星降る庭で...44



王の日常は忙しい。
けれど、日中の大半は寝室の隣にある小さな書斎に籠もって様々な書類に目を通しているので、自然と翔雅と翔愛が共に居る時間も増える。一応、謁見の間の後ろに執務室はあるのだが、翔雅はこの寝室脇の小さな書斎を気に入っていて、煩い輩も入ってこれないからと、もっぱら書類整理はこの部屋で行っている。
何せこの書斎は王の寝室と一緒だ。この部屋に入る事の出来るのは城の中でも極一部で、だからこそ、翔雅はこの部屋を好んでいるし、書類の運搬は主に天丸がやっているからこの部屋でも充分仕事が出来るのだ。
だから、この部屋で一日の多くの時間を過ごしている。よって、翔愛を顔を合わせる機会も増えた。
以前は部屋に寄りつかなかった翔雅だが、それは翔愛に会いたくないと言うよりも、いや、その気持ちも確かにあったが、書斎以外の仕事があったからだ。

普段の翔愛はリビングの片隅で大人しく外を眺めているだけだ。
初めて外に出た時は少し外を怖いと泣き、ソファでじっと座っているだけの翔愛だったが、翔雅と共に海に出かけた後はまた、部屋でも一番大きな窓の前にクッションを敷いてじっと外を見るのが日課になっていた。
部屋の中を歩き回る事も無く、何かを要求する事もない。
あまりにも静かなので世話を任されている天丸でさえ翔愛の存在を忘れてついつい翔雅と共に書斎や城内の仕事に没頭してしまう事も多い。日に何度か椛が顔を出してひとしきり翔愛を構ってはいくが、誰かに話しかけられない限り、翔愛から何かを喋る事は無い。本当に、翔愛は静かなのだ。

そうして、今日も窓辺に貼り付いて外を眺めている翔愛に、けれど書斎からちらりと視線を向けた翔雅は微かに首を傾げた。そう言えば昨日も一昨日もその前も、あの場所から翔愛が動くのを見た事が無い様な気がする。共に過ごす時間は多いが会話をしている訳では無い。ただ同じ空間に居るだけで、食事の時と眠る前にほんの少しの会話をするだけだ。

「どうなさいました?」

視線を書類から外した翔雅に目聡く気づいた天丸が自分の小さな机から立ち上がる。
小さな書斎とは言え王の書斎だ。そこそこの広さはあり、当然と言った風に天丸の机もある。

「いや、翔愛はずっとああなのか?」

反して翔雅の机は少しだけ広いが、それも書類に埋もれてあまり広さは感じられない。その書類の山の向こうに見える翔愛の姿に近寄ってきた天丸が笑みを浮かべた。

「いつもですよ。よほど外を見るのが楽しい様ですね」

当たり前の様に言う天丸に、しかし翔雅は軽く眉間に皺を寄せた。

「一日中か?」
「そうですよ?」

何を当たり前の事を言っているのだと、少しばかり天丸の声に呆れが含まれる。けれど翔雅の眉間の皺は深くなるばかりで、隣に立つ天丸を軽く睨み上げた。

「幾ら何でも、ずっと外だけを一日中見ている訳ではないだろう?」
「いえ・・・・そう言えば、そうですね・・・」

初めて気づきました、と言わんばかりに珍しく天丸の瞳が丸くなった。
改めて考えてみれば、確かにおかしい。珍しく呆気に取られた風の天丸に翔雅は軽く溜息を吐いて立ち上がった。そのままずかずかとリビングの、翔愛の元に行く。すると、窓辺に張り付いていた翔愛が相変わらず日に焼けて赤くなった頬で翔雅を見上げてふわりと微笑んだ。無意識の微笑みに翔雅も決して優しいとは言えないが、笑みを漏らして翔愛の隣にしゃがみ込む。

「・・・翔雅さま?」

どうしたのだろう?日中、食事の時間以外に翔雅が側に来る事は無いのだ。不思議に思って翔雅を見上げたまま首を傾げれば、翔雅が翔愛の頬に指先を触れさせた。相変わらず日の光に弱いのに赤くしているから思わず触れたのだが、そんな翔雅の指先がくすぐったくて少し首を竦めてみせればそんな仕草も翔雅には可愛く見えた。

「一日外を見ているだけでは退屈だろう。何かしたい事はないのか?」
「え?・・・でも、そとをみるのは楽しいです」

何をおかしな事を聞くのだろう。外を眺めているのは翔愛にとってはとても楽しい事なのに。そう思ってじっと翔雅を見れば、いつの間にか翔雅の背後に居る天丸がにこりと微笑みかけてくれた。

「本でもお持ちしましょうか?」
「ほん、ですか?」
「そうだな。幾らなんでも一日外を見ているだけでは暇だろう。何を読む?大抵の書物はあるぞ」

どうやら二人とも翔愛を心配してくれているらしい。それはすぐに分かったけれども、生憎、誰かに読み書きを教わった訳では無い、いや、戯れに父親が本をくれた事もあったし、覇玖が簡単な読み書きなら教えてはくれた。けれど。

「・・・僕は、あまりむずかしい本はよめません・・・」

翔愛には本当に簡単な読み書きしか出来ないのだ。王族であれば読み書きは当然の事。しかし翔愛には当然の事では無い。翔雅を見つめていた視線をそのままに、けれど呆れられるのではないかと思えば二人とも呆れる事無く翔雅の大きな手が翔愛の小さな頭を柔らかく撫でてくれた。そうして、何でもない事の様に言う。

「じゃあ絵本でも見ていれば良い。あれでなかなか役立つものもあるぞ」
「えほん・・・」

それは、あの小さな部屋にもあった、数少ない本の一つだった。絵が沢山で、とても綺麗で、薄暗い光の中で見るのがもったいない程に、綺麗な本だった。そんな絵本を翔愛に見せてくれると言っているのだろうか。嬉しさがじわじわと沸き上がってきて翔雅を見上げたまま笑みを浮かべればもう一度、翔愛の頭を撫でてくれた。

「そうですね。じゃあ早速いくつか見てきますね。絵本の他にも何か良い物があれば持ってきます」
「そうだな。画集も良いだろうしな」
「じゃあお茶を運ぶついでに見てきますね。翔愛様、楽しみにしていてくださいね」

本当に、何でもない事の様に天丸が微笑んで、早足で部屋を去っていく。その早さに翔愛は付いていけずに驚くが翔雅は驚いていないらしい。大きな瞳を見開く翔愛の表情に、また柔らかい笑みを見せて休憩だと短く言って翔愛の隣にどかりと座り込んだ。





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