星降る庭で...43




羽胤の夜は柔らかで、しっとりとした潮風がどの家の中にも吹き込んでとても心地が良い。それは王宮でも同じで風を通す為の小窓が城であっても警備に不備が無い様に開かれているからだ。
それは王の寝室でも同じで、微かな潮風が、生まれた時からある変わらぬ風が今日も優しく暗闇の寝室を通りすぎていく。

「・・・ん」

穏やかな夜の中、ふいに翔愛の目が覚めた。いや、元より翔愛の眠りは浅い。攻撃される事は無かったけれど、たった1人で動く事もなく一日を小さな狭い部屋で過ごしていた為に慢性的な運動不足で、精神は疲れても身体は疲れず、よって、翔愛の眠りが深くなる事は無かったのだ。
それは羽胤に来てからもそう簡単に治る事はなく、夜中に何度も目を覚ましては、けれど一日緊張しながら動いている所為ですぐに眠りに落ちる。そんな毎日だから今日も変わらず夜中に目を覚ましてしまったのだ。
けれど、目を開けても見えるのはようやく慣れてきた王の部屋では無く、広い寝室。視界一杯に広がるのは優しい夜の光に浮かぶ白い寝間着。もちろん、自分の寝間着では無く、翔雅の寝間着だ。
翔雅に抱えられて眠ってから、そのままの体制で少しばかり身体が固まっている。けれど、いつもの夜の様に手足の先が冷えている事は無かった。大きな身体にすっぽりと包まれていて、とても暖かい。

初めて感じる人の温もり。抱きしめられて眠る初めての夜。
ぼんやりと、大きな瞳をぱちりと瞬きさせて体制はそのままで翔愛はそっと手を伸ばして暖かい翔雅の寝間着に触れてみた。指先に感じるのはとくとくと動く鼓動。少しばかり何の音か分からずに微かな音に耳を立てていたのだけれども、翔愛にはそれが心臓の音だとは分からない。考えても分からないからとさっさと考える事を放棄して、暖かいままにまた瞳を閉じた。
翔雅は眠ってからも翔愛を包み込んでくれていて、暖かい。朝までこのまま暖かいままなのだろうかと思うと、とても嬉しいと思う。何時だって翔愛の寝台は冷たかったから、こんな風に暖かい事なんて無かったから、嬉しい。ぎゅっと瞳を閉じて、翔雅の寝間着に少しだけ頬を擦り寄せればまるで応えてくれるかの様に翔雅の腕が翔愛を優しく包み直してくれた。

「・・・眠って、いないのか?」

しかしほんの些細な翔愛の動きが翔雅の目を覚ましてしまったらしい。掠れた声にぎくりと身体を固まらせれば翔雅が少し身じろぎして翔愛の背中をぽん、と軽く叩いた。

「早く寝てしまえ。まだ朝は遠い・・・」

半分以上眠っている翔雅の声は掠れていて、いつもの張りのある声では無い。何処かぼやぼやとしながら翔愛の背中を軽く軽く、何度も叩いてくれる。それは翔雅にとっては無意識の中にも子供を寝かしつける当たり前の仕草だったけれど、翔愛にとっては初めての仕草。背中を叩かれる感触に最初こそ驚いて固まっていたけれど不思議と規則的に叩かれる背中の感触は安心出来るもので、どうして背中を叩かれているのに安心できるんだろうと翔愛は不思議に思ってしまう。微かに首を傾げながら、それでも翔雅の腕の中で次第に瞼が重くなってきている。

「大丈夫、夜は優しい。朝が来るまで良い夢を・・・」

翔雅の声もとても眠たそうで背中に触れる感触も次第に感覚がゆっくりになっていく。まるで、その感触に引き込まれるかの様に翔愛の意識も次第に闇に沈んでいく。

とん、とん。
優しく触れるものはきっと翔雅の手の平。大きな手の平は暖かくて、優しい。重くなりすぎて開けていられなくなった瞼をぴちりと閉じた翔愛は知らず頬を緩ませて翔雅の胸元にくたりと頬を預けた。それを感じ取ったのか翔雅も翔愛を抱きしめる力を少しだけ強くして、次第に深い眠りに陥っていく。
背中に与えられるゆっくりとした感触と、暖かい腕の中と、ほんの少しだけ感じられる潮の匂いに海の音。全てが優しく翔愛を包み込んで、夜の闇すら優しい色で翔愛を包んでいる様で。

それは、今まで翔愛に与えられる事が無かった、優しくて、幸せな眠り。すう、と意識を沈ませながら何故だか翔愛の閉じられた瞳からぽろりと一粒だけ涙がこぼれ落ちた。





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