星降る庭で...58



一晩経って、横になっていたのが良かったのだろうか、少しだけ翔愛の痛みが無くなった様だった。歩く事は出来ないが起きあがる事はそう難しくなく、昨日とは違って少しだけ、笑みも見せている。その翔愛の側に翔雅は付きっきりで付いており、側に有る翔雅の存在に翔愛もまた、安心していた。

少しの食事と沢山の休養と。
そう言えばここの所忙しくて、こうして翔愛の側に居る事は無かったと今更ながらに思い出した翔雅は何をするでも無く、ただ翔愛の側に、寝台の端に座り簡単な書類だけを持ち込んで絵本を見る翔愛の側で世話をやいている。
それは、少し前の穏やかな時間と同じだった。同じ部屋の、そう遠くない場所にお互いの存在を感じ、それが何より安心出来た、あの幸せな時間。失われた訳では無いのに、それ程昔の事では無いのに、酷く久しぶりに感じてしまった。
不思議と、穏やかな時間を身体が、心が切望していたのかもしれないと翔雅は一人苦笑した。

そんな翔雅の側、寝台に軽く沈んで起きている翔愛がそっと翔雅の服を握った。もう片方の手は開かれている大きな絵本を抑えていて、分からない所でもあるのだろう、大きな瞳が苦笑する翔雅をじっと見つめている。

「どうした?」

翔雅も苦笑を微笑みに変えて小さな手をそっと握ってやる。すると、ほわっと頬を染めた翔愛がそっと絵本の文字を指さした。

「翔雅さま、この文字はどう言う意味になるんですか?」
「これは人の感情を表す言葉でこれ一つでは無く他に言葉を付けるものだな、そうだな、この場合だと−−−」

まだまだ翔愛には分からない言葉が多い。暫く絵本相手に文章を覚え、その上で倫斗のスパルタで詰め込まれて、その全てを頭に入れても何も無かった翔愛にはあまりにも覚える事が多すぎた。けれど翔雅は思う。そんなに急がなくても良いのでは無いかと。急いだ結果があの痛みならば、もう急がなくても良いと思うのだ。

「ありがとうございます」

一通りの説明を終えれば嬉しそうに翔愛が絵本を覗き込む。綺麗な絵の多い絵本は翔愛に良く似合っている。
何時までも、こんな時間が続けば良い。もう苦しむ事無く、ずっと、続けば良い。
真剣に絵本を読む翔愛を眺めながら翔雅は寝台の側にある、書類の一枚を取ってさらさらと注意点とサインを書き込んでいく。これは普段の書類よりは幾分か簡単なものを選んでいるので翔愛を見ながらでも片づけることができ、難しい書類は天丸の所に山となっているだろう。普段ならば文句を言ってくる天丸も今は自ら率先して翔雅の書類を取り上げてくれた。天丸の心遣いに感謝しつつ、一生懸命に絵本を読む翔愛を眺めて翔雅はそっと息を吐き出した。それは溜息にも似た、安堵と少しの痛みを含んだもので、これ以上悪くなる事が無い様にと心の底で祈りつつ、穏やかな時間はゆったりと過ぎていった。

そうして、穏やかな時間を過ごした一日。
夕食を終え、痛みを少なくする薬を飲んだ翔愛は寝台に沈んですうすうと安らかな寝息を立てている。翔雅はそっと、眠る翔愛の長い髪に手を伸ばした。
既に日は暮れ、夕暮れになった光が柔らかく寝室を赤に染めている。
長い金色の髪を一房、手にとってその先に唇を落とした。こうしていると死を迎えるしかなかった昔を思い出してしまいそうで、小さく首を振った翔雅は翔愛の髪を手放して小さな溜息を落とした。
その溜息を聞き取ったのか、いつの間にか背後に控えていた天丸が苦い笑みを浮かべながら翔雅の肩に手を置いた。

「手っ取り早く、愛綺に使者を出しました」

小さな声が翔雅の耳元で囁かれる。翔愛を起こさない様にとの配慮だ。

「まあ、それが早いだろうな。誰を送った?」
「倫斗殿と珊瑚ちゃんです。早ければ明後日にでも戻りますよ」
「それは少し早くはないか?愛綺までウチの船団でも3日はかかるが」
「人間、どんな時にも裏道が存在するのですよ」
「まあばれなければ良いか。それで、待っている間に出来ることは無いのか?」
「残念ながら言葉の約束はキーワードとなる言葉が無いと駄目ですからね・・・翔愛様は?」
「昨日よりかは幾分楽そうだ。歩けないが座るくらいなら大丈夫そうだし、一日絵本を読んでいた」
「そうですか」

幾分かほっとした息を吐く天丸は翔雅の肩越しにすうすうと眠る翔愛を覗き込んで笑みを漏らす。痛々しい表情を必死に隠そうとするよりも、こうして安らかに眠っていてくれた方が天丸とて嬉しい。
暫くは無言で翔雅と2人、眠る翔愛を眺めていたのだがやがて日が落ちると同じ頃、ぼそりと翔雅が小さな声を出した。

「・・・大丈夫、だろうか」

それは普段の翔雅ならぬ気弱な声。その声の苦しみに天丸は表情を曇らせる。
大丈夫だと、断言する事は出来ない。例え気休めとしてでも、天丸にその言葉を言う事は出来ない。だって、以前にその言葉を言ってしまった時は大丈夫では無かったのだから。
天丸の心もちくりと痛んで、けれど気落ちしている翔雅を励ます様にそっと大きな肩に額を乗せた。こうするとまだ幼い頃を思い出す。あのころは何の痛みも無く日々賑やかに過ごしていた。幼馴染みで不遜な態度のガキ大将、それが翔雅だったのに今ではこんなにも立派な王になっている。
しかし、どんなに立派な王にだって痛みはある。

「早く、解決する事を願います」

だから、大丈夫だとは言えず、それでも精一杯の言葉を漏らす天丸に翔雅も目を伏せて肩にある温もりに小さく頭を寄せた。





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