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星降る庭で...67 |
| ゆっくりと日は昇り、どんな事があっても一日は同じく、誰にも等しく始まる。 寝台の上で沢山泣いて、大きな瞳を真っ赤に腫らしてしまった翔愛は翔雅に冷やしてもらったタオルを当てながらのんびりと、少し遅めの朝食を取っていた。もちろん側には翔雅も一緒だ。 天丸がいないからと、翔雅自ら朝食を運んでくれたのだ。王様なのに意外と腰の軽い翔雅だが、そんな事を翔愛が知るはずもない。全てが涙に流れてしまったかの様に本当の色のまま穏やかに食べる朝食は今までのどの食事よりも美味しく感じるから不思議だ。 「今日も気合の入ったデザートだな。翔愛、俺の分も食べるか?」 朝食は軽く暖めたパンと、暖かいスープにいくつかの野菜と果物。数種類のお茶と珈琲。そして、繊細な造りの甘く小さなデザートがひとつ。 「翔雅さまは食べないのですか?」 「俺はあまり甘い物は好きではないんだ。このデザートはお前の為に作られているんだろうな、きっと」 大きな図体に無骨な、けれど器用な指先をしている男を思い浮かべて翔雅は笑みを浮かべる。首を傾げる翔愛に何も言わず自分の分のデザートを翔愛の方に押しやった。 「おいしいですよ?」 翔愛にはとても美味しいものなのに。もうひとつ増えて嬉しいと言うよりも翔雅の分が減ってしまったと気にする翔愛は自分の分のパンを翔雅の皿の上に乗せようとしたのだが。 「お前はきっちり食え。少し太って大きくなれ」 すげなく返されたばかりか翔雅のパンまでもが翔愛の皿に足されてしまった。あまり多くは食べられない翔愛だ。どうしよう。困った顔でじいっと増えた食事を眺める翔愛に翔雅はくすりと笑って今は漆黒になった翔愛の髪をそっと撫でた。 手触りは一緒。さらりと零れる感触も、微かに匂う甘い香りも。ただ、その色が違うだけ。 短くなってしまった少しの束を摘んで指先に絡めれば翔愛の困った顔がそのまま、悲しみと困惑の色を乗せて翔雅を見上げてくる。瞳も、もう同じ色では無い。それでも、真っ直ぐに見つめてくる視線は同じ。今は森では無く、瞳の奥に夜の星空が浮かんで見える。 「気にする事は何も無い。何も、変わらぬだろう?」 敢えてそう言って、短くなった髪の先に唇を落とせば翔愛の頬がほんのりと赤くなる。 「さ、早く食べてしまえ。デザートが暖まる」 「・・・でも、これは翔雅さまの分です」 「俺は後でどうにでもなるんだ。さっさと、食え」 今度は翔雅がじいっと翔愛を見下ろしてくる。そんなに沢山食べても急に大きくなる訳では無いけれど、それでも翔雅は翔愛の食事に足したデザートとパンを引き取ってはくれない。 しぶしぶと、美味しいけれど沢山で、やっぱり困ってしまう翔愛はもくもくと小さな口に暖かいパンを運ぶ。そんな翔愛を見下ろしながら翔雅も珈琲を口に含んで、丁度視線を上げた先に足音高く部屋に入る倫斗を見つけた。 「翔雅様、翔愛様、食事中に失礼しま・・・」 颯爽と現れた倫斗が仲良くソファに座る二人を見て、いや、色の戻った翔愛を見てぴたりと止まる。倫斗は翔愛の色が戻った事は知っていたが実際に見るのは初めてだ。思わず、その色のあまりの違いに立ち止まって、じいっと翔愛を眺めてしまった。 そんな倫斗に小さく俯いて身を固める翔愛に翔雅はしかめっ面を倫斗に向けて翔愛の小さな身体を抱き寄せる。確かに翔愛の色の違いは明らかで、全く違う色になってしまった。だからと言ってじろじろ見るのは失礼だと翔雅は倫斗を睨みつける。 「あ、失礼しました・・・」 そんな翔雅の鋭い視線にようやく我に返った倫斗が頭を下げて非礼を詫びる。そうして、俯いたままの翔愛に向かって小さく笑みを浮かべた。 「あまりこう言う事を言うのは得意では無いのですが・・・不思議ですね、金の色より漆黒の方が貴方には似合うと思います」 それは倫斗の率直な感想だ。確かにあまり好きでは無い人だが、こうして見ると不思議と翔雅と同じ色より、元に戻った漆黒の方が似合うと思ったのだ。 「・・・そうか。似合うか」 そんな倫斗の言葉に翔雅は低く笑って抱き寄せた翔愛を少し揺さぶって視線を上げさせる。 おずおずと視線を上げた翔愛に倫斗はこれまで見せた事の無い様な柔らかい笑みを浮かべた。そうして、倫斗は二人を見据えながら正面の椅子に軽く腰掛ける。 「本当は、翔雅様にだけお知らせしようと思ったのですが、翔愛様にも知る権利はありますよね」 それは今応接間で控えている覇玖の事だ。 「まだ詳しい話は聞いておりません。どうなさいますか?お二人で一緒に聞きますか?」 「それは・・・」 翔雅の表情が曇る。きっと、翔愛には辛い話になるだろう事は容易に分かるからだ。 愛綺国の暗い罪の話。翔愛が生まれた事で始まった悲しみの記憶。それを何の罪も無い翔愛に聞かせても良いのだろか。けれど、誰よりも翔愛には聞く権利がある。何も知らない己の事を、翔愛には聞く権利があるのだ。 「無理にとは言いません。翔雅様だけでもよろしいですし、無理はなさらないで下さい」 柔らかな表情で倫斗が翔愛を見る。何だかこんなに倫斗に心配してもらえるのがちょっと不思議な気持ちだ。翔愛にとって、倫斗と言う人はとても厳しくて翔愛の事をあまり好きでは無い人だったのに。そう思いながらじっと倫斗を見てしまったからだろうか。翔愛の言いたい事に思い当たった倫斗が翔愛を見つめながら苦笑した。 「ちょっと、反省中なのです。・・・大人気無かったのは自覚しておりますし、珊瑚にはみっちり叱られまして」 珊瑚は倫斗の妹だが、翔愛との面識はまだとても少ない人だ。それなのに珊瑚に叱られたのだろうか。分からなくて首を傾げる翔愛に翔雅が笑った。 「だろうな。珊瑚ならば叱るだろう。それより、翔愛、どうする?倫斗の言う通り無理はしない方が良い。直接話を聞くのが辛いのならば後で説明する」 「ぼくは・・・」 覇玖の話は翔愛の事。どうしてずっとあの狭くて薄暗い部屋に居たのか。その事がちゃんと分かるのだ。けれど、きっと良い話ではないのだろう。翔愛にだってそれくらいは分かっているし、翔愛の色が決して受け入れられるものでは無かった事も、翔愛は知っている。けれど。 「聞きたいです。あにうえ様から、聞きたい、です」 久しぶりに会った覇玖の、あの辛そうな表情が忘れられない。何時でも優しくて、そして、ちょっと困った表情をする兄だった。そうさせていたのは翔愛だったのだろうけれど、ちゃんと、話を聞きたい。それが、どんな話だろうとも。 翔雅を見上げてしっかりと頷く翔愛に、翔雅は苦い笑みを浮かべて翔愛の頭をくしゃりと撫でてくれた。 |
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