星降る庭で...59



ふわふわと漂う不思議な感覚。痛み止めだと翔雅に貰った薬は翔愛をあっと言う間に眠りに誘った。
けれど、じくじくと痛む足首はそのままで痛みが無くなる訳では無い。
それでも、眠る翔愛はふわふわとした不思議な感覚で大きな寝台に沈んでいる。意識も半分は眠りの国に出かけていて、半分は寝台の側に居る翔雅を見ている。

翔雅は優しい人。あんなにも怖かった翔雅がとても昔の過去に思える。
眠る翔愛の側で書類を読みながら偶に翔愛の髪を梳いてくれたり頬を大きな手で暖めてくれたりしている。本当は、眠りの国には居たくない。見る夢はあの薄暗い狭い部屋の事ばかりだから。早く目覚めて翔雅を見たい。そうして、お礼を言いたい。沢山、たくさん、ありがとうって。
こんなにも翔愛の側に居て優しくしてくれる人は初めてで、抱きしめてくれる大きな腕も、撫でてくれる手も、ちょっと怖いけれど、微笑むととても綺麗に変わる表情も、翔愛にとっては初めてで、とても大切なもの。翔雅を見上げてちょとだけ心がどきどきと鳴って、身体が温かくなって、不思議で初めてでとても大切な気持ち。
でも、翔愛はウソツキだから。沢山たくさんありがとうって言ったら、その次はごめんなさいって言わなきゃいけない。でも、まだ言える勇気は無くて、ウソツキだって翔雅に嫌われたく無くて、とても悲しくて、痛い。

「翔愛?起きたのか?」

眠りの国と現実でふわふわと漂う翔愛に翔雅が声を掛ける。
起きた様に見えるのだろうか。

「・・・・しゅ、が、さま・・・」

勝手に唇が動いた。
でも、まだ身体はぴくりとも動かせない。
目が覚めていないのだから。

「どうした?」

優しい声。そして、書類を置く音と頬を撫でてくれる感触。
何もかも、初めから真っ白なまま、ウソツキじゃない翔愛のままで翔雅に出会えていたら、こんな事にはならなかったのかもしれない。こんな、翔愛の嘘の所為でみんなを苦しめる事になんて。

「ごめ、んなさ・・・い・・・」

眠りの国でも現実でも勝手に口から零れるのはお礼の言葉じゃなくて謝罪の言葉。
唇が少し震えて目じりから何かが落ちた。

「謝るな。泣くな。翔愛が謝る事は何も無い」

また、優しい声と言葉が翔愛におちて、声の響きに、温度に本当に泣きたくなってしまう。泣いたって何も変わらない。翔愛の嘘はそのまま。それなのに翔雅は心配してくれていて、それが余計に申し訳無いのに、翔愛は何も言う事が出来ない卑怯者だ。

「しゅうが、さま・・・翔雅さま・・・」

唇が勝手に動いて、でも、自分の力でも動かせた。
想いは唇に、やっと眠りの国から出られてうっすらと目を開けば心配そうな翔雅の顔がすぐ側にあった。

「どうした?」
「ぼく・・・翔雅さまに」

嘘を付いているんです。僕はニセモノなんです。
本当は、翔雅さまと同じ色では無いんです。
この痛みだって僕がウソツキだから痛いんです。
翔雅さまが心配する事では無いんです。ごめんなさい。

言えたらいいのに。痛みよりも何よりも、翔雅に辛そうな表情をさせたくないのに。
でも、意気地なしの翔愛には何も言えない。また、言葉が止まってしまう。
ぴたりと唇の動きを止めてしまった翔愛に翔雅は何を思ったのだろう。小さな声を聞き取ろうと側に寄ってくれているのに、何も言えない翔愛に呆れたりはしないだろうか。

「ちゃんと目が覚めたんだな。じゃあ、少し外に出てみるか。部屋の中に籠もるよりは良いだろう。痛みは大丈夫か?」

それなのに、翔雅は優しく微笑んで翔愛がこくりと頷くと軽々と小さな身体を抱き上げた。
そのまま力強い足取りでテラスに出てしまう。
今はもう夜。優しい夜の光がテラスを照らして潮風が翔雅と翔愛の髪を揺らした。

「少しくらいなら良いだろう。まあ、気の利いた飲み物も無いがな」

翔愛を抱えたまま椅子に腰を下ろした翔雅は掛布を翔愛に巻き直してくれて、そっと長い金色の髪を梳いてくれた。最近、こうやって髪の毛を梳いて貰う事が多い。癖になっているのだろうか。
それとも。

「かみのけ、すきですか?」

思わず聞いてしまった。だって、聞きたくなるくらいに翔雅は翔愛の髪の毛を梳いてくれたりするのだから。本当は、金色の髪の毛が好きなのですかと聞きたかったけれど・・・今の翔愛には辛くて聞けない。
それなのに、翔雅はくすりと笑って大きな手で今度は頭を撫でてくれた。

「おかしな言葉だな。しかし、まあ・・・そうだな。俺と同じ色だが、好きだぞ」
「・・・そうですか」

やっぱり。翔雅と同じ色。だから髪の毛を弄るのだと、言葉で聞けば余計に辛い。
けれども翔雅は好きと言った癖に少し難しい顔になった。

「初めは同じ色だからこそ、お前に辛くあたってしまったのかもしれんな。すまなかった」

それは、あの出会いを言っているのだろう。確かに翔雅は怖かった。とても、とても怖い人だった。けれどそれは翔愛が悪いのだ。ニセモノになって翔雅を騙した翔愛に与えられた罰だ。

「翔雅さまは、わるくないです」
「いや。許されない事をした。どんな理由があろうとも、一国の王として、いや、人として許されない事だ。・・・それに、確かに俺と同じ色だが、俺は、同じ色だから好きだと言う訳では無いんだ」

低い声は少し苦しそうで、掛布にくるまれた中から手を出して翔雅の苦しそうな顔にぴたりと当てた。今まで寝台でぬくもっていた手は冷える夜風の中ではじんわりと温かい。
小さな手に大きな手が被せられて、難しい表情のまま、翔雅は翔愛の手を取って、指先に小さな口付けを落とした。

「そうだな・・・少し、話をしようか。俺の事と翔愛のこと。そう言えば、今までお互いに知らぬ事が多すぎた気がするな」

苦い笑み。けれど翔雅の言う事ももっともな事だ。お互いに知っているのは名前くらいしか無いのだから。
見つめ合う距離はとても近くて、真っ直ぐに翔雅を見つめる翔愛は同じ色の、今は夜の闇を含んで暗く輝く森の色のなかに翔雅よりも苦しい表情の自分を見つけた。

「僕のはなしは、聞いても、楽しくないです」

翔愛の過去には何も無い。
ただ望まれなくて要らなくて、あの狭くて薄暗い部屋の中に居ただけ。

「俺の話も楽しくは無いぞ。でも、聞いて欲しいと思う。お前には嫌な話しだろうが」

すると、翔雅も苦笑しながら少し震える翔愛の唇に温かい口付けをしてくれた。
音も無く離れる温もりに目を開いたままだった翔愛はぱちりと瞬きをして、初めてちゃんと語られる翔雅の過去に興味を示した。本当に翔雅の事は名前しか知らないのだ。教えてくれるのならば、とても、知りたいと思う。

「ききたい、です」

こくりと頷いた翔愛に、翔雅は優しい微笑みを浮かべてゆっくりと語り始めた。





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