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星降る庭で...66 |
| 重い沈黙の中、静かに覇玖は天丸に付き添われて部屋を出た。まだ話してもらうべき事が山の様にあるからだ。恐らく、その席には魔道師として珊瑚も付き添う事になるだろう。これは国と国との決まり事と言うよりも、世界の中で、国を超えて守られるべき魔導と言う世界の話で、正直に言ってしまえば翔雅も羽胤国も輪の外にいるべき話になるだろう。しかし、禁止されている呪いを使用した愛綺国にはこれから幾つかの制裁が待っているだろう事は誰にでも分かる。それは、呪を使用した愛綺国も覚悟の上だったのだろう。 けれど、今の翔雅にはどうでも良い事で。 今思うのはただ真っ青な顔で眠る翔愛が早く目覚めれば良いのにと言う事だけだ。 早く、目を覚ませば良い。 そうして、話をしたい。 怒っても嫌ってもいないのだと、言ってやりたい。 今まで苦しかったのだろう。思い出せば翔愛の苦しみが所々に出ていた様に思う。何より、今朝方、翔愛から発せられた悲鳴にも似た声は、ひょっとしたら全てを伝えようとしていた声では無かったのだろうか。済んだ事を悔やんでも仕方が無いが、あまりにも唐突に、けれど衝撃と共に表れた真実は、翔雅にとってはただ心が痛むものでしかなかった。 眠る翔愛の髪をそっと梳く。今は漆黒に変わり、いや、戻り、少々切ってしまった箇所を摘んで、口付けた。 漆黒と言う色はこの世界では滅多に見られない色だ。 色素の薄い人種が多数を占める中、この色で生まれてしまった翔愛はただ生まれただけで苦しみの連続だったのだろう事が容易に分かる。 翔雅も漆黒の色を見るのは初めてだ。けれど、それが翔愛だと思うと不思議と鮮やかな漆黒が酷く美しく見える。 同じ色の苦しみが無意識の内に軽くなったのも、自覚している。それを情けないと思いながらも、やはり、色の変わった翔愛を嫌う事は出来なかった。 何時だって真っすぐに見上げてきた綺麗な瞳の色が変わろうとも、風に流れる髪の色が変わろうとも、翔愛は、翔愛なのに。どうしたら嫌う事が出来るのか。いや、同じ色で嫌悪した気持ちを乗り越えた今、翔雅にとって色の違いはさほど大きくは無かった。 ただ、早く翔愛が目を覚ましてくれれば良い。そう思うだけ。 そうやってつらつらと翔愛の事を想いながら寝台の側で過ごし、少しの時間が経った後、ふる、と翔愛の瞼が動いて、ゆっくりと目を覚ました。 その大きな瞳も翔雅と同じ色では無く、髪と同じ漆黒の瞳だった。森の色では無い瞳はまるで夜の星々の輝きがある様に見える。 「おはよう、翔愛。何処か痛む所は無いか?」 優しい微笑みと共に大きな手が翔愛の頬をくすぐった。その感触にぱちりと目を開けた翔愛はぼうっと翔雅を見つめて、くすぐったそうに微かに首をふった。まだ目覚め切っていないのだろう。何処かぼけた様子に翔雅の表情が自然と柔らかくなる。 けれど、それも少しの間。だって翔雅の瞳に映る翔愛は、あのニセモノの色では無くて、嫌われ続けた本当の色になっていたのだから。 「あ・・・」 そうだ。覇玖が来たのだ。そうして、翔愛に何かを呟いて、翔愛は気を失って、そうして。 元に、戻ってしまったのだ。 まだ全てを見てはいないけれど、翔愛には分かってしまった。だって、翔雅の瞳に移る翔愛は、もう翔雅と同じ色では無くて、暗く沈んだ色で。何より、今まで足首にあった痛みも怠さも全く、無くなっているのだから。 あっという間に顔色を変えて震えだす翔愛に、けれど翔雅は優しく微笑んだまま震える翔愛を抱き起こして、自ら寝台の上にあがりすっぽりと震える翔愛を抱き込んでしまった。 「大丈夫だ。お前が恐れる事は何も無い」 そうして、優しい言葉が囁かれる。けれど翔愛には突然訪れた、懐かしくもある本物の色に戸惑いを隠せない。既に視界の端に見える色は綺麗な金色では無く、夜の漆黒なのだから。 「しゅ、翔雅、さま」 何か言わなければいけない。けれど、何を言ったら良いか分からない。 震えながらぎゅっと翔雅の服を掴む翔愛に翔雅は優しく身体を揺らして翔愛が落ち着くのを待つ。ゆらゆらと抱きしめられながら身体が揺れて、不思議と安心できて、かたかたと震えていた身体が緩んだ頃、ようやく言葉が見つかったのか、翔愛がおずおずと翔雅の腕の中で呟いた。 「僕を、嫌わないのですか?」 「何を嫌うんだ?」 けれど翔雅から即答されたのは、翔愛を嫌う言葉では無かった。 それに驚きながらも翔愛の言葉は止まらない。 「だって、色がちがうのに」 そう。違うのだ。 今の翔愛は本物の色だけれども、ずっと翔雅をニセモノの色で騙していて、傷つけていたのに。それなのに、翔雅は何処までも優しく告げてくれる。 「色は違っても翔愛は翔愛だろ?」 「でも、違います。僕の色は汚い色です」 ずっと、嫌われていたのだ。この色は。 真っ黒で、闇の色で、覇玖とも国王とも違う色で。ずっと、ずっと嫌われていたのだ。 はっきりと汚い色なのだと告げる翔愛に翔雅は翔愛を抱きしめながら耳元に囁く。 「そんな事はない。とても綺麗な色をしている。この色が、原因だったのか?」 「・・・・はい」 たぶん、そうなのだろう。あの薄暗い狭い部屋に一人で居たのも。皆と色が違うから。 翔愛には詳しい事情は何も知らされていないから、少ない基準で判断するしか無くて、そうすると、どうしてもこの色になってしまう。それが何故だかなんて翔愛には分からない。ただ、ずっと嫌われていた事だけが翔愛の中にある事実なのだから。 けれど、そんな翔愛に翔雅は怒る事もせず、ただ優しく抱きしめてくれている。 どうして怒らないのだろう。騙していたのに、どうしてこんなに優しいのだろうと翔愛は不思議に思いながらも、それでも翔雅の腕の中から出たく無くて、それだけは聞けないでいる。 そんな翔愛に翔雅は微笑みながら小さな口付けを落とした。 「色でお前を好きになった訳では無い」 静かな囁きはするりと翔愛の唇に落ちた。 きょとんと大きな瞳を見開く翔愛に翔雅は柔らかく森の色の瞳を細めた。 「色より、その色を出す中身の、つまりは翔愛、お前を綺麗だと思い、好きだと言ったんだ」 「翔雅さま・・・?」 何を言っているんだろう。優しい顔の翔雅が酷く遠くに見える。抱きしめられているのに、とても遠い所に翔雅がいるみたいで。 首を傾げて全く理解出来ない翔愛に翔雅は翔愛を抱き寄せながら、囁きを続けた。 「そう言えばまだ言ってなかったな。翔愛、愛しているよ。お前の色では無い、お前そのものを愛している。と、まあ、まだ断言できる程では無いんだが、それでも、嫌だとは思わない。・・・有り体な言葉ですまないが」 翔愛には信じられない、聞いたことも無い言葉達。 それが次々と翔雅から零れて落ちて、大きな瞳を零しそうな程に瞳を見開く翔愛に翔雅は重ねて囁いた。 「好きだよ、翔愛」 とても、とても優しくて、翔愛の中に自然と染み込む不思議な言葉。 意味は、知っている。けれど、理解は出来ない言葉だった。 ずっと、ずっと嫌われていた翔愛には一番遠い言葉で、もちろん、誰かに言われたことも無い、とおい、とおい所の言葉。それなのに、翔雅に告げられた言葉はするりと翔愛の中に染み込んで。 それから。 唐突に翔愛の中で何かが壊れた。じわ、と熱くなった瞳からぼろぼろと涙が零れて、鼻の辺りがつーん、と痛くなって。 「・・・っ、う・・・ふぇ」 悲しくも無いのに、どうしようもなく心が痛くて苦しくて、でも嬉しくて。 突然しゃくりあげながら泣き出した翔愛に、それでも翔雅は優しい顔のまま、そっと翔愛を腕の中に囲ってくれた。 |
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