星降る庭で...50



この日も快晴の空の下、潮風を感じながら翔雅と翔愛、そして天丸が少し遅めの昼食を取っていた。

相変わらず翔愛の日常に変化は無い。朝から晩まで書斎の椅子で過ごして、少しのお喋りと食事と、そして優しい翔雅の温もりに包まれて夜を過ごして、また朝を迎える。何ら変わりのない日常だけれども、何時までも同じ日常を過ごせる訳では無いのだ。

もう翔雅ですら翔愛が羽胤に来た本来の目的を忘れそうになっていた頃、もちろん忘れては居ない天丸は日々を過ごしながら仲睦まじさを増していく2人に柔らかい笑みを浮かべて、けれど溜息を落とした。

相変わらず外を眺める事を禁止されている翔愛の為にテラスで取る食事の最中。テーブルの上には色とりどりの料理と翔愛の好む小さな甘いデザートが何品か。変わらぬ和やかな食事の時間に天丸は目の前に座る2人を眺めて目を細めた。

当たり前の様に翔愛の隣に座り、食の細い翔愛に無口ながらもあれこれと世話を焼く翔雅を眺めて、微笑ましい気持ちと同時に少しだけ複雑な気持ちを持ってしまう。
しかし、そんな心内を待ってくれる程、時間の流れも外も優しくは無いのだ。

元より天丸は外に出向く仕事も多い。王の代理として、大臣を纏める者として、あらゆる事に天丸は関わっている。ひょっとしたら王である翔雅よりも忙しいかもしれない。そんな天丸の所には当然のごとく王には言えない事もまわってくる。

愛綺国から入城した王子の婚儀は何時になるのでしょうか?

翔愛が羽胤に来たその日から言われ続けた台詞もそろそろ限界に来ている。何せ王の婚儀ともなれば羽胤以外の諸国を巻き込んだものになるのだからまあ当然と言えば当然だろう。
毎日毎日、口頭で、書状で、耳にタコが出来るほどの、オマケでイカも付いてきそうな質問の山に最近の天丸は少々切れかかっていた。本当ならば、翔愛を羽胤に迎え入れたくは無い。しかし翔愛を知るにつれ愛綺に返す訳にもいかなくなり、こうして仲睦まじく過ごす二人を見るにつけいっそこのまま、と思う気持ちも芽生え、何より純粋無垢、と形容される翔愛を憎む理由は無く。けれど天丸の内にもまだ傷はあり。いやその前にこの翔雅の態度を見ていると嫌な予感もあり。食事も進まずに盛大に溜息を落とした天丸は翔雅に視線をうつし、ゆっくりと口を開いた。

「お二人とも仲睦まじそうで何よりなんですがね、そうも言ってられない状況でもあるんですよねえ、本当は」
「何がだ?」

嫌な予感通り。返ってきたのは首を傾げる態度のみ。
・・・やっぱり忘れてる。心の中でも溜息を落とした天丸は苦笑しながらぱちりと大きな瞳を瞬いて首を傾げる翔愛のグラスに冷茶を注ぎながら翔雅を軽く睨んだ。

「・・・翔雅様?本来の目的、忘れてはいやしませんかね?」
「あ?」

少々遠回しに言っても伝わらない様だ。本気で忘れている翔雅に今度は盛大に呆れた溜息を落として、ついでに心の中では罵倒して、ぎろりと王である翔雅を睨んだ。

「結婚式、どーするんです?」

その声が少々刺々しいものだったとしても仕方がないと天丸は思うのだが、反して翔雅と言えば刺々しい視線と言葉にも、彼にしては珍しくきょとんとして、目を見開いて。

「あ?・・・ああ・・・そうか、そうだったな・・・」

酷く力無い呟きが零れた。今度こそ天丸は盛大に盛大に溜息を落として肩も落としてまだ食事の残るテーブルにつっぷした。

「頼みますよ、翔雅様ぁ」
「いや、忘れていたと言う訳では無いのだが・・・」

賢王として知られる翔雅にしては珍しくも頼りない言葉だ。が、今の状況では泣くしかない。よよよ、と態とらしく泣き真似をしながら何とか身を起こした天丸に、しかし意外な所から声があがる。それはちびちびとデザートを口に運んでいた翔愛だった。

「翔雅さま、けっこん、するのですか?」

こちらも大きな瞳を不思議そうに瞬かせて可愛らしく首を傾げている。結婚と言う言葉に反応しての質問なのだが、翔愛も本来の目的を忘れている様だ。再度テーブルにつっぶしたくなった天丸だが気力で耐えて、けれど翔愛を睨む訳にもいかずに無理矢理、かなり不格好な笑みを浮かべた。

「そうですよ、翔愛様と、結婚するんですよ」
「・・・僕と、結婚するのですか?」

またきょとんと首を傾げられてしまう。小さな手にはスプーンが握られていて、桃色の唇の端には口に入れ損なったのだろうクリームの欠片が付いていて、見掛けだけならば大変可愛らしい。のだが。

「そうです・・・・念のためにお聞きしますが、翔愛様?結婚の意味はご存じですか?」
「一緒にいる事だと、おそわりました」
「・・・間違いでは無いんですが」

間違いでは無い。けれど正解では無い。
翔愛の過去を思えば結婚と言う意味に聞き覚えがあっただけまだマシなのだろうが、これはちょっと酷すぎる。心で涙を耐えた天丸は、けれど最近の2人を思って、やはり苦笑してしまう。
結婚と言う本来の目的も忘れての仲睦まじさ。それは翔雅にとっては良い傾向なのだろうと、ただ純粋に友として嬉しく思う。まだ傷は消えないけれど、この2人が恋仲にまで発展しているかどうかは分からないけれど、何となく、良かったと思う心がある。
複雑な心中を苦笑に隠す天丸に今度はようやく立ち直ったらしい翔雅が声をかけた。立ち直っただけある、王としての凛とした声だ。

「愛綺から何か言ってきたのか?」
「いいえー。でも他国から興味津々なお言葉は頂いてますよ」
「・・・ちっ。別に俺の結婚なんざ」
「どうでも良い訳無いでしょうが。羽胤国王の婚儀ですよ?」

羽胤国が完全中立国家としても、縁を繋ぐ国々は多々あるのだ。それを無くすにはあまりにも羽胤の力は強大で、だからこ、天丸の耳にタコが出来ているのだ。
馬鹿な事を言うなと翔雅を睨み付けるのに、それでもまだ翔雅は何か言いたいらしい。ぶつくさと愚痴を吐く翔雅に一言二言沈める言葉をかけて、けれど徐々に眉間に皺の寄る天丸はそろそろ怒鳴りつけてみようかとした所で、愚痴を言っていた翔雅の口調ががらりと変わった。

「そうか、結婚、か・・・」

痛みを含んだ声は結婚に関わる傷を王の顔に隠した表情だ。けれど、少しの間視線を伏せた翔雅は口元に柔らかい笑みを浮かべた。
そうして、黙ったままじっと2人の会話を聞いていた翔愛に翔雅の視線が向く。

「なあ翔愛、俺と・・・結婚、するか?」

それは、あまりにも何気無い声だった。
小さな唇の端に付いたままのクリームを無骨な指先で拭う翔雅の瞳は優しい色をしている。

「翔雅さまと、結婚するのですか?」

くすぐったそうに拭われた口元を細い指先でなぞった翔愛は首を傾げてきょとんとしている。それにくすりと笑った翔雅は小さな頭を大きな手でくしゃりと撫でた。

「ああ、するか?」
「ずっと・・・一緒に、いられるんですよね」
「そうだ」

じっと翔雅を見上げながら考える翔愛は真剣なのだろう。珍しく難しい表情をして少し考えて、唖然とする天丸を置いて2人の世界は何やら薄紅色に見えてくる。
これはどういう事だろうと天丸までもが難しい表情になった頃、ようやく考えが纏まったのか、翔愛が幼い仕草でこくりと頷いた。そして、頬をうっすらと染めて笑みを浮かべる。

「翔雅さまが嫌じゃないなら、したいです」
「そうか、じゃあ・・・結婚するか」

答える翔雅も柔らかい笑みを浮かべて天丸の前だと言うのに小さな口付けを翔愛の額に落とした。それから、白い頬をそっと撫でて、天丸を見てにやりと笑う。

「と、言う訳だ。天丸、後を頼むぞ」

これはどう言う事なのだろうか。ただただ唖然とするしかない天丸はこの少し後、言葉も出せずに退室し、王の部屋へと続く迷路の中でちょっとだけ石の壁に八つ当たりをして、真っ直ぐに恋人の居る調理場へと、愚痴を言う為に早足で向かった。





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