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星降る庭で...64 |
| 指先が震えて止まらない。翔愛一人を残して去ってしまった翔雅と天丸。今頃、覇玖と会っているのだろうか。翔愛の事を話しているのだろうか。翔愛がウソツキだって分かってしまったのだろうか。覇玖は、あにうえ様は、全部話してしまうのだろうか。 もう二人が居なくなって結構な時間が経ってしまった。 翔愛は一人、まだ寝巻きのまま、それでも暢気に寝台に転がっている事も出来なくて、一人では大きく感じるリビングの、お気に入りの場所にちんまりと座っている。 大きな窓から見えるのはもうすっかり見慣れた羽胤の空と海。ざあざあと海の音を聴きながら窓硝子に指をあてて、翔愛は俯く。 大好きな空も海も、見ていられない。朝日が昼の光に変わり始めた今はとても綺麗な時間帯だけれども、どうしても、空や海を見上げてはいられないのだ。 だって、覇玖が来たのだと言っていた。翔雅は覇玖と会う為に翔愛を置いて部屋を出て行った。今頃、どうしているのだろう。翔雅は、覇玖と話して翔愛の事を全て知ってしまったのだろうか。 翔愛は自分の痛みを全く気にしてはいない。痛いのは当たり前。翔愛は嘘を吐いてしまったのだから、当たり前の事なのだ。それよりも、翔愛がニセモノだと分かってしまうのが、辛い。本当は、辛い、だなんて思う資格は無いのだけれども、翔雅に嫌われてしまったら、とても、悲しい。 そう、翔愛はニセモノで、本当はこんな綺麗な色じゃない。真っ黒で、汚くて、誰にも認めてもらえない色なのに。そんな色なのに、翔雅の側に居たから神様が怒って翔愛に痛みを与えたのだ。 きっと、もう直ぐ翔雅が来てしまう。翔愛がウソツキだって知った上で、翔愛を嫌う為に、部屋に戻ってきてしまう。 「ぼくは、にせもの・・・」 ぽつりと。呟いた。何処からか入った風が少しだけ翔愛の長い髪を揺らして、それが目に入る。きらきらと輝く綺麗な色。本当の翔愛には無い、色。 ふらりと立ち上がった翔愛は片足を少しだけ引きずりながら洗面所へと足を運んだ。 ここには大きな鏡があるのだ。いつも翔雅や天丸が翔愛の髪を梳いてくれた所。長い髪はいつも綺麗と言われて、大切そうに梳かれて、くすぐったくて、申し訳ない気持ちになっていて。 「要らないのに・・・こんな色、要らなかったのに・・・」 でも、鏡に映る翔愛は、ニセモノの色を通り越して本物の色しか見えていなかった。確かに今はきらきらと輝く色だけれども、本当は、違うのだ。ずっと、ずっと長い間、あの薄暗い部屋で、鏡なんてもちろん無かったけれど、自分で自分の色くらい、伸びた髪の毛が教えてくれた。 「翔雅さま・・・ごめんなさい・・・僕がニセモノでごめんなさい」 目を伏せて鏡から目をそらす。すると、何時もは何も無い場所にきらりと光るものが見えた。それは、慌てて身支度をした翔雅の忘れ物。手に届く所に、目に映る所にある怪しい光が翔愛を誘う。あれが何に使われるのか翔愛は知っている。あれは、翔雅が髭を剃るのに使うもので、何でも良く切れるから、危ないから触っちゃ駄目だと言われていたもの。 そう、何でも良く切れる、もの。 きっと、切ってしまっても何も変わらないけれど、少なくとも目に入る場所にニセモノの色も本物の色も無くなってくれる。 あれがあれば切ってしまえる。今、手にあるのはニセモノの光。これが無くなれば翔雅はどうするのだろうか。翔愛を嫌うのだろうか。あの最初の頃の怖い翔雅に戻ってしまうのだろうか。 ・・・また、翔雅を傷つけてしまうのだろうか。 初めは同じ色で翔雅を傷つけて、今は本当の色で傷つけて。翔愛は、翔雅を傷つける事しか出来ないのだろうか。 「翔雅さま・・・」 手に取った髪の毛は翔雅と同じ色。とても綺麗できらきら輝いている、素敵な色。ニセモノだけど、翔雅と同じ色に、だからこそ、ニセモノの色に翔雅を思い出してしまう。 けれど、もう、翔愛の手は止まらない。考えは全く纏まらなくて真っ白で、震える手が剃刀を持ってニセモノの色にあててしまう。 さく、と微かな音がしてはらりと長い髪の一房が落ちてしまった。はらはらと落ちる色は、切っても尚ニセモノの色。それを見て、何故だかとても悲しくなってしまった。 どうして、こんな色になってしまったんだろう。 ほろりと、大きな瞳から涙が零れ落ちた。その時。 「翔愛!何をしている!」 とても大きな怒鳴り声。そうして、翔愛の手からあっという間に剃刀が無くなって、変わりに翔雅の大きな手が翔愛の手を握り締めていた。 「翔雅、さま?」 どうして翔雅の手があるんだろう。びっくりして視線を上にあげれば、そこには怖い顔をした翔雅が翔愛を睨み下ろしていた。 |
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