星降る庭で...65



「何をしているんだ、翔愛」

翔雅が怒っている。とても怖い顔で怒っている。
やっぱり、翔愛がニセモノだって分かったから怒っているのだろうか。でも、どうしてこんなに突然、翔雅が翔愛の前に居るのだろうか。

「翔愛、答えろ!」

大きな声。何を言っているんだろう。分からなくて首を傾げれば切りそこなった髪の毛がさらりと揺れて、そこでようやく翔愛は思い出した。剃刀で髪の毛の少しを切ってしまった事。だから翔愛は思っていた事を素直に声に出す。

「だって、いらないんです」

ぽつりと零れた言葉に翔雅の眉間に皺が寄る。まっすぐに翔雅を見上げて、けれど翔愛の瞳には何も映ってはいない。

「こんな色、いらないんです。僕のじゃないんです。でも、僕の色もいらないんです・・・何も、いらないんです」
「何を、言っているんだ?」

翔雅には分からない事ばかりだ。からっぽの大きな瞳は涙を浮かべて何度か瞬きをする。

「ごめんなさい。翔雅さま。僕は、だって、いらないんです・・・ちがうの、ちがうんです」

ぽつぽつと平坦な声に要点の無い言葉。翔雅は怖い顔で翔愛を睨んで、翔愛は大きな瞳からぽろりと涙を零してただ翔雅を見上げて、かたかたと震え出した。

何を言っているんだろうか。剃刀なんて持って思いつめた表情で。分からない翔雅が涙を零す翔愛をせめて抱きしめようとした時、ようやく翔雅の目にも切り取られた長い一房が目に入る。
髪を、切ろうとしていたのか?しかし何故。
翔雅には分からない。けれど、翔愛以外に分かる者が一人。この部屋に辿り着いていた。

「・・・翔愛」

柔らかな声は翔雅と天丸に案内されてきた覇玖のものだった。

「あにうえ、さま?」

随分と久しぶりに聞いた声に翔愛はきょとんと首を傾げる。翔雅に手を捕まれたまま視線を動かせば、やっぱり覇玖の姿があって。

「どう、して?」

どうして、居るのだろう。・・・いや、覇玖が居るのは当然なのだ。だって、覇玖は呼ばれたのだから。

「あ・・・」

だから、翔愛がウソツキだと言うのはもう皆に分かっている事で。翔雅だって、翔愛がウソツキだから怖い顔をしていて。

「や・・・いや・・・あ、あ・・・」

声にならない。言葉にならない。
ふるふると首を降る翔愛に覇玖は柔らかく微笑むとゆっくりと翔愛の前に来た。

「辛かったね。もう、大丈夫、だよ」

いつも見ていた微笑。覇玖の微笑みは変わらなくて、柔らかいのに何処か苦しそうで。ああ、兄上様の微笑みだと無意識に受け入れた翔愛の前に覇玖が膝をついて、頭を撫でてくれた。

「翔雅様、どうか、この子を嫌わないで下さい。私が言えた事ではありませんが、どうか、この子を、頼みます」

そうして、覇玖は翔雅を見上げて苦しそうに苦笑した。

「貴方に言われる事では無い」

それに返答する翔雅の声が何処か硬くて、でも翔愛には覇玖が何をしようとしているか、分かってしまった。
翔愛を、元に戻してしまうのだ。

「あにうえ様・・・僕は、ぼくは」

ニセモノの色が本物になって、翔愛は翔雅に嫌われる。何より、そんな事をしたら覇玖はどうなってしまうのか。思わず目の前に居る覇玖の服をぎゅっと掴めば覇玖は微笑みながら翔愛の頬に手をあてて、それから、足首に手をあてた。
あの足首のわっかが取れるのだ。覇玖は翔愛からニセモノの色を無くして本物の色にするのだ。

「契約を解除する。我の言葉は無効になり約束は白へ。我が咎を許したまえ。許されざる罪と共に我が咎を白へ。全てを無垢へ」

覇玖の朗々とした声が響いて、足首に触れた指先から翔愛には分からない力が入ってきた。
それは、とても痛くて、辛くて、悲鳴を上げるより早く翔愛の全てを攫ってしまって。

「・・・・・ぁっ」

声にならない悲鳴を上げて、翔愛の意識は闇に沈んでしまった。


残ったのは、ニセモノではない、本当の、翔愛の姿。
力を失って倒れる翔愛を抱えたのは、翔愛に触れていた翔雅だった。

慌てて手を差し伸べて、落ちてきたのは酷く小さく感じる身体。
けれど、落ちてきた翔愛はもう見慣れた色の翔愛では無かった。

腕の中で、真っ青な顔で気を失う子供は、ニセモノでは無い、本当の色の翔愛。
くたりと力なく翔雅の腕の中で、翔雅は初めて見る色に目を奪われる。
漆黒、と言って良いのだろう。翔雅と同じ色からは程遠い強烈な色が目の前に、腕の中に居る。

「これが・・・理由だった、のか」

掠れた声で覇玖を睨めば、もう表情を作る気が無いのか。辛そうに表情を歪めた覇玖が視線を伏せて、頷いた。

「そうです。この子は父親が違うんです。だから、色を変えて貴方に差し上げたのです」

それが答え。あまりにも簡単で、けれど馬鹿らしくて、悲しい答えに翔雅は気を失う翔愛の額にそっと唇を寄せた。

「・・・馬鹿だな。色が違うくらいで・・・嫌う訳が無いのに」

思いもしなかった真実に翔雅の心が痛む。こんな単純な事実が今まで翔愛を苦しめていたのか。けれど、単純だからこそ、苦しまなければならなかったのか。
力を入れて抱きしめた翔雅に、立ち上がった覇玖が深々と頭を下げた。

「申し訳、ありませんでした」

それは、苦渋を滲ませた謝罪の声。
けれど、その言葉は誰に向けられたものなのか、翔雅にだけ向けられたものでは無い様に聞こえたが、翔愛を抱きしめたまま翔雅は何も言わず無言で寝室へと向かった。





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