星降る庭で...46



ちょっと行ってくると言っていた天丸が戻ってきたと思ったら、張り切ってくれたらしく随分と沢山の本を持ってきてくれた。ソファに軽く沈んだ翔愛の前には高々と積まれた本の山が出来上がってしまったのだ。どの本もとても綺麗な装丁と色で初めてみた翔愛は戸惑いながらも嬉しくて本の山を眺めた。

「ありがとうございます。天丸さま」
「いえいえ。どういたしまして。沢山読んで下さいね」

嬉しくてお礼を言えばとても綺麗な天丸の笑みが返ってきた。
あまりにも沢山の本が目の前にあって何処から手をつけて良いのか迷ってしまう。どうしようと眉尻を下げている翔愛に翔雅が沢山の本の中から一冊の本を取り出してくれた。そのまま無言で渡される本は翔雅の手には小さくても翔愛の手には大きくて、絵本らしい綺麗な色と絵と、そして重さまで備わっていて両手で抱えた翔愛に翔雅は軽く笑った。

「その本は羽胤の海が描かれている。眺めているだけでも綺麗だからまずはそれから見てはどうだ?」

翔雅の言う通り本の表紙は真っ青な海の色で、本を膝の上で広げればとてもとても綺麗な海が本の中にあった。

「ありがとうございます」

嬉しくて翔雅を見上げればまたあの綺麗な笑みが返ってきた。
ふ、と微笑む翔雅はとても綺麗だと思う。きらきら光るきれいなひと。思わず見とれてしまう翔愛に翔雅は軽く首を傾げるが特に何も言わずに翔愛の頭を軽く撫でてくれた。くすぐったくて小さな声を出してしまう翔愛に翔雅も柔らかい表情で小さな頭から綺麗に光る金色の髪に手を移した。

「・・・綺麗だな」

何気なく呟かれた言葉。けれど翔愛はその一言でぴたりと動きを止めてしまう。
だって、翔雅の方が綺麗なのに、と言う思いと、この、翔愛の色はニセモノなのに、と言う思い。
それは無意識の中で翔愛を責め続けている事実で、何より生まれてこの方褒められた記憶なんて無い翔愛には翔雅の何気ない一言がとても大きい。

「どうした?」

不自然に固まった翔愛に気づいたのだろう。翔雅は首を傾げながらも翔愛の髪を摘んでくるくると指先に巻き付けた。どうやら髪の毛の感触を楽しんでいるらしいが、もちろん翔愛にはそんな事は分からない。
嘘をついていると言う罪悪感と触れられていると言う戸惑いに翔愛の大きな瞳からは涙がこぼれ落ちそうだ。

「随分細いな、これじゃ直ぐ切れそうだ」

けれど翔雅は泣いてしまいそうな翔愛に気づかない。楽し気に翔愛の髪先を弄くっては一人笑っているのだ。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
徐々に罪悪感よりも戸惑いが大きくなってきた翔愛は大きな瞳を潤ませながら自分ではどうしようも無くて、困ったまま、翔雅を見上げた。じっと、大きな潤んだ瞳が翔雅を見上げる。その威力は翔愛が思うよりずっとずっとずっと強力で、翔雅は翔愛の瞳を見ると髪の毛から指先を離してくれた。

「どうした?嫌だったか?」

泣きそうな顔の翔愛に翔雅の顔が顰められる。でも、嫌では無いのだ。だから首を小さく横にふる。何て言って良いかも分からないから言葉にする事は出来ない。そんな翔愛に翔雅は顰めた顔を柔らかく崩してそっと翔愛の頭を撫でてくれた。

「そうか、接触に慣れていないんだな」
「せっしょく、ですか?」
「ああ、そうだ。お前、人に触れらると身構えるだろう。だから慣れていないんだ」
「・・・そうなのですか?」

確かに翔愛は人に触れられると言う経験はあまり無かった。翔愛に触れてくれたのは兄である覇玖だけだ。その兄も仕事が忙しい所為かそんな頻繁に翔愛の元に訪れてはくれなかったから、確かに翔愛は人に触れられる事に慣れていない。
そんな事まで翔雅には分かっているのだろうか。翔愛は知らない事が沢山だけれども、翔雅は何でも知っていてすごいと思う。まじまじと翔雅を見上げていると頭にあった優しい手が離れて翔愛の手をぎゅっと握ってくれた。

「目に見えてゆっくりなら大丈夫そうだな。今までもそうだったしな・・・」

何処か独り言の様な言葉だが、翔雅に触れられるのはもう怖くはない。始めは怖くて怖くて仕方がなかったけれど、今はもう怖くはない。むしろ優しく触れてくれる翔雅の温もりは好きだ。

「翔雅さまに触れるの、すきです」

だから口をついて出た言葉は翔愛にとってはとても自然なものだ。
ただし。

「そ、そうか・・・」

翔雅にとっては自然では無い言葉で、思わずどもってしまいながらも目の前に居る子供の純粋な笑みに同じ様な笑みを返すしかなく、そんな翔雅を見て翔愛は首を傾げて、微笑んだ。
安心しきった表情はあの最悪の出会いを忘れたのか、それとも乗り越えたのか、一心に向けてくる視線の純粋さは同じでも、その奥にある怯えや恐怖がすっかり無くなって酷く幼く、純粋に見える。

「翔雅さま?」

どうしたのですか?と不思議そうに問われても明確な返事は無い。誤魔化す様に苦笑を浮かべれば、何処に消えていたのか、部屋に本を運んですぐ消えていた天丸の笑い声が背後から聞こえてきた。

「おやおや、仲良しさんですねえ。翔雅様、そろそろお仕事再開させて下さい。翔愛様はゆっくり本を読んで下さいね」

手を握っていた翔雅にあからさまに瞳を細めた天丸が手に持った盆から音を立てずに、翔愛の前に一つのコップと小さな器を置くとにこりと微笑んだ。

「お手製おやつです。果物のゼリーとドライフルーツのケーキです。美味しいですよ」
「ありがとうございます」

天丸の持ってきてくれる食べ物や菓子はとても美味しい。目の前に置かれた菓子もとても綺麗な細工でとても美味しそう。ぺこりと頭を下げればどうしたしましてと微笑んだ天丸が片手で翔雅の襟首を掴むと微笑んだまま、大きな翔雅を片手で引きずっていった。

そうして翔雅と天丸は書斎に戻り、翔愛は翔雅に渡された絵本を開いた。
絵本の中は羽胤の海。青い色や赤い色の海が絵本一杯に描かれれていてとても綺麗。
翔愛は簡単な文字しか読む事も書く事も出来ないから、絵本は翔愛にとって丁度良い本だ。
ゆっくりと絵本を眺めて文字を指先でなぞって、意味を考えて、また絵に見入る。
世界の全てを包む海と言うとても綺麗な世界に翔愛はうっとりとした溜息を落として、窓から外を見た。
窓の外には本物の海がある。
綺麗で大きな海。今日の波は穏やかで風も心地よい冷たさだ。もうそろそろ夕暮れが始まるのだろう。青い海はうっすらと色を変え始めて、その色でそろそろ夕食の時間だと知る。
夕暮れと共に食事を取り、日が落ちて海が黒くなれば人々は眠る。
静かで穏やかで、また、翔雅と共に眠る夜がくるのだ。





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