星降る庭で...68



王の部屋から応接間まではとても長い距離になる。それは翔愛にとっての長い距離であり、翔雅にとってはそれ程の距離では無い。けれど、まだ体調が優れないだろうと、翔雅は翔愛をひょいと片腕の上に抱き上げて運んでくれた。

「翔愛・・・」

そうして、部屋に入るなり目に入ったのは穏やかな表情ながらも何処か疲れた色を見せる覇玖だった。翔愛を見て僅かに表情を歪ませる。

「あにうえ、様」

そんな覇玖に翔愛はじっと視線をむけて、久々にちゃんと見る兄に小さく頭を下げた。

「翔雅様、翔愛様まで連れてきたのですか。まあとりあえずお座り下さい。今お茶をお持ちしますよ」

そんな微妙なやりとりに天丸が笑顔で入り込み、天丸の言葉を受けた珊瑚がお茶を入れに部屋を出た。入れ替わりに倫斗が入ってきて、さほど大きくは無い部屋が少し窮屈に感じられ、翔雅に抱えられたままの翔愛はソファに降ろされて、その隣に翔雅がどかりと座った。

「さて。お茶が届いたら始めましょうか」

あえて軽く言う天丸が微笑んで翔愛と覇玖を交互に見た。
覇玖はずっと翔愛を見ていて、翔愛は覇玖を見ている。何かを言いたそうにしている覇玖に対し、翔愛はただ久しぶりに見る、もう、きっと会う事は無いと思っていた覇玖を見るだけで精一杯だ。そんな二人に翔雅はほんの少し険しい表情を見せ、天丸は苦笑した。
やがて少しの時間を置いて珊瑚が人数分のお茶を持って部屋に入り、そうして、話が始まった。

「何からお話すれば良いのか・・・翔愛にとっては、辛い話になると思いますが、それでも良いですか?」

覇玖が少し苦しそうに翔愛を見て、けれど翔愛はしっかりと肯いた。自分の話を、ちゃんと聞きたい。翔雅のぬくもりを隣に感じながら翔愛はしっかりと覇玖を見る。

「そうですね・・・始まりは、母の間違いからでした」

静かに語られ始めたのは、愛綺国の暗い記憶だった。

闇の中に沈んだ、悲しい事件の事。
誰に罪があるのかと問えばそれは王妃に罪があり、その王妃の相手に罪があるのだと、本当は皆分かっていたのだ。
けれど、突然すぎる最悪の展開に誰もが事実を受け入れられず、何の罪も無い赤子に全てを押し付けたのだと、覇玖は語った。
表情こそ穏やかだが、時折、ほんの僅かに話しづらそうに視線を下げるその姿に、言葉に嘘は無い様に思えた。

「しかし私は解せません。何故そこまで分かっていたにも関わらず・・・」

苦い顔の天丸が思わず唸る。愛綺国と言えばこの世界の中でも広く知られる賢王の納める国だ。それがどうして。

「皆が臆病者だったからでしょう、ね。私も、父も、兄も。あの国に住まう全ての者が臆病で、悲しい事実を受け入れられずにあの子に八つ当たりをしたのです」
「しかし、それはあまりにも」

倫斗が険しい声を出す。覇玖の話はあまりに無責任に思えたからだ。

「分かっております。我々は罪人だ。償う事も出来ない、臆病な罪人だ」

苦し気に呟きを落とす覇玖に、しかし翔雅は何も言わず険しい表情のまま覇玖を睨み続け、翔愛は、震えそうになる身体を必死に押さえながら、無意識に翔雅の服を掴んでいた。

今まで想像も出来なかった翔愛の過去の話はあまりに辛く、闇の色に彩られていて、聞くのが辛い。
それでも翔愛の事なのだ。
翔愛が知らなければいけない事なのだ。
手が白くなるまで力を込めて翔雅の服を掴んで、ただただ覇玖の話を聞き続けた。

覇玖の話はまだ続いて、それは話と言うよりも、過去をつらつらと思い出しながら漏れる呟きの様でもあった。

幸せな家庭だった。
大きな国に良く見受けられる権力争いも無く、本当に、毎日が穏やかで、幸せだったのだ。
たった一度の間違いで全てが闇に沈んでしまったとしても、平和に、光に慣れすぎた人々は闇を受け入れられなかった。
理性は警告していた。何も知らぬ赤子に罪は無いと。
それでも、どうしても闇の記憶である色を受け継ぐ赤子を愛しいとは思えなかった。

憎くて、けれど憎むにはあまりにも純粋な存在に皆が罪人の枷を感じていた。

国王は気まぐれに翔愛の元に訪れ、せめてもの、それでも考え尽くしたのだろう、少ない物を与え、部屋の中に入る事は無かったが、苦悩の表情で夜中に部屋を訪れようとする兄の姿も何度も見掛けた。

そんな二人の姿に覇玖は憤りを感じながらも、それでも、どうしても翔愛の色を見る度、その違いに苦しんだ。

外には出せない。それは色の違いで明らかだった。
けれど、片方だけとは言え、血を繋いだ弟をどうして憎めようか。

覇玖だけは他の家族に比べ頻繁に翔愛の元を訪れて、あれこれと世話を焼いた。色の違いがあまりにもハッキリしすぎて、翔愛を見るたびに気持ちは沈んだけれど、それでも嫌うにはあまりにも純粋で、例え半分とは言え、血の繋がった、楽しみにしていた弟なのだと、どうしても翔愛の元を訪れずにはいられなかった。

けれど、それ以上の事は何も出来ず、ただ悪戯に月日は流れ、部屋に閉じ込められた子供が大人といわれる年齢になった頃、隠し続けた歪みは大きくなるばかりで、父も兄も疲れ果てていた。

誰に罪があると言うのだろう。もちろん、翔愛に罪が無いのは明白で、けれど認める事が出来ないばかりに皆、疲れ果てていった。ただ、楽になりたかった。

そして、翔愛にも幸せになってほしかった。

そんな思いが羽胤と言う世界でも一番名の知られる国に翔愛を嫁がせようとしたのだ。いや、別にどの国でも良かったのだ。翔愛を受け入れてくれるのであれば。
ただ丁度良く羽胤の大臣が愛綺を訪れ、まだ国王が未婚だと知ったから、覇玖は全力を挙げて羽胤に翔愛を嫁がせたのだ。それには父も兄にも協力を仰ぎ、生まれてから名前も付けられる事の無かった子供の名前を考える事から始まり、漆黒の色を愛綺が良く持つ金色に深い森の色にするべく暗躍した。

そうして、突然羽胤に嫁ぐ事になった翔愛の物語が始まったのだ。


随分と長い時間覇玖は一人呟いていた。
もう誰も何も言えず、闇の記憶を語り続ける覇玖に、翔愛だけが身体の震えを押さえる事が出来ず、大きな瞳からほろほろと涙を零しながら翔雅の腕に抱かれて話を聞き終えた。

声は上げず、けれど感じるのはどうしようもない憤りと悲しみ。覇玖の言葉に嘘があるとは思えず、話し終えた頃には誰もが無言で、ただ、覇玖を見る事しか出来なかった。

「馬鹿な事だと罵って下さい。結局、我々は罪を犯したまま逃げたのです」

その言葉を最後に覇玖の話は終わり、後に残ったのは重苦しい空気と、声も無く涙を零し続ける翔愛の姿だけだった。





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