星降る庭で...56



身体が熱い。そして、痛い。
でも、痛いなんて、誰にも言ってはいけない。

大きな寝台に一人沈み込んでいた翔愛はうっすらと目を開けて辺りを見回した。
昨日の夜はずっと翔雅が居てくれた。魘される翔愛の側に居てくれて、ずっと背中をさすってくれていた。その大きな手の温もりはまだ覚えている。嘘つきの翔愛に優しくしてくれる翔雅に申し訳ない気持ちと、側にいてくれる嬉しい気持ちが混ざって、でも後ろめたい気持ちばかりが大きくなってしまう。

目を開けても怠さは取れなくて小さく息を吐く。身体は重くて動かせない。日の光のあるうちに眠るなんて羽胤に来てからは初めての事だ。いや、初めの頃はずっと寝込んでいたから昼間でも起きあがれなかったけど、あの時はソファで眠っていた。そう言えばそうだったのだ。初めの頃は翔雅に嫌われていて酷い事をされた。
でも、今は。

「起きてるならそれらしくしてくれ。目だけ開けて眠るな。驚くだろう?」
「しゅうが、さま?」

突然額に触れる大きくて冷たい手。冷たく感じるのは翔愛の体温が高いからだ。
心配そうに覗き込んでくる翔雅にぱちりと目を開けた翔愛は怠い手を動かして、額にある翔雅の手に触れた。

「気分はどうだ?」
「大丈夫です」
「嘘は良くないな。まだ熱いぞ」
「・・・ごめんなさい」

何も言えない。こんなに心配してくれているのに、本当の事なんて言えない。
じっと翔雅を見上げていた視線を伏せればゆっくりと翔雅が動いて、かさついた唇に柔らかい口付けが落ちた。

「今原因を探る為に人を呼んでいる。もう少しの辛抱だ」

翔雅の視線から見る翔愛は酷く辛そうだ。小さくて細くて、子供の様な翔愛が顔を赤くして苦しんでいる。夜も眠れずに魘されるばかりで何も出来なかった自分に酷く苛ついた。

「ごめんなさい。だいじょうぶです、どこも・・・痛くなんてありません」

それなのに繰り返される言葉は大丈夫、だ。何処も痛くない。何をそれ程までに隠すのか。全く検討も付かない翔雅には翔愛の苦しみが余計に酷く辛く見える。

「それはもういい。誰もお前を責めたりはしていない」

翔雅も繰り返し同じ事しか言えない。それでも怯えさせない様に優しく翔愛の髪を梳いて、その先に唇を押しつけた。日の光に輝く色に目を細めて、一瞬だけ、過去の記憶が蘇る。そう言えばあの時もただ寝台に伏せる人を励ます事しか出来なかった。思い出した過去に翔雅の傷がじくりと痛む。
また、失ってしまうのだろうか。結局この手には何も残らないのだろうか。
ふいに思い浮かんだ考えに傷が痛んで、じくじくと嫌な記憶ばかりが思い浮かんでしまう。

「翔愛、お前は・・・居なくなるな。早く、良くなれ」

思わず漏れたのは思ってもみなかった懇願の声。掠れた声に翔愛も目を見開いて翔雅を見上げる。
でも、翔愛には何も言う事が出来なくて、そっと手を伸ばして翔雅の頬に触れた。ひんやりとする頬に指先を触れさせれば大きな手が翔愛の手を握ってくれる。

ごめんなさい。

心の中でもう一度呟いて視線を伏せた時、思いもがけぬ大きな声が寝室に響いた。

「珊瑚(さんご)です!入りますよー、翔雅様!」

この場の雰囲気の、正反対に位置する様な元気で高い声。驚いた翔愛がびくりと身体を震わせて翔雅もまた驚いて、けれど入口を睨み付けた。

「珊瑚、煩い」
「珊瑚ちゃん、もっと静かにお願いしますよ」

翔雅の声と同時に天丸の声も聞こえる。天丸が来たのだろう。でも、あの元気な声は?
不思議に思う翔愛の元にそれ程間を置かずにふわふわの金色の髪と、可愛らしい笑顔の少女が現れた。

「初めまして翔愛様。珊瑚です。本来ならば採寸の時にお目に掛かるはずだったんですけど、でも、早めにお会い出来て嬉しいです」

にこりと微笑む顔はとても小さくて可愛い。初めて見る顔、いや、翔愛にとっては初めて間近で見る女の人だ。
翔雅や天丸の様な大きな人とは全く違う、小さくて繊細な造りにぱちぱちと瞬きしながら見つめてしまう。
金色のふわふわした長い髪の毛に白い前掛けと黒の動きやすいドレス。何もかもが可愛い造りで、おまけにふわりと甘い匂いがしている。
これは誰なんだろう。名前を告げられたが生まれて初めて見る全く違う人種に翔愛は固まってしまった。そんな翔愛の様子に珊瑚はくすりと微笑んで、その手を握る翔雅にも笑みを見せた。

「珊瑚、頼んだぞ」

一方翔雅は難しい表情のまま翔愛の手を握ったままで珊瑚をちらりと見るだけだ。

「大丈夫です。一応天丸殿に聞いてきましたし、何より、匂いがしますから」
「匂うものなのか?」
「例えです」

きぱりと言い切る珊瑚に翔雅がしばし押し黙る。何だか微妙な空気だなと熱でぼやけた翔愛でさえ思う中、ややあって翔雅がぎろりと珊瑚を睨んだ。

「・・・・それで?」
「翔愛様、ちょっと失礼しますね」

翔雅の睨みも珊瑚には通じない様だ。にこりと綺麗な笑みを浮かべたまま、珊瑚は素早く翔愛の足下に歩み寄った。そうして、そのまま掛布を剥いで原因であろう、わっかを見る。それはあまりにも素早い動きで翔愛が悲鳴を上げる間も無く、珊瑚の目に入ってしまった。

見た目はただひやりとした金色の輪っか。しかし珊瑚の目には全く違う物に見える。
金色の美しい色が禍々しい呪いの色になり、翔愛を苦しめる要因となっているだろう熱さえも珊瑚にはしっかりと見えた。浮かべていた微笑みをすうと消して珊瑚はそっと掛布をかけ直す。

「ああ、これは酷いですね。確かに『言葉の約束』です。翔愛様、誰かと約束なさいましたね」

伏せた視線で翔愛を見下ろせばあからさまに怯えている大きな瞳とぶつかる。
翔雅が握った小さな手も震えだした。

「し、してません・・・約束なんて、そんな・・・」
「言い換えた方が早いですね。約束では無く契約、若しくは強制、です」
「・・・し、してません。僕は、なにも・・・何も・・・・」

そう。翔愛は何もしていない。ただ言われるがままに差し出しただけ。
その時からつきまとう痛みは全て翔愛の所為。嘘つきな翔愛の、罪。
震えながら大きな瞳に涙を溜める翔愛に翔雅は小さく息を吐いて握ったままの震える手を握りなおして、もう片方の手で震える肩をさすった。

「珊瑚、もういい。翔愛、そんなに怯えるな。悪い様にはしない」

何を怯えるのか。それは翔愛にしか分からないだろう。翔雅達には検討もつかない翔愛の痛み。震える翔愛をさすってやりながら翔雅の視界の端で珊瑚が難しい顔をしながら部屋を出て行くのが見えた。

「っ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

ほろほろと涙を零すのに大きな瞳は開いたままで、とろけて無くなりそうだ。
小さくしゃくり上げる翔愛は何度も何度も謝りながら、それでも翔雅の手を力無い手で握りしめていた。





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