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星降る庭で...51 |
| 羽胤の調理場は城の端にある。食材の運搬を含めた利便性を考えての配置だ。 この城で働く人間は城の大きさに反して少ない。けれど、それなりの人数が居る為に調理場もそこそこの大きさを誇っており、料理長であり調理場の責任者である雷吾(らいご)の城でもある。 雷吾と言う人物は調理を専門にする人間には全く見えない程の体格と長身を誇り、実は調理の腕と同じく剣の腕も立派だと言う噂がある、あらゆる意味で凄腕の料理人だ。 顔立ちも厳めしく、あまり表情が崩れる事はなく、何時でも無表情で近づく人々に恐れられているが、そんな見かけに反し心根は優しくこの城内では誰もが知る人気者だ。 そんな雷吾の城、調理場は基本的に調理をするだけの場所だ。 城の人々が食事を取る食堂は別にある。けれど、調理人が休憩するための簡素なテーブルセットは調理場の隅にあり、使い古されたその場所は、実は城の、主に雷吾に繋がる人々がこっそりと休憩する憩いの場所だったりもする。 憩いの場所を主に使用するのは雷吾の恋人である天丸だが、古くからの友人でもある翔雅も割と訪れる事が多く、今は天丸と、もう一人がテーブルについていた。 天丸が訪れるのは毎日の事だが、もう一人はここ調理場では余り見ない顔で、短い金色の髪に大臣職を表す緑色の衣を羽織り、如何にも生真面目そうな雰囲気を出している。 彼はこの城の大臣、倫斗(りんと)だ。 年はこの城でも上の部類に入り、雷吾よりも上だが、柔軟な思考と大臣職であるにもかかわらず様々な雑務もこなせる事からこの城では重宝がられている、有る意味気の毒な人でもある。 そんな倫斗が天丸と向かい合わせで座り何事かをひそひそと話し、そうして、だん。と木造りのテーブルにかたくかたく握られた拳が落ちた。 「何ですかそのものすごくあっさりした軽すぎるプロポーズは」 「まあまあ。そお怒らないで下さいよ、倫斗殿」 いや、それを言うならばそこで怒らないで下さいよ、と言うべきか。 ともかく唖然としたまま調理場へ、雷吾に甘え様と来た天丸は意外な愚痴相手ににんまりとしながら早速事の顛末を語った訳だが。 「コレが怒らずに居られますか。誰が準備をすると思ってるんです、誰が!」 どうやら倫斗の怒りは結婚、と言う事実よりもその他もろもろにある様だ。 まあそれも仕方がないと思う。何せこの城で働く人は見かけ以上に、いや、この見かけに似合わず少ないのだから。当然、事王の婚儀ともなれば忙しくなるのは目に見えている訳で。 まあ、真っ先に婚儀による準備の忙しさを声に出すのもどうかとは思うが。 「そりゃあ倫斗殿でしょう」 ここはにこりと微笑むしかないだろうと。笑みを浮かべた天丸が心の中で溜息を落とせば見計らったかの様に雷吾の大きな手がぽんと肩に乗せられた。 「倫斗殿が準備をするのか?」 「いえ、違いますよ。倫斗殿にはせっかくだから特別な準備をお願いしたいんです」 これもまあ考えてはいた事だ。実現する事は無いと、始めの頃こそ思っていたがあんな風に翔雅に笑われたのではもう後には引けない。執事としての意地にかけて、それと少しの反撃も加えた考えが天丸にはいくつかある。 そんな天丸に対しにこりと笑われた倫斗は気持ち(椅子が小さくて身じろぎしか出来なかったのだが)後ずさった。 「な、な、何でしょうか」 「翔愛様、ご存じですよね。愛綺から来ている王子ですが」 「それはもちろ・・・・お断りしますっ」 皆まで言うなとばかりに倫斗は声を上げる。この話の流れで行き着き先はただ一つ。けれど天丸の笑みは崩れない。整った容姿だけに天丸の微笑みはある種の攻撃にもなる。 「まだ何も言ってないのに」 「言いたい事は分かってます。私に教育係は無理です」 「そんなに言い切らなくても」 「だいたい何で私なんですか!他にも沢山居るでしょう!」 「だって折角のご縁ですから」 「何の縁だと言うのです」 「ここでお会いしましたから」 引き続きにこやかに、柔らかく唇をつり上げる天丸に倫斗はがくりと肩を落とした。 「・・・それはつまり、誰でも良かった、と?」 「もちろん違いますよー。倫斗殿だから、信用しているんです」 嘘くさい。 瞬時に思いながらも反撃できないのは相手が天丸だからこそで。 この柔らに見える人はこの国の影の王でもあるし、何より穏やかそうな外見に見えて中身は滅法恐ろしいと評判で。ついでに幼い頃からの付き合いで中身の恐ろしさは身に染みており。うかつに逆らえば後が怖い。 「だって倫斗殿でしたら教養もばっちりだし、王の部屋への入室許可もありますもん」 「それはたしかに確かにそうですが」 王の部屋、寝室は誰もが入れる訳では無い。王が部下の中でも特に信用した者にのみ与えられる特別な通行証だ。羽胤国の王はその名の大きさに見合い様々な重圧も多く、その座を狙う者も多い。この城に最低限の人員しか配置しないのも、王の部屋に行く為に通行証が必要なのも、王を守る為でもある。 「ね。教養と王の部屋への入室許可。この2つを持っている方ってなかなか居ないんですよねえ」 にこりと、トドメの様に微笑まれても引く訳にはいかない。何せ倫斗も大臣としての役目があるのだ。 ・・・何より、未だ王の部屋から出ようとしない王子等に会いたくもない、と言うのが最大の理由でもあるが。 だから倫斗は必死に考えた。自分以外に王の部屋に入れる者で教育を出来る者。天丸の笑顔に引きながらも考えて、割と直ぐにその答えは出た。 「・・・・・あ!珊瑚(さんご)も居るではないですか!珊瑚の方が適任です!」 「・・・・・・ちっ」 苦し紛れに、けれどその名前を思い出した途端顔を輝かせる倫斗に天丸はふと横を向いて舌打ちしたのを隠した。 倫斗が顔を輝かせた人物。珊瑚とはこの城の中で働く数少ない雑務手伝い係(メイドさんの事)であり、倫斗の妹でもある人で、もちろん倫斗の言う通り王の部屋への通行許可書も持っている。 「舌打ちをするものではない、天丸。本当の所はどうなんだ?」 倫斗には隠した舌打ちがしっかり雷吾には聞かれていたらしい。頬をむに、と摘まれてちょっとだけ叱られるが厳めしい顔付きに反して雷吾の視線は何処までも優しいものだ。摘まれた頬もすぐに大きな手が指さすってくれて気持ちよい。 「そりゃあ、厳めしい顔の倫斗殿より可愛い珊瑚ちゃんの方が適任ですよ。彼女も王の部屋の入室許可持ってますし」 「だったら」 「でも、珊瑚ちゃんには婚儀衣装をお願いしようと思ってるんです。だから」 「結局は倫斗殿と珊瑚の2人になる訳だな」 「ま、そう言う事ですねー」 にこやかに続けられる話は既に決定事項の様で、倫斗はがくりと再度肩を落として、ついでにテーブルの上に突っ伏した。 |
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