星降る庭で...57



熱が有るのに興奮したのが悪かったのだろう。泣き疲れて眠ってしまった翔愛に、それでも良く眠れる様にと薬を与えた後、もう一度リビングに戻って皆で顔をつきあわせた。
いつもは翔愛の座っている場所に翔雅が沈み、その向かい側に珊瑚を中心にして両端に天丸と椛、倫斗は翔雅の側に立っている。
室内を流れる空気が重い。翔愛の痛みと不可思議な輪っか。『言葉の約束』だと珊瑚に断定されたそれは今も翔愛の足首に填っている。

「『言葉の約束』とはその名の通り、言葉との契約です。主に不貞を働きそうな妻に他の男に触れるなとか、泥棒に泥棒するなとか、そう言った用途に使われる物で、仕掛けた相手の言葉のみで解除される一種の呪いですね。ただ、『言葉の約束』事態ははだいぶ古い物で強制力が強いあまりに今では禁止されているものです。今、『言葉の約束』と言えば恋人同士の間で交わされる簡単な、拘束力のない可愛いものだけです。・・・それを以前に天丸様とお話しした事はあったんですが」

珊瑚の声が静かに響く。そう長い話では無い。聞き終えた翔雅は深々と溜息を落として先を促した。何故、そんなものが翔愛にあるのか、だ。

「翔愛様が羽胤に来る際になにかあったのでしょう。あれは言葉による何かを強制的に押しつけるものです。ただ、私にも翔愛様が付けられた理由が見当も付かないのですが」

そうなのだ。この場に居る誰もがどうして翔愛が苦しまなければならないのかが、分からない。
それは当たり前の事だが、重くのし掛かる。
初めから、翔愛には酷い環境だった。苦しめて痛めつけて、あの小さな存在を受け入れられるまでには長い時間がかかって、ようやく翔愛を愛しいと思い始めた矢先の、この苦しみだ。
今までも痛んでいたのだろうか。無理をしていたのだろうか。
それは誰にも分からない。
分からないからこそ、苦しい。

落ち込みながら翔愛を思う翔雅の周りではそれぞれがぶつぶつと対策を練っているが、何分、あまりにも漠然としすぎていてどうしてよいのか、何から始めれば良いのかすら分からない状況だ。
皆難しい顔をしているが、そう直ぐに答えが出る事は無いだろう。答えを探す事も大切だが、翔雅にはそれと同じくらいに気にかかる事がある。おもむろにソファから立ち上がる翔雅に他の皆が視線を向けた。

「翔愛の元に行ってくる。今はどうしようもないのだろう?後はお前達に任せる」

そう。今も苦しむ翔愛が気になっているのだ。
どうせ今考えても答えがすぐに出ないのであれば、悔しいが天丸にまかせた方が良い答えもでるだろう。
翔雅より天丸の方がいろいろな意味で頭が切れる。幼馴染みとして誰よりも長い付き合いだ、考えるよりも早く天丸に任せれば大丈夫だろうと言う答えが出た翔雅に天丸は少しの間だけ翔雅に視線を向けて、軽く頷いて見せる。それを視界の端で見ながら翔雅の足は寝室へと向かっていた。
足音をさせず、大きな寝台に一人沈む翔愛の側にそっと座る。
今でこそすうすうと安らかな寝顔を見せているが、やはりいつもよりも顔が赤い。何より、時折乱れる息が翔愛の痛みを伝えている。それでも、眠る前に飲んだ薬が効いているのだろう。少しだけ安らかな表情に翔雅の表情も少しだけ緩む。

手を伸ばしてそっと小さな顔に触れた。片手で包み込めそうな程の小さな顔。細く小さな身体。
こんな小さな存在がどれ程の大きな痛みに耐えていたのだろうか。それを思うと、辛い。
ようやく、この小さな存在を正面から真っ直ぐに見られる様になったのに。何故、今になって。

「・・・早く良くなれ。眠るお前を眺める事しか出来ないのは、辛い」

考えずとも勝手に浮かんでくる、まだ癒されぬ傷跡はまだ翔雅の中にくっきりとあって、白い寝台に沈む翔愛を辛そうな表情で見つめた後、祈りを込めて小さな口付けを落とした。





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