星降る庭で...47



羽胤の夜はとても静かだ。
既に就寝時間を迎えている城内は何処もひっそりと静まっていて優しい夜の闇が、月の光が柔らかく白い城の中を照らしている。
基本的に夜の灯りは蝋燭の灯りだけだ。
王の寝室ももちろん同じで、夜の闇の中に浮かぶ蝋燭の灯りは何処かほっとさせる光だ。

王の寝室で翔雅と共に眠る様になってから早数日。
翔愛には大きすぎる寝台は翔雅と2人で居ると丁度良い大きさに見えるから不思議だ。
それぞれ自分で就寝の支度を終えて、暖かい湯で暖まった身体をうっすらと染めた翔愛は大きな寝台の端っこにちょこんと座っている。

何を喋る訳でも無いけれど、翔雅と過ごす無言の時間も不思議と怖いものでは無くなっていた。
翔愛はもちろん、翔雅もあまり喋る人では無い。
真っ白い寝間着姿で書斎で何やらごそごそとしている音を聞きながら翔愛は立ち上がってふらりと窓辺に移動した。
こんな静かな時には余計に強く感じる違和感がある。それは足首からじくりと翔愛に痛みを伝える外れない金色の輪っか。もう慣れてしまったと言えば慣れたのだろうけど、どうしてもその存在が気になってしまう。

だって、翔愛の色はニセモノだから。

月の光に照らされた金色の髪の一房を摘んで、小さく溜息を落とした。
何時までこの色なんだろう。ずっとこの色なんだろうか。ずっと、騙すのだろうか。
ぷかりと浮かぶ思いはニセモノの色と、忌まわしいホンモノの色。もうずっとホンモノの色を見ていない。けれど思い出すのは翔愛の色を見て眉を顰めた人達の顔だけ。あの色に良い思い出は一つもない。それなのに、どうしてホンモノの色を思い出そうとしているのか。

「・・・どうして、ちがうんだろ」

小さく小さく呟いた言葉は綺麗な海を映す窓に当たって消えた。
冷たい硝子に指先をつけて、また溜息を落とした時、書斎から顔を出した翔雅が蝋燭を片手に翔愛に近づいてきた。

「どうした?もう眠る時間だ。夜は冷えるから寝台に入っていろ」

優しい言葉では無いけれど、翔愛を気遣ってくれる言葉だ。
翔雅を見上げればそっと背中を押されて寝台に連れて行かれてしまった。そのままぽすんと寝台に腰掛ければ翔雅も寝台の傍の小さなテーブルに蝋燭を置いて翔愛の隣に座った。

「どうした?泣きそうな顔をしている」

寝台のクッションもとても柔らかくて自然と大きな翔雅の方に傾けば優しく片腕で抱き留められた。

「なきそう、ですか?」
「ああ、そんな顔だな。何かあったのか?」

近くで見る翔雅の顔はとても凛々しくて格好良いと思う。今の翔愛と同じ色の、綺麗な顔と色。
見つめればどうしても思い浮かぶのはニセモノとホンモノの色の事。

「なんでも、ありません」

ふるふると首を振っても重い気持ちは消えない。けれど視線を下げる事無く翔雅を見つめ続ける。

「何でもないならそんな顔をするな。もう寝るぞ」

そんな翔愛をどう思ったのだろう。くしゃりと頭を撫でられて、また額に翔雅の唇が落ちた。
そのまま促されて寝台に横になると翔雅も隣で横になるのだが、何故か翔雅は横にならずに翔愛を見下ろして、少ししてからふわりと笑みを浮かべた。唐突な笑みに横になったまま首を傾げれば大きな手が翔愛の頬にそっと触れる。

「どうしてだろうな。こうしているお前を綺麗だと思うのは」

それは独り言の様な声で、けれど頬にある手は柔らかく翔愛の顔を包み込んだ。

「・・・しゅう、が、さま?」

あまりにも翔雅の笑みが、声が柔らかくて戸惑う。
綺麗だと言うその声色が翔愛には酷く暖かく感じてしまうのは気のせいだろうか。

「口付けを、しても良いか?」

また、柔らかい声が落ちてくる。どうして良いか分からずに戸惑う翔愛に、けれど無言を承諾と取ったのだろう、翔雅の指先がそっと翔愛の唇に触れた。

「怖い思いはさせない」

短く呟かれた言葉と一緒に、翔愛の唇にある指先がそっと小さな唇をなぞりながら撫でて、それから。

「・・・んっ」

翔雅の唇が落ちた。
ふわりと重ねられた唇は何度か触れ合わされて、指先が唇の端を撫でる。頬には大きな手が変わらずあって、まるで翔愛の顔の全てを包み込んでいる様で。

「大丈夫、痛くはないだろう?」

小さな小さな声で囁かれて、また唇が落ちてきた。
今度は唇だけじゃなくて、少しだけ開いた唇から暖かくて濡れた何かがするりと、少しだけ翔愛の口の中に入ってくる。

「んっ・・・ぁ、ぅ」

驚いて目を見開けばとても近くに翔雅の瞳があった。薄く開かれた翔雅の瞳は怖い色では無い。けれど、初めての事に驚いて固まってしまった翔愛に翔雅の瞳が細められた。

「大丈夫、怖いものではない」

少しだけ唇を離して、また、低い声がする。とても近い所で囁かれた言葉はずしりと重くて、けれど不思議と熱い。そうして、また唇を重ねられて、口の中をあの濡れた何かが這い回る。翔愛には思いもよらない動きでくちゅ、と音を立てたそれは翔愛に息をする事を許してくれなくて、だんだん苦しくなってきてしまう。

「ぁ、は、ぅ・・・んっ、ん・・っ」

このまま息が出来ないのだろうか。動き回る何かは翔愛の舌を食べてしまうかの様な動きをして、少し怖い。
翔愛は食べられてしまうのだろうか。苦しくてぼんやりしてきてしまうと、ようやく口の中から濡れた何かが無くなってくれた。

「すまん。苦しかったか」

すると翔雅のすまなそうな声が聞こえた。確かに苦しかったからこくりと頷けば何故か軽く笑う声が聞こえた。

「次からは鼻で息をすればいい。そうすれば苦しくなくなる」

指先でかるく鼻を摘まれた。

「しゅ・・が、さま・・・」

ぜいぜいと肩で息をする翔愛に翔雅は優しく微笑んで、また、額に唇を落とした。

「おやすみ、翔愛。今宵も良い夢を」

いつもの夜の挨拶をしてくれて、翔愛を片腕で抱き込んで翔雅が横になった。自然と翔愛も翔雅の腕の中に収まる形になって、けれどまだ息は荒い。

今のは何だったんだろう。そう思う前に条件反射の様に翔雅の温度を感じると瞼が重くなってしまう。毎日同じ形で眠るから、翔愛にとっては唯一の温度だから、疑問よりも安心が先立ってしまって考える暇もなく眠りに落ちていった。





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