服では無いのだと教えてもらった。珊瑚も参列するからこれから違う服に着替えるのだと言う。 「綺麗になったな」 翔雅が翔愛を見て嬉しそうに言う。そう言う翔雅も綺麗だと思うのだけれども、先ほど珊瑚が沢山笑っていたので綺麗だと言うのは止めておいた。その代わり格好良いのだと伝えればとても嬉しそうに、そして、少しだけ恥ずかしそうに翔雅は微笑んでくれた。 「さて。そろそろ行くか。完全に日が沈むまではまだ待つだろうが、それも良いだろう」 翔愛の元に翔雅の手が差し出される。翔雅の手はいつも通り大きくて、その上に重ねられた翔愛の手がとても小さく見える。自然とお互いに握りあって、手を繋ぐ。 立ち上がって引かれるままに歩き出せば後ろから珊瑚と天丸が二人そろって深い深い礼をした。 「おめでとうございます」 一言、二人同時に、静かに囁かれた言葉が夕日も落ちかけた部屋に響いて柔らかく消える。 「二人とも、これからも翔愛を宜しく頼むぞ。それと、今日は無礼講だ。朝まで楽しめ」 翔雅が背中を向けたまま、翔愛の手を強く握った。翔愛も翔雅の手を握って後ろを振り向こうと思ったけれど、何故か振り向ける雰囲気では無かったので翔雅を見上げる。 「・・・翔雅、さま」 見上げた先の翔雅は少し視線を落としていた。薄暗くなってきたから分かりにくいけれど、その目元が光っていたと、翔愛には見えた。 「・・・行こう、星降る庭へ」 「はい。いっしょに、いきます」 繋がれた手が少し震えて、けれど進む足取りはしっかりと。進む先は城の外。星降る庭で、ただ一人の人間として誓いを立てる為、二人一緒に足を進める。 |
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