星降る庭で...63



通常、国外からの客を迎え入れる時に使われるのは謁見の間だ。
しかし覇玖は客とは言え、表立って歓迎する客では無いし、何より事情を考えれば歓迎したくとも出来ない。よって、覇玖を通した部屋は城の中にある客間のひとつだった。

基本的に羽胤の城は白を基調とし、真紅の飾りと色で造られている。もちろん客間も例外では無く、さほどの広さは無いものの、白を基調とし、真紅の絨毯やソファ、テーブルが置かれ、その美しさを誇っている。

そんな部屋の中。状況を考えると恐ろしい程に穏やかな表情をした覇玖は、朝早くだと言うのに疲れた様子も見せず、使者として送った倫斗と珊瑚に挟まれてゆったりとソファに座っていた。
微妙に緊張している空気の中、客間に急ぎ入った翔雅と天丸に覇玖は立ち上がって軽い礼をした。それを止めて翔雅が覇玖の正面に立つ。

「急がせてすまなかったな」

その言葉は珊瑚に向けた翔雅の言葉だ。
王として、そして、何より翔愛の事情を知っているだろう覇玖の前で出す言葉では無いのだが、それでも尋常では無い程に急がせた礼をする。それが翔雅と言う王だ。
そのまま覇玖の正面に位置するソファに腰掛け、覇玖にも促す。天丸は翔雅の側に立ち、倫斗だけが静かに部屋を出た。

「さて。愛綺国の覇玖殿だな。急ぎ来訪感謝する」
「いいえ。羽胤の船を出して頂きありがとうございました」

覇玖は何処までも穏やかな笑顔だ。翔雅の厳しい表情に反してそれはとても目立つ。羽胤の王と言えば世界でも頂上に位置する王であるにも関わらず覇玖からは何の気負いも見えず、だからこそなのか、翔愛に関する心配の色も全く無かった。

「率直に伺う。翔愛に掛かっている言葉の約束を解く言葉を知っているか?」

覇玖の内面の見えない表情に、けれど翔雅は焦る事無く、王としての威厳を見せながらゆったりと覇玖に問う。答えなければこの国から出られないだろうと思わせる程に翔雅から感じる気配は物騒で、けれど表面上は厳しい表情ながらもゆったりと構えている。そんな翔雅に覇玖は穏やかな表情のまま、座ったままで小さく礼をした。

「呼んで頂いてありがとうございます。私が呼ばれたと言う事は、あの子は・・・翔愛は、翔雅様と仲良く過ごしているのでしょうか?」

礼をしたまま、視線を下げたままの覇玖の言葉に翔雅の眉がぴくりと動いた。

「それはどう言う意味だ?」
「お好きに、受け取って頂いて構いません」

俯いた視線を上げた覇玖は穏やかな表情のままだった。何の変化も見受けられず、しかし、事は急ぎたい。翔雅は一度天丸を見上げ、それから視線を覇玖に戻す。

「仲の良さは貴方には関係ないだろう。聞きたいのは言葉の約束が解けるかどうか、それだけだ」

そう。それ以外には用は無い。
しかし聞きたい事は沢山ある。何故翔愛が幽閉されていたのか。何を理由にあんな純粋な子供を閉じ込めていたのか。何故、羽胤に翔愛が来る事になったのか。どうして、あんな制約を受けなければならなかったのか。
翔愛に関する全てを問いただしたい。しかし、最も優先されるべきは翔愛の足首に嵌ったあの忌まわしい輪っかを取る事が出来るかどうか。
だから翔雅はその内に怒りを押し隠して静かに覇玖を見る。すると、意外な程あっさりと、微笑みすら浮かべて覇玖は頷いたのだ。

「私は、その為に来ました」

全く崩れる事の無い穏やかな笑み。あまりにも動きの無さ過ぎるその笑みに翔雅は目を細める。本当ならば、これで全てが解決するはずだ。しかし覇玖の笑みからは何も伺う事が出来ない。それが、少し嫌に思う。

「それならば・・・そうだな。部屋に案内する。天丸、倫斗を呼び戻せ。これから部屋に行く」

部屋とはもちろん翔愛が一人で待っているだろう、翔雅の部屋の事だ。
翔愛には誰か呼びにやると言ったが、それより直接行ってしまった方が良い様に思えたのだ。いや、正しくは翔愛をこの場に呼び寄せるよりあの部屋の方が万が一の時に対応しやすい。

「翔雅様、それは」

けれど天丸は眉間に皺を寄せる。何せ翔雅の部屋は王の部屋でもあり、この国で最も秘密にされるべき場所なのだ。それに気軽、と言う訳でも無いが案内するとは何事かと天丸は眉を顰める。

「構わん。事は急を要する。それに、あの道が破られる事は無いだろう?」

翔雅の部屋に行くまでにま長い迷路を抜けなければいけない。その道は少しの間で変わり、その道の全てを記憶しているのは翔雅と天丸のみ。
警備の都合上、その都度道のりは公開されてはいるが、有事の際には天丸と翔雅の一存で道を変える事が出来るのだ。そんな迷路を挟んだ先に翔雅の部屋はある。ここで覇玖に道のりを覚えられても問題は無い。

「それはそうですが・・・分かりました。ご案内します。覇玖様、一緒にお出で下さい」

だから天丸も少しだけ考える仕草をして直ぐに同意の意を示し、覇玖を誘って部屋を出ようとしたのだが、ここで初めて何も発言せずに居た珊瑚が声を出した。

「天丸殿、私もご一緒した方がよろしいでしょうか」
「いえ、珊瑚殿は後の事を頼みます」
「了解しました」

魔道師と言う事もあり同席していた彼女だが、本来の役目は雑務係。これ以上共に居ても良いのだろうかと声を書ければ案の定、笑顔で断られる。
いくら魔道に関する事とは言え、この城の内で覇玖は何も出来ないだろう。
あの優しげな笑顔の、外見だけを見るなら優し気で美しい天丸の恐ろしさを珊瑚はとても良く知っている。

綺麗な微笑みにしか見えない天丸の笑顔の種類を判別出来るのは昔、同じ時を過ごした幼馴染だけ。その彼女から見た今の天丸は、笑顔の裏に決して外には出さない頼りがいのある表情がはっきりと見えるのだ。

だから、きっとこれで終わる。頼りがいのある王、翔雅と、その相棒である天丸が居れば何も悪い事は無い。そう思った珊瑚は特に言葉を募る訳でも無く軽やかに礼をすると天丸達を見送った。
もちろん、事が終わった後に聞きたい事は沢山あるけれど、今はただ、早く翔愛の心配事が無くなれば良いと、まだほんの少ししか会っていない、小さくて可愛らしい、これから沢山楽しい話をしたいと思っている翔雅の愛しい人に想いを馳せた。





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