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星降る庭で...60 |
| さらさらと流れる潮の夜風は柔らかく2人の間をすり抜けていく。 翔雅の腕の中で暖かい毛布にすっぽりと収まったまま聞く過去の話は翔愛にとっては初めて聞く事ばかりで、ずっと狭くて薄暗い部屋の中に居た翔愛には想像も出来ない話ばかりだった。 「天丸、雷吾、それに倫斗や珊瑚、まあ城の奴らとは幼馴染みや元からの友人や知り合いばかりでな。昔は良く悪さばかりして怒られていた。天丸は、あれで小さい頃は悪戯坊主だったし、雷吾は年が上だから兄みたいな物だったな。倫斗と珊瑚は仲の良い兄弟で、でも珊瑚の方が強くていつも倫斗が虐められていたな」 楽しそうに、けれど何かを惜しむ様に語られる翔雅の小さな頃の話。 王に成るべく生まれた訳では無い。けれど王に成るべく選ばれたのはまだ幼い頃だったのだと苦い笑みを浮かべた翔雅は、それでも王になる直前まで城下町で暮らし、沢山の人々と共に過ごした。 そんな翔雅の話は翔愛に初めて聞く話ばかりで、とても面白いものだった。と言ってもずっと幽閉されていた翔愛には面白くても全く理解出来ない話ばかりだったが、それでも声の様子や表情で楽しかったのだな、と分かるくらいに翔雅は穏やかに過去を話してくれた。 そうして、沢山の子供時代の話を聞いた後、少しだけ沈黙があって、翔雅が王になる直前の話しもしてくれた。 それは、未だに翔雅の中に残る生々しい傷跡の事。とても幸せで、とても悲しい恋の話。 「愛した人が、居た」 傷跡を抑えて、それでも聞いて欲しいのだと翔雅は苦笑した。 「花梨、と言う名の幼馴染みで、俺が結婚して欲しいと言って、婚儀の日取りまで決まっていた」 静かに語られるのは過去の話。当たり前だが過去の話は過ぎ去った日の話。けれど、翔雅の苦しそうな表情は過ぎ去ってしまったにはあまりにも苦しそうで思わず翔愛は手を伸ばして翔雅の頬にあててしまう。そんな翔愛の小さな手を握ってくれた翔雅は、そのまま、翔愛の手を握ったままで話を進めた。 「とても強くて優しい人だった。俺と同じ色を持っていてすれ違う人々には姉弟の様だと言われて良く笑われていたんだ。彼女は俺の全てで、近くで見る同じ色の輝きがとても、好きだった」 翔雅と同じ色。翔愛は目を見張る。それは、今の翔愛に与えられたニセモノの色でもあるのだから。そんな翔愛に翔雅は何も言うなと目配せして、また、話は進む。 「俺がこの国の王になる直前にプロポーズを受け入れてもらって、王になって直ぐにでも結婚するつもりだったが、花梨は王宮へ入ると同時に病に倒れてしまってな・・・俺が王になっても病は治る様子も無かった」 今でもまだ鮮明に思い出せるあの悲しみの日々。翔雅の中には今も花梨の悲しい姿がある。 今は翔愛と眠っている寝台にはいつも花梨一人が眠っていた。起きる事は滅多に無く、希に調子の良い日でも外に行ける程の気力は無く、ただ王の私室の中だけで暮らした愛しい人。 強い人だった。どんなに身体の調子が悪くとも愚痴の一つも零さずに、ただ微笑みながら翔雅の側に居て翔雅を支えてくれた。けれど、それも短い期間でしか無かった。あっと言う間に様態は悪化の一途を辿り、王としての責務を放り出したくとも息をするのも辛い花梨に宥められ日々を忙しく過ごし。 「最後は、目を覚まさぬ日々が続いた。白い顔で安らかに眠り続けて、俺が王になって一年経った頃だったか、花梨は最後の瞬間にだけ目を覚まして微笑みながら、亡くなった。その内に俺の子供を宿したまま、眠る様に・・・居なくなってしまった」 静かに静かに、傷を晒しながら喋り終えた翔雅の瞳から、ほろりと何かが零れて翔愛の頬に落ちた。それは、初めて見る翔雅の涙。一粒だけ、微笑みながらこぼれ落ちた涙に一番驚いたのは翔雅自身だった。 花梨を失って絶望した日から一度も翔雅は泣いた事が無い。王の責務に追われ絶望は深くなるばかりで一時は天丸でさえ近づけようとしなかった翔雅に泣く余裕は無かった。いや、泣けなかったのかもしれない。あれから随分な月日が経った今でも尚、翔雅の傷は深く誰にも触れぬ物だったのに。 「翔雅さま・・・」 小さな呟きと共に翔雅を見上げている翔愛の、大きな瞳からもまるで翔雅から移ったかの様に涙が浮かんでぽろりと落ちて、翔雅はそっと、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼす白い頬を指先で拭ってやる。酷く不思議な気持ちだと思う。初めは憎んだこの子供の前で涙を流し、その涙に誘われる様に大粒の涙をこぼし続ける翔愛が愛おしいと思う。理不尽な憎しみはもう無い。ただ、この腕の中に収まる小さな子供が、愛おしい。 「すまんな。泣くつもりは無かったんだが・・・泣かせるつもりも無かったんだがな」 翔雅の心に反応してしまってまだ泣き続ける翔愛の目尻に唇を落とした翔雅は苦笑して、翔愛の身体に巻き付けてある毛布をしっかりと巻きなおした。そうして、少しの時間をおいてから翔雅が柔らかい表情で翔愛の頬に手をあてた。 「次は、翔愛の話を聞かせてはくれないか?」 優しく囁かれる言葉は静かな響きで翔愛に届いた。 けれど、翔愛には。 「僕のはなしは・・・何も、ないです」 翔愛の過去には何もない。ただ、あの薄暗い部屋に居ただけ。その一言で終わってしまう。 翔雅の様に楽しい話も、悲しい話も何も無い。俯いて小さな声でごめんなさいと言えば翔雅が抱きしめる力を強くしてくれた。 「それでも良い。まあ、実を言えば報告でお前の過去の大凡は知ってはいる。けれど、翔愛の口から聞きたい。どう言う一日を過ごしていたのか、何をしていたのか。話せる事だけで良いんだ」 「僕は・・・」 何をしていたのだろうか。あの薄暗い部屋の中で。ただ一日を、毎日を過ごしていた。けれど、希に訪れる人も居た、あの頃は何をしていたのだろうか。 「ずっと、小さな部屋にいました。部屋は暗くて何もなくて、でも」 覚えている一番最初の記憶は、薄暗い部屋に一人だけ居た事。毎日決まった時間に扉の中に食事や水や湯が差し入れられて、数少ない言葉で使い方を教えてくれる人達が居た。けれど、必要以上喋ってくれる事は決して無くて、翔愛は一通り一人で出来る様になるとぱったりとその人達は来なくなった。 部屋の中に違う人が来たのはまだ翔愛が小さな頃。来てくれたのは父である国王だった。 酷く冷たい目で翔愛を見て、そのまま部屋から居なくなってしまった。 それから、次に来たのは兄である覇玖。覇玖は少し困った笑顔で翔愛に本を置いていってくれた。 父も兄も、希にあの部屋に来て翔愛に何かを置いていった。それは必ずしも楽しい物ばかりでは無かったけれど、思い出してみれば少ないながらもいろいろな事を教えてくれて、生きるための事を教えていってくれた。 ぽつぽつと自らの過去を語る翔愛に、翔雅は目を細めて小さな、もう成人しているのに子供と変わらぬ翔愛の話にじっと耳を傾けた。 翔雅にとって翔愛の過去は全く想像も出来ない事だった。薄暗い、狭い部屋から出る事無くただ一日をぼんやりと過ごしていた小さな子供がじんわりと胸に浮かんで儚く消える。それで羽胤に来たばかりの頃はあんなにも震えていたのか。そんな子供に自分は何をしたのだろうか。思い返せば返す程に取り返しのつかない事をしてしまったと、何処か怯えた様子で過去を語る翔愛に、翔雅は翔愛には分からない様に苦渋を浮かべた。 やがて、そう時を置かずに翔愛の話は途切れてしまった。奇しくもそれは羽胤国に来る直前だったのだが翔雅には分からない。 「話してくれてありがとう。少し、お前の事を知れたと思う」 沢山話をしたからだろうか。何処かぐったりとする翔愛に微笑みかければ翔愛も小さな笑みを浮かべて翔雅を見上げた。 「僕も、嬉しいです。翔雅さまの事、教えてもらいました・・・僕のことも、聞いてくれて、嬉しかったです」 「そうか。ではお互い嬉しかった、と言う事だな」 くすりと微笑んで空を見上げれば、地平線の向こうは既にうっすらと明るくなってきていて身体にあたる夜風も何処か暖かさを含む朝の風になっていた。 |
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